voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆30…『ドートン』◆

 
人の記憶を辿って過去に行くと、そのときの天候や時間も反映される。その為、本来の時間がわからなくなる。ルイを何時間眠らせているのか、把握できなくなる。
 
「飛び乗れッ!!」
 ドートンが叫んだ。
 
アールはグリフォンを蹴るように飛び上がり、真横に来たシムルグの背中に飛び移った。バランスを崩し滑り降りそうになるが死に物狂いでしがみ付く。
シムルグはドートンの魔法攻撃によってだいぶ弱まっていた。そのせいで飛び方が危うく、乗っているアールは両手を離すことが出来ない。
 
──止めを刺さなきゃ。
 
だが、片手では力が入らない。
 
「アール! 首を斬れ!」
 ドートンはそう言って、自分の手を広げて首に当てた。
 
“刺す”ことばかり考えていたアールは頷き、グリフォンのときと同じように首元まで移動した。右手に剣を構え横から勢いよく刃を首に回して引き抜いた。びくりと体を震わせたシムルグは苦しそうに金切り声を上げる。裂かれた首から勢いよく血が噴き出した。
 
アールは少し動揺した。世界にきてはじめて魔物を倒したときの感情が戻って来る。怖さ、拒絶、悲しみ、絶望、罪悪感……。
 
「止めを刺せ!!」
 
ドートンの声が耳に届くと同時に何匹ものハイマトス族を殺したときの映像がフラッシュバックした。
 
 ごめんなさい……。
 
アールは意を決してシムルグから手を離し、剣の刃を下に向けて根元まで突き刺した。一度では仕留められず、何度も繰り返さなくてはならなかった。
剣は血でどろどろに染まり、飛ぶ力を無くしたシムルグはアールを乗せたまま地面へと落下する。
 
「アール!!」
 
心配するドートンの声が聞こえたが、アールは案外平然としていた。直接シムルグに乗ってわかったのは思いのほか体を覆っている羽がふかふかしていたことだ。それに体もゴツゴツしているというより、弾力がある。このまま落下してもある程度の衝撃は吸収されるのではないかと思ったのである。
 
地上を覆う木々が迫る。木がシムルグの体を貫きやしないかと一瞬冷やりとしたが、幸いシムルグが住処にしていた巨木はない。シムルグの大きな体は木々を押し倒しながら地面に叩きつけられた。
 
アールは思ったよりも衝撃を受け、ひどく咳き込んだ。シムルグの体に突き刺していた剣を抜き、地面に着地する。シムルグはまだ息をしていたが随分と浅い呼吸だった。その命は直に途絶えるだろう。
 
アールは上空を見遣り、ドートンを気に掛けた。彼はどうやって降りてくるつもりなんだろう。助けに行きたいのは山々だったが、一息つきたいと地面に腰を下ろして息を整えた。
 
━━━━━━━━━━━
 
カイとシドは客間のソファに横になり、眠っている。珍しくカイは遅くまで起きていたが、眠気には勝てなかったようだ。
ウペポはテーブルに出しっぱなしになっていた湯のみなどをお盆に乗せた。そこにヴァイスが外から帰ってくる。
 
「おや、あんたもそろそろ眠るかい?」
「……あぁ」
「カイはアールが戻るまで起きてると言い張っていたけど、結局眠ってしまったよ」
 と、ウペポは立ち上がった。
「…………」
「あんた、人間じゃないね」
「…………」
 ヴァイスは黙ったままウペポを一瞥した。
「その紅い目、ハイマトスだね」
「…………」
「ハイマトスは生まれたときは獣でも、望めば人間になれるはずさ。それなのにあんたは完全体を望まなかったのかい?」
「……なんの話だ」
 と、ヴァイスはソファに腰掛けた。
「恨んでいないのかい? 獣の姿に“戻された”ことを」
「なに……?」
 
なぜそのことを知っているのだろう。不審に思う。
 
「すまないね、腐れ縁なのさ。モーメルとはね」
 ウペポはそう言い残して部屋を出て行った。
 
「モーメルか……」
 
━━━━━━━━━━━
 
アールははっと息を呑んだ。遥か上空からドートンが落ちてくる。手から離れたマントがひらりと風に乗ってあらぬ方向へ流された。
 
「ドートンさん!!」
 
このままでは木に突き刺さるか、運よく木々をすり抜けてもそのまま地面に叩きつけられるだろう。
 
「お願い助けてッ!!」
 
アールは誰かに向かってそう叫んだ。ここにはドートンと自分以外人はいない。
 
「言葉わかるんでしょう?!」
 
もう駄目だと目を閉じた瞬間、ドートンを受け止めようと木々が枝を伸ばし、一斉に葉を生い茂らせた。幾重にも重なる葉の絨毯と枝によってドートンは地面に落下することなく、軽症で済んだ。
アールもドートンも目を見合わせて生還を喜んだ。
 
その直後、生い茂っていた木々の葉がパラパラと雨のように地面に降り注いだ。
 
「枯れる……」
 そう呟いたのはドートンだった。
 
アールは妖精の鱗粉を撒いた。一本の木に表情が現れる。
 
「ありがとう……」
 アールは肩を竦め、そう言った。
「鱗粉は貴重なものだ。そんなことを言うためだけに使うものではない」
「でも……助けてくれてありがとう……ごめんなさい……」
 ドートンを助けた木々の葉は、全て落ちて水分を失い、茶色に染まった。
「助けてもらった礼をしたまでだ。──こうして話ができるのも何かの縁。頼みを聞いてもらえないか。巨大化した木をどうにかして伐り倒してほしい。暫くすればまた別の魔物が住みついてしまうだろう。彼らも魔物の住処にされながら生きたくはないようだからな」
 優しくそう伝え、目を閉じた。
 
戦いを終え、しんと静まり返る。グリフォンはいつの間にかいなくなっていた。
空の明かりも落ちて、夜が近い。
 
「木が自分の意思で動いて人間を助けたなんて、驚きだな」
 と、ドートンは複雑な表情で頭をかいた。
「無理をしたから枯れちゃったのかな……」
「アール」
 ドートンはアールの肩に手を置いた。「約束通り、お前にゆずる」
 
アールはドートンからアーム玉を受け取った。細かく削ったような白い模様が刻まれている。
 
「……いいんですか? 私お金もってないんです」
「なんじゃそりゃ。でもまぁ金はいい。俺はめぐり合わせに意味があると思っている。こんな不思議な体験もした。冷静に考えて、そのアーム玉はあんたの手に渡るのが運命の流れに思う」
「運命の流れ……」
「急いでるんじゃないのか? 巨大木は俺がどうにかするから心配すんな」
「あっそうだ!」
 と、アールは腕時計を見遣る。
「譲る代わりにシムルグを仕留めたのは俺ってことにしていいか」
 と、ドートンは頭をかいた。
「それはもちろん! ドートンさんがいなかったら無理だったと思います」
「そうか。ありがとうな」
「じゃあ……さようなら」
 アールは少し名残惜しそうに頭を下げた。
「元気でな」
「はい。ありがとうございました!」
  

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