voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続12…『苦衷』◆

 
不治の病にかかったわけでもないのに、明日死ぬかもしれない恐怖を常に胸に抱いていた。
戦争に借り出された先祖達は、みんなこんな恐怖と戦いながら、命を賭けて日々、過ごしていたのだろうか。
国の為。──そう思えば、命なんて惜しくはなかったのだろうか。
 
もう亡き祖父と話が出来たなら、訊いてみたいことがあった。
自分の国(世界)じゃなくても、あなたなら救えると言われたら、命を賭けられる? 夢ある自分の未来を捨てて。
 
そしてもう一つ聞きたいことがある。
命を賭けて救おうとした、自分の国の現代の様子を見て、どう思う? こんな国にする為に、命を捨てたわけじゃないと、思いませんか……?
 
━━━━━━━━━━━
 
ドスンッ! と、アールは思い切り尻餅を突いた。
 
「痛ぁ!!」
「馬鹿か! 受け身しろ!!」
 と、シドが呆れながら叫んだ。
 
魔物3匹を相手に、シドが2匹を仕留め、一番小柄な残りの1匹をアールが請け負ったのだが、岩を重ねたような魔物は、力が強く、いくら剣を振るっても跳ね返されてしまう。
 
「岩と戦うとか……ありえない」
 と、息を切らし、ぶつけたお尻を摩りながらアールは言った。
「何ぶつぶつ言ってやがんだ! 来るぞ!」
 シドに怒鳴られて体を起こすと、魔物が目の前まで迫っていた。咄嗟に体を転がして交わすと、
「飛来結界!!」
 と、ルイがロッドをアールの方へと傾けて叫んだ。
 
たちまちアールの体は結界で囲まれ、その隙にシドが残りの1匹も仕留めた。
魔物の体はバラバラになり、粉々に崩れたただの岩のようで、中から青ミミズのような体長30センチ、幅3センチくらいのニュルニュルとした生き物が出て来た。体はネバネバとした糸を引いている。
シドはその青ミミズを刀で潰した。青ミミズはうねうねと暴れ、次第に動きが鈍くなるとパタリと動きを止めた。

「うえっ、気持ち悪い……」
 と、アールは思わず目を逸らした。
「本体だ。岩はこいつの鎧みたいなもんだ」
 と、シドが説明した。
「アールさん、大丈夫でしたか?」
 ルイが走り寄り、アールを守っていた結界を解いた。
「うん。ありがとう……。助かった」
「シドさん、この魔物はアールさんにはまだ早過ぎますよ」
「失敗から学ぶこともあんだろ」
「怪我をしたらどうするのですか……」
「お前が手当してやりゃいいだろ。何の為にお前がいんだよ」
「そうですが……」
 
2人の会話を横目に、アールはまだお尻を摩っていた。魔物に跳ね返されてぶつけたお尻がズキズキとまだ痛む。──私の尾てい骨、大丈夫だろうか。
 
「アールちゃん、大丈夫?」
 お尻を摩っているアールに気付いたシェラが、心配そうに言った。
「あっ、大丈夫、大丈夫!」
 お尻が痛いなど、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
「じゃあお前、また同じ魔物が現れたら本体潰す係な」
 と、シドがアールに言う。
「え……」
 
アールは岩と戦うより、ミミズを潰す方が正直嫌だった。いくら魔物とはいえ、ニュルニュルと動く生き物を潰せと言われて平気で潰せる女はいないのではないだろうか。
 
「嫌だよねー、気持ち悪いしぃ」
 と、アールの気持ちを代弁して、カイが言った。
 
長く続く、終わりの見えない道を歩いている間、アールの心は常に不安定だった。
一歩踏み出すだけでも警戒しなければならない。それでも、静かな夜よりはマシだとさえ最近は思えて来た。静かな夜は、死への恐怖が高まる。考える時間がある分、死の深い場所まで入り込んでしまう。怖くなって叫び狂いそうにもなる。心臓が鈍く反応して、パニックを起こしかねなかった。
 
「お、もう一体来たぞ」
 と、シドが言った視線の先に、また岩のような魔物が現れた。
 
シドはポキポキと指を鳴らしてから刀を抜くと、いとも簡単に仕留めてみせた。
 
「お前の出番だ」
 そうアールに向かって言ったシドの足元には、うねうねと動く本体。
 
アールは顔をしかめて後ずさり、近づくことさえ出来なかった。
 
「ったく……潰すだけだぞ!」
 と、シドは苛立ちながら自分の刀で本体を潰した。
 
 なんだろ……息がしづらい……。
 
アールは息苦しさを感じ、胸を押さえた。足取りも重く感じる。無理して歩かなければ座り込んでしまいそうだった。嫌な汗が滲む。
 
 しんどい……。
 
前方にまた魔物が現れたかと思うと、一行の背後にも2匹、別の魔物が現れた。
 
「お前後ろの右、ヤれ」
 シドがアールに命令する。
 
アールは視界に魔物を捉えたが、剣を握る気力が起きず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 
「聞いてんのか?!」
 と、シドは苛立ち、叫んだ。
「アールさん、大丈夫ですか?」
 
アールの様子を心配したルイが声を掛け、彼女の肩に触れると、アールは力無く崩れるように座り込んでしまった。
 
シドはルイがアールを結界で囲んだのを確認すると、1人で全ての魔物を仕留めていった。
 
「アールさん……? 具合でも悪いのですか?」
 結界を解き、アールの前にしゃがみ込んでルイは訊いた。
 
アールは微かに息苦しそうに口呼吸を繰り返している。目は虚ろで、腕をダランと下げ、無気力にへたり込んだまま一点を見つめていた。
 
「アールさん?」
「……しん……どい」
 アールは息を吐くと同時に呟いた。
「休みましょう」
 ルイはアールの腕に手を回して立ち上がらせようとしたが、アールは全く体に力が入らないようで、倒れそうになった。
「シドさん、手伝ってください!」
 ルイが言うと、
「背中に乗せろ」
 と、戦闘を終えていたシドはアールに背を向けてしゃがみ込んだ。
「助かります。カイさん、手を貸してください」
「え……う、うんっ!!」
 
アールは150cmと小さく痩せ型なので体重は軽いものの、力が全く入っていない人間を抱え上げるとなると通常よりも重く感じるものだ。カイは少し慌てながら、ルイと一緒に無気力なアールをシドの背中へと運んだ。
 
「どこで休ませるんだ」
 と、シドはアールをおぶって立ち上がりながら言った。「軽っ……」
 
アールはシドの背中でぐったりとしている。シェラはそんなアールをどこか訝しげな表情で見ていた。
 
「この先で休めそうな場所を探すより、一旦戻ったほうが良さそうですね」
 
せっかく歩いた道程を引き返すことに決めたルイだったが、誰も文句は言わなかった。
 

──自分の限界はどうやって知るのだろう。
自分の限界を超えるにはどうしたらいいのかな。
 
もう無理だと思っていたのに頑張れるときがあって、まだ大丈夫だと思っていたら動けなくなってしまうときがある。
 
自分がわからなくなっていた。
冷静に自分と向き合う時間が足りなすぎて、
私の心と体は引き裂かれていったの。

音も立てずに、少しずつ。

 
今朝の出発地点に戻って来た一行。ルイはまたテントを広げ、布団を敷くと、アールをそっと寝かせた。
 
「ゆっくり休んでくださいね」
 ルイがアールにそう声を掛けたものの、アールは一点を見つめたまま一言も発しなかった。
 
彼女の様子を黙ったまま見つめていたシェラは、深いため息をつき、口を開いた。
 
「悪いんだけど、みんな外に出てってくれないかしら」
 と、男3人に告げる。
「えーっ」
 と、カイはアールを心配そうに見ながら駄々をこねる。
「お願いよ。ちょっとアールちゃんと2人だけにしてちょうだい」
「……わかりました」
 ルイは少し戸惑いながらもそう言って、シドとカイを連れてテントの外へと出て行った。
 
シェラはアールが寝ている布団の横に腰を下ろし、優しく声を掛けた。
 
「ねぇ、大丈夫?」
 しかし、アールはただ息苦しそうに呼吸をしているだけで反応はない。
「アールちゃんは無理しすぎなのよ……」
 
そのシェラの言葉に、アールの目から一筋の涙が零れた。彼女の心中を察したシェラは、思わずアールを抱き起こし、強く抱きしめた。
 
「やっぱり無理してたのね」
「……行かなきゃ」
「え?」
「歩かなきゃ……私……」
 
ルイも、カイも、シドも、そしてシェラも、アールの症状は精神的なものだと気付いていた。
 
「何言ってるのよ。無理はダメよ」
「歩かなきゃ……」
 
そう呟くものの、体が思うように動かない。そんな情けない自分に悔しさが込み上げ、アールはまた涙を流した。
泣きたくて泣いているわけではなかった。コントロールが出来なくなっている。迷惑を掛けたくない。うんざりされたくない。見捨てられたら生きては行けない。こんな場所で休んでる場合じゃない。一日も無駄にはしたくない。一日でも早く前に進んで、全てを終わらせたい──そう思っていたけれど、体は全く言うことを聞いてくれなかった。
指一本、動かすだけでも全身に不快感が襲う。心と体が繋がっていないようだった。
 
「帰らなきゃ……」
 アールは消えそうな声でそう呟いた。
 
シェラにぐったりと寄り掛かっていると、シェラの香水の匂いが鼻をついた。
 
「帰る……? とにかく、今は休むことが先決よ」
 シェラはそう言うと、抱きしめたアールの背中を優しくさすった。
 
アールは何故抱きしめられているのか分からなかったが、シェラの香りに鼻が慣れきて、心地よさを感じていた。そして、その温もりを感じた。
人の温もり……体温。生きている証。
 
「落ち着く……」
「でしょ? 人ってね、抱きしめられて人の体温を感じると落ち着くの。この世に生を受けた日から、母親に抱かれたり、沢山の人の手の温もりを感じながら生きて来たんだもの。どんな言葉よりも、どんな笑顔よりも、抱きしめられたほうが何倍も優しさや温もり、愛を感じるものなの」
 

 
旅人に体を貸して生き延びてきたシェラが言う言葉だから、アールは、ひとつひとつの言葉に重みを感じていた。
 
少し動かしただけでも力尽きてしまう腕を、アールは片方だけそっととシェラの背中に回した。
 
「ありがと……シェラ……」
 
出会って間もない、たった一人の友達のぬくもり。あたたかさ。やさしさ。響くことば。
アールは少しだけ、からっぽな心が満たされてゆく気がした。
 

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