voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋2…『約束』

 
テントに入ったアールは仕切りを閉め、着がえを始めた。
浮き島を離れた直後に見た夢があった。
 
人と同じ言葉を喋る狼が主に生きている世界で、人間の数は少なく存在していた。
人と同じ言葉を喋る狼を喰らえば仲間になれる、彼らと同じように生きられる、こそこそする必要もなくなる。彼らの中に溶け込める。
だから生きていくために人間は狩りを始めるようになった。
集まった人間達の中に、自分の家族もいた。皆で狼の村に忍び込んで、空腹を満たそうと寝静まっているところを襲った。短剣を振りかざし、狼の首を斬りつけた。それを見ていた父が「よくやった」と褒めてくれた。母は大きな袋を広げて、持ち運べる分だけ入れなさいと言った。生では食べられないからだ。
 
他の人たちもしのび足で自分の食料を仕留めていく。
だけど、そろそろ村を出ようとしたとき、寝静まっていた狼たちが目を覚ましてしまった。この世界では人の数は少ない。子孫を残したい気持ちだってある。少ないからこそ仲間意識も強い。互いに互いを守った。持ち合わせている武器をふんだんに使って戦った。
でも彼らは彼らで生きるために自分の身を守った。
彼らは人間よりも遥かに強かった。大きな一匹の狼が私の母の首を噛み切った。父も喉を掻っ切られ、姉は叫びながら逃げ惑い、他の狼にやられてしまった。
あっという間に人間の血の海が広がっていった。
 
「もうやめてください……」
 
私はそう懸命に訴えた。けれど、彼らは許してはくれなかった。それもそうだ。仲間を、家族を殺されたのだから。
だから彼らは私も殺した。自分らの種族を守るために、人間を皆殺しにした。生きるためだった。
 
「私は仲間を助けたいだけだ」
 
彼らはそう言って私の首に噛み付いたんだ。
私だってそう。家族と生きていきたいから挑んだんだ。
 
──そんな夢。
 
 
「そろそろ出発しましょう」
 と、ルイがテントを覗き込んだ。
 
シドが二度寝をしていたカイを起こし、アールは閉めていた仕切りのカーテンを開けた。シドの姉、ヒラリーから貰ったミニスカートの防護服を着ている。
起きたばかりのカイの目が輝きに満ちた。
 
「アール! かわいい! クソかわいい!」
「ありがとう」
 と、照れくさそうに笑う。
「ヒラリーさんからもらったという衣装ですね、よくお似合いですよ」
「ありがと! ここの草原はそんなに強い魔物いないみたいだし、ちょっとどんな感じかなって着てみることにしたの」
 そう照れくさそうに言う。久しぶりに生足を出す服に、違和感がぬぐえない。
「とうとうアールがパンツ見せてくれる日が来るなんて!」
「見せないよ。下、ショートパンツ付きなの」
 と、右足側のスカートの裾をペラリと軽く捲って見せた。
「…………」
「なるべく怪我しないようにしなくっちゃ。あと破かないように」
 アールはそう言ってテントを出た。
 
「残念だったな」
 と、カイの肩に手を置くシド。
「いや、あれはあれでなかなかよかったり」
 カイはチラリと捲って見せてくれた太ももとショートパンツに感激していた。
「お前には刺激が強すぎるんじゃないのか?」
 と。ルイを押しのけて外に出るシド。
「そ、そんなことは……」
 
外に出たアールは、待っていたヴァイスと目が合い、気まずそうに苦笑した。
 
「……変?」
 と、スカートの裾をつまんで軽くポーズをして見せる。
「いや」
「そっか、よかった」
 ぎこちなく微笑んだアールに、ヴァイスの肩に乗っているスーが拍手をした。
「ありがとスーちゃん」
 
ジャックと待ち合わせをしたテンプスという街まではまだ数日かかりそうだ。
爽やかな風が草原の緑の上を駆け抜ける穏やかな景色の中、一向は先を急いだ。
 
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「あーもうどうしよう! 時間がないのに!」
 
ベッドの上には何着ものワンピースが並べられ、床には5足のサンダルがある。ミシェルは姿見の前で、あれも違うこれも違うと着せ替え人形のように服を着替えては頭を悩ませていた。
 
そこに部屋のドアをノックして入ってきたのはモーメルだった。
 
「そろそろ行かなくていいのかい? 時間に間に合わないよ」
「わかってるけど服が決まらないのよ!」
 と、半べそをかく。
「どれも同じに見えるけどねぇ」
 モーメルはベッドの上に並べられているワンピースを見て言った。
「全然違うわよ!」
 と、ミシェルは今自分が着ているワンピースの裾を広げて見せた。
「これは可愛い系、あっちはちょっと落ち着いた清楚系、それはシンプルで体のラインがでる綺麗系、それから──」
「はいはい、どれも似合ってるよ」
 モーメルは呆れたように言った。
「似合ってるか似合ってないかじゃないの! 彼が……彼はどれが好みかなって……」
 ミシェルはそう言って頬を赤らめた。
 
ミシェルはこれからワオンとデートだった。行き先はルヴィエールの映画館。上映時間が決まっているため、遅れるわけにいかない。
 
「そんなに悩むならいっそ普段着で行ったらどうだい。そのほうが自分らしくて楽だよ」
「もう! 冗談言わないでよ! からかうなら出てって!」
 
ミシェルはモーメルの背中を押して部屋の外に追いやると、ドアをバタンと閉めた。モーメルはやれやれとため息をついたが、階段を下りてゆくその表情はどこか楽しそうだった。
 
それから10分ほどして、ドタバタと階段を下りて来たミシェルはモーメルの前で慌しくくるりと一回転して見せた。
 
「どう? 似合う?」
「似合っているよ」
 と、困ったように笑う。
「よかった! じゃあ行ってきます!」
「財布は持ったかい?」
「うん!」
 
ミシェルはモーメル宅を出ると、ゲートからルヴィエールへ向かった。
 

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