voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋1…『彼女の問題』

 

 
「ただいまー」
 
スーツ姿で仕事から帰宅したカイ。
玄関で靴を脱ぎ、ネクタイを緩めた。
 
「おかえりなさい」
 と、台所からアールが駆け寄ってきた。白いフリルのついたエプロンが可愛らしい。
「今日も疲れたよー」
「おつかれさま。先にご飯にする? それともお風呂?」
「もうひとつの選択はないのかなぁ」
「もうひとつ?」
「例えば……」
 と、カイはアールの頬にキスをした。
「疲れてるっていったくせに」
 と、アールはクスクス笑う。
「それとこれとは別なんだよ」
 そう言ってアールを抱き寄せた。
「ダメだよ、双子ちゃんが起きちゃう」
「静かにしてれば大丈夫だって」
「ばか。今日は我慢して? やっと眠ったところなんだから。ね?」
「はーい……」
 
カイはふてくされながら子供部屋へ向かった。ベビーベッドが二つ並び、我が子がすやすやと眠っている。
 
「アールぅ……」
「ん?」
「なんかこの二人似てないよねぇ……」
「そりゃあ二卵性だもの」
「いや、そうじゃなくて」
「なによ」
「日に日にシドとヴァイスに似てきてんだけど」
 
「ご飯ですよ」
「え? うん、ご飯はわかってんだけどさぁ」
「カイさん」
「カイさん? なんで急にさん付けなんだよぉ」
「起きてください、カイさん!」
「え?」
「朝ですよ!」
 
  * * * * *
 
「──はっ?!」
 と、カイは目を覚ました。
「おはようございます。朝食できていますよ」
「なんだ夢か……」
 カイは目を擦りながら体を起こした。
「今日はどんな夢を?」
「アールんと俺が結婚生活を送ってる夢だよー。途中まではよかったんだけどさぁ、双子の子供がなんでかヴァイスとシドに似ててー、しまいには夢に出演出来なかったルイが起こしにくるしー。できれば双子が生まれる前の、子作り中の夢を見たかったなぁ」
 
「なに言ってんの……」
 と、テントを覗き込むアール。カイの発言にドン引きである。
「てへっ!」
 と、カイはおどけて見せた。
「可愛くないから」
「さ、早く朝食を済ませましょう。ジャックさんを何日も待たせるわけにはいきませんからね」
 
一向はテンプスと言う街に向かっていた。
現在大平原を越える中間地点。大きな池から虹色の小魚が飛び跳ね、池に集まってくる小さな羽虫を喰らっている。
 
「虹魚は食えねえのか?」
 と、食卓に座ってパンをほお張るシド。
「食用ではないと思いますよ」
 と、ルイも席に座る。
 
テントを覗いていたアールも席に座ろうとした。不意にヴァイスと目が合い、不自然なほど素早く目を逸らして席に着いた。その様子を偶然目にしたルイ。
 
「おっはよー」
 と、カイが最後に席に座った。
 
天気のいい大平原での食事は空気が澄んでいるからかいつもよりおいしく感じ、気分もいい。一行がいる付近に魔物はおらず、足元で飛び跳ねるバッタやそこら中を飛び回っている蝶が優雅な朝を演出してくれている。
 
食事を終えるとそれぞれ旅を再開する準備に入る。シドは朝のラジオ体操がわりに素振りやストレッチを始め、カイは着替えた後少しでも寝ようと畳んだ布団の上で猫のように丸まって眠る。
いつもはスーと共にどこかへ姿を消すヴァイスは、大平原の中ではそれも出来ず、池から飛び上がる虹色の魚をスーと眺めている。
ルイは着替えをとっくに済ませ、食器を洗っていた。
 
アールはテント内で着替えを済ませてからストレッチをし、外に出た。大きく背伸びをして、ルイを見遣る。
 
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
 と、ルイは笑顔で応える。
「でも暇だからテーブル拭くよ。ついでに椅子も」
 アールはそう言って食卓のテーブルの上に置いてあった布巾を手に持った。
「ありがとうございます」
 ルイは考えるようにアールを眺めた。
 
布巾を綺麗に折りたたんで、隅々まで綺麗に磨いてゆく。ついでにテーブルの脚も磨き、5人分の椅子もふき取った。
 
「ルイが日ごろから綺麗に拭いてるから擦ってもなかなか落ちない汚れとかなくてサッと終わっちゃうね」
 アールはルイがバケツに汲んでいた水に布巾をつけ、汚れを落とした。
「汚れがたまって落ちにくくなると掃除が大変になりますからね。日ごろからこまめに掃除をしておくほうが楽だと思います」
「そっか。確かにそうかも。でもやっぱり習慣付けるまでは面倒で後回しにしちゃう。掃除が嫌だからリモコンとかラップ巻いてたもん。汚れたら剥がして新しく巻くだけ。麺棒で掃除するなんて面倒だし」
「それもいい考えだと思いますよ」
 
二人が会話をしているところにヴァイスが戻って来た。アールはヴァイスから視線を逸らし、テントへ戻っていった。
ヴァイスは黙ったまま席に座った。
 
「珈琲をもらえないか」
「あ、はい。すぐに」
 と、ルイはアールを気にかけながら、シキンチャク袋からカップを取り出した。
 
ポットのコーヒーを注ぎ、ヴァイスの前に差し出した。洗っていた食器をタオルで拭きながら、ルイはヴァイスをちらりと見遣った。
 
「アールさんとなにかありましたか?」
「なんのことだ」
 ヴァイスは淹れたてのコーヒーを啜った。
「浮き島を離れてからここ数日間、お二人が話をしているのをあまり見ませんし、僕の勘違いならいいのですが心なしか……アールさんがヴァイスさんから距離を取っているように思えます」
「…………」
「僕が立ち入ることではないのでしょうけれど」
 
ルイはすべての食器を拭き終え、シキンチャク袋にしまった。その頃にはヴァイスもコーヒーを飲み終え、席を立った。
 
「彼女の問題だ」
 と、ヴァイスは呟くように言った。「私は気にしていない」
「……そうですか」
 
心にもどかしさは残るものの、ルイはあえて深く訊くことはしなかった。
 

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©Kamikawa
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