voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆29…『グリフォン』

 
時刻は深夜の2時過ぎだった。
外で夜空を眺めていたヴァイスの元に、珍しくシドが歩み寄る。
 
「魔物がいねーとつまんねぇな。こんななら下で待ってりゃ良かった」
「…………」
「お前も、魔物がいねぇと困るだろ? 人間の食いもんだけじゃ腹たまんねぇだろ」
 と、笑う。
 
シドはヴァイスから少し距離を取り、刀を抜いて素振りを始めた。ヴァイスは暫く黙っていたが、不意に口を開いた。
 
「ハイマトスについて詳しいようだな」
「…………」
 シドは素振りを続けている。
「魔物を喰らうなどと話した覚えはないが」
「ふんっ」
 素振りをしながら、口ものを緩ませた。「外での生活が長いもんでね」
「…………」
「あの記者ほどじゃねーが、嘘かホントかわかんねぇ話はよく耳に入ってくんだよ。街の居酒屋に行くと大概酔っ払った旅人が外で手に入れた情報をベラベラ自慢げに話してる」
「ハイマトスのことを知っている人物がいたということか」
「毛むくじゃらで生まれて人間を喰らうことで人間の姿になる。魔物も食うが人型の成り損ないほど人間を喰らうんだってな。お前はどっちなんだ?」
「…………」
「魔物や人間は美味いか? 人間の食い物より」
 と、薄ら笑う。
 
ヴァイスは流れた星を目で捉えた。
 
「いや……どうだろうな」
 
━━━━━━━━━━━
 
シムルグと比べると小さく見えるグリフォンは、魅惑的な甘い香りを放つ木に惹き寄せられた。人間にはツンと鼻の奥を刺激するような匂いだった。
その木によじ登っていたアールはグリフォンに飛び乗るタイミングを見計らう。その隣にはマントを脇に抱え、腕まくりをした男が身構えている。
 
「馬を行きたい方向に動かすには手綱を引くだろ? 頭のほうに飛び乗って首か顔の毛を手綱のように引っ張れば顔が向いた方向に飛ばねーか?」
「そんなうまくいくとは思えないけど、やってみる」
「落ちるなよ?」
「そちらも」
 
グリフォンは初め、甘い木の上に止まっていたが、猫がまたたびに擦り寄るように地面に降り立ち、その体を木に擦りつけ始めた。
 
「行きます!」
 アールの合図と共に2人は枝から飛び降りた。
 
グリフォンの背中に見事着地した瞬間、グリフォンが奇声を上げて暴れ始めた。2人は体を伏せ、振り落とされないように必死にしがみ付いた。
 
「あぶねっ!?」
 男はマントを落としそうになり、咄嗟に口にくわえた。
 
グリフォンは突然背中に落ちてきた何かに驚き、興奮しながら羽を羽ばたかせた。草や砂を舞い上がらせながら空へ舞い上がる。そのグリフォンに反応したのがシムルグだ。興奮して巨木の上で翼を広げている。
 
「なぁ、シムルグはグリフォンを喰うんじゃないか?」
「それなら近づけるから問題ない」
 と、アールはグリフォンの背中から首元までよじ登った。
 
シムルグは声を上げながら更に上空へ。その鋭い目はグリフォンを捉えていた。
 
「来るぞ!」
「わかってる」
 
片手でしがみ付き、ネックレスの武器を元の大きさに戻した。
シムルグが狙いを定めて飛んでくる。嘴が鋭い槍に見えた。グリフォンは背中にいる人間のことなど忘れて自分を狙うシムルグから逃げ惑うことに必死だ。
地上からどんどん離れてゆく。ここから落ちたら生きてはいないだろう。
 
「ダメだ戦うには高すぎる! アーム玉を使おう!」
 と、男は懐に手を入れる。
「待って! 攻撃して!」
「はぁ?」
「届くでしょ?!」
 
シムルグはすぐ後ろにまで迫っている。
 
「失敗して二人とも落ちたら終わりだろ!」
「…………」
 
確かにその通りで、アールの頭にはそもそもなぜここまでしてそのアーム玉が必要なんだろうかと思い始めた。とはいえ、魔物を封じることが出来るアーム玉があれば今後役に立つに違いない。もしかしたらシュバルツを閉じ込めることだって出来るかもしれないのだ。
それに今更手土産もなく帰るわけにはいかない。
 
「ったく、どうなってもしらねーぞ?! 俺は自分の身だけ守るからな?!」
 と、男は手の平をシムルグに向けた。
 
腕に刻まれたトライバル柄が赤く染まり、スペルを唱えると炎の柱がシムルグに向かって伸びた。アールはその様子を見て、ガスバーナーみたいだと思ったが口には出さなかった。
炎はシムルグの頭をめがけて伸びたが、それを回避しようと旋回したシムルグの翼に触れてハラハラと羽が抜け落ちた。──と、突然グリフォンが急降下しはじめた。アールの体がふわりと浮いた。この気持ち悪い感覚が大嫌いな彼女はグッと全身に力を入れて耐えた。男も落とされないようにと必死にしがみ付いている。
シムルグの動きが鈍くなり、目がキラリと光った。
 
「くそっ」
 男はバランスを取りながら慌ててアールの元に歩み寄り、覆いかぶさった。マントを被った瞬間に強い光りがすぐ脇を走り去った。
「ありがとう……」
「マントは一枚しかないからな」
 
さっきは自分の身だけ守ると言っていたのに。
 
「お前名前は?」
「アールです」
「俺はドートン。シムルグを倒せて生きて地上に戻れたらアーム玉は譲ってやる」
「ほんとですか?!」
「半額でな」
「……いくらですか」
 

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©Kamikawa
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