voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆28…『健闘を祈る』

 
巨大化した鷹のようなシムルグは、2階建ての一軒家をすっぽりと覆い隠せるほどの翼を羽ばたかせながら周囲の木々をなぎ倒し、空へ舞い上がった。猫のように指の中に収納されていた人の顔ほどある黒い鉤爪が顔を出す。
アールは剣を構え、目を細めながら頭上を見た。森の中では戦いにくいが、それはシムルグも同じだろう。
 
「高山に住んでいたのが下りてきたらしい。餌がなくなったんだろう」
 と、男は身を構えながら言った。
「餌のない高山に帰ってくれるわけなさそうですね。追い払ったら別の場所で誰かが困るだろうし」
「仕留めるしかないわけだ。報酬も申し分ない」
「報酬?」
「あのアーム玉、結構するんだよ。だがそのアーム玉に閉じ込めりゃ、報酬で補える。痛くも痒くもない」
「なるほど……」
 
──と、シムルグが声を上げて動き始めた。
アール達は警戒心を強めたが、シムルグは攻撃を仕掛けてくるどころか背を向けて移動し始めた。
 
「クソッ! 逃げられるぞ!」
 男が追いかけ、その後をアールも追う。
「餌ってなにを食べてるんでしょうか?」
「高山にいたときはそこにいる獣だろ。下りてきて街の付近に居ついてるってことは、わかるだろ」
「人……ですか」
「人も喰うだろうな。気づかなかったのか? 奴がいた付近にやたら布切れが落ちてた」
「シムルグにばっかり気をとられてて……」
「人が着てた服だろうよ」
「…………」
「あれだけでかいんだ。丸呑みもしてるかもな」
「お腹壊しますね」
「……まぁそれで人間食うのやめてくれりゃいいがな」
 
森の中は足場が悪かった。地面から浮き出た根っこに足を取られ、石にも躓きそうになる。上空を気にしながら無造作に生えている木々を避けなければならなかった。
 
シムルグは近くにあった巨木にとまった。シムルグを支える巨大木とはいえ、大きくしなる。
 
「下から攻撃するには距離がありすぎる。誰かが銃を使って撃ち落そうとしていたが体の大きさを考えれば大した痛手にもならんだろ」
「下におりてくればなんとかなりそうですか?」
「どうだろうな何人かで一斉攻撃し続けりゃ倒せるかもな」
「…………」
 アールは頭を悩ませた。
「な? 倒すのは困難だ。アーム玉に閉じ込めたほうがいい」
「それって離れてる場所からでも使えるんですか?」
「それは……」
 と、言葉に詰まる。初めて使うのだからわかるはずもない。
「まずこの木から下ろしましょう」
「どうやってだよ」
「この木に攻撃するんです。倒せなくても揺らすことができたら……」
「他の木に移るだろうな」
「う〜ん……」
「繰り返すのか?」
「そんな時間なんか……」
 
気持ちばかり焦って思考回路が止まる。そうこうしている間もルイは飲まず食わずで夢の中だ。
 
「おいお前、またあれ使え」
「あれ?」
「粉だよ。この木に話しかけて枝で奴を突き刺せって命令すればいい」
「無理ですよ……木は動けないんですから」
「わからんだろ、自力で赤い実をぽんぽん実らせたんだから」
「それと枝を自由に動かすのは違う気が……」
 
そう言いながらも、アールは妖精の鱗粉を取り出した。ビンの中を見て、あと4回分くらいだろうかと思う。
 
「無理でも何かしらの対処を教えてくれるかもしれないぞ」
「なんて質問します? 人間がこの粉の力を使えるのは1分くらいだから」
「そりゃまた面倒だな……。とにかくどうにかシムルグを下ろす方法がないか訊け。奴の苦手なものでもいい」
「わかった、やってみる」
 
アールは2度目の鱗粉を使った。木に振り掛け、そこに顔が現れる。
 
「よかったな、えらい上のほうに顔があったら話しずらかったろうに」
 と、男が笑う。
「モクモクさん……?」
 アールは確かめるように訊いた。確か妖精のアイリスがそう呼んでいた。
「人間が何のようだ」
 と、木はどこか辛そうな声で答えた。
「あなたの上にいる大きな鳥を仕留めたいの。なにかいい方法はない? 弱点とか、せめて下に下ろす方法とか。もしくは近づく方法」
「…………」
 木は暫く間を置いてから答えた。
「何人もの人間が試してきたが、どれも無残に終わっている。奴は魔力を持っており、体から光を放つ。その光を浴びたものは吹き飛ばされ、体が硬直する。その間に喰われてしまう」
「その光は避けられないの?」
「ある人間が光を遮るマントを持っていた」
「そいつは今どこだ」
 と、男は話に入り、急かすように問う。
「死んだ。光は遮ったが、奴の爪で背中をえぐられた」
「マントは?」
「さぁな、どこかに落ちているだろう」
「モクモクさんは他のモクモクさんと話せないの? 誰か知ってるモクモクさんはいないの?」
「少し待て。訊いてみよう」
 
そう言うと、木は目を閉じた。
アールは木のてっぺんを見上げた。ハラハラと大きな葉が落ちてきた。
 
「ここから西へ人間の足で537歩、歩いた場所に落ちている」
「わかりづらい」
 と、男。
「私探してくる」
「いや、お前はここにいろ。まだその後どうすべきか聞いてないだろう」
 と、走り出す。
 
アールはもう一度シムルグを倒す方法はないか訊こうとしたが、木の“顔”が消えてなくなっていた。1分が過ぎたようだ。また鱗粉を使うべきか悩む。
男がマントを探しに行っている間、アールはひとりで頭を悩ませた。木に登ってもそれでも距離がある。あの男が魔力で攻撃して届いたとして、シムルグは襲い掛かってくるだろうか。襲い掛かってきたら地上へ誘導できるかもしれない。でも逃げたら面倒だ。もし生かしたまま取り逃がし、男からアーム玉を奪ったらどうなるだろう。戻った世界でシムルグに襲われたログ街が消えていたりしないだろうか。
 
「空が飛べたら楽なのに……」
 
魔法が使える人はいるのに、その魔法で空を飛べる人はいないのだろうか。まだ会ったことがない。
考えることに行き詰まり、結局また鱗粉を使うことにした。呼び起こされた木は再びアールに目を向け、ため息をついた。
 
「私に訊かれても困る」
 と、疲れたように言う。
「他の仲間にも訊いてみてください。なにかいいアイディアがないか」
「…………」
 訊いているのかいないのか、木は沈黙した。
「シムルグの背中に飛び乗れたら攻撃し放題になるかもしれない」
 と、アールは呟く。
「ひとつだけ近づく方法がある」
「教えてください!」
「これから呼ぶグリフォンに飛び乗るんだ。呼べるが懐いているわけじゃない。甘い匂いを出しておびき寄せることが出来る木がある。そいつに頼んでおいた」
「グリフォン……」
 と、アールは顔をしかめた。
「グリフォンが来るまでその木に、なるべく高いところまで登っておくんだ。グリフォンがきたら飛び乗るといい。準備ができたら知らせてやれ。人の言葉も行動も、我々はわかっている」
「待って。飛び乗ってもシムルグの近くまで行ってくれるの?」
「さあな」
「無謀だよ……」
「それしか方法はない。健闘を祈る」
 

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©Kamikawa
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