voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆27…『シムルグ』

 
ログ街から出た瞬間、それは視界を塞ぐように目に飛び込んできた。120メートルはある巨大な木が空へ伸びている。アールが仲間達と外からログ街へ訪れたときにはなかった木だ。20年前まではあったということになる。それも一本ではない。離れた場所に転々と塔のようにそびえ立っており、周りの木々が小さく見える。
 
「なんですか……あれ」
「外に出たことがないのか? それともログにはゲートから来てこの辺は初めてか。あれはシムルグの止まり木だよ。上にいないってことはどこかの下にいるはずさ」
「止まり木?」
「普通の木じゃ、巨大なシムルグを支えられないからな。シムルグによって巨大化した木々が住処になってる」
「倒せないからアーム玉に?」
「そういうことだ」
 
シムルグはむやみに鳴いたりしないため、おとなしくしているときはどこにいるのか検討もつかない。大木がある近くに身を潜めているのは確かだと男は言う。とにかく一番近い大木を目指して歩き進めた。
 
「すぐには見つからないだろうな」
「大きい鳥なのに?」
「普段はおとなしい。じっとしてほとんど動かないのさ。腹が減ったらハンティングするために動き出す。動けばすぐにわかるんだけどな」
「時間がないのに……」
 と、アールはウペポから授かった腕時計を見遣った。
「なにをそんなに急いでるんだ?」
 
アールは答えず、辺りを見回した。木によじ登って上から探したほうが見つかるのではないだろうかと思ったが、辺りに鬱蒼と生えている木はどれも枝の位置が高く、登れそうにない。
 
「あ、そうだ」
 
シキンチャク袋に手を伸ばし、あるものを取り出した。それを興味深く男が覗き込む。
 
「妖精の鱗粉です。ひとつまみ木にかけて」
 と、実践すると、鱗粉を浴びた木に目と鼻と口が現れた。
「なんっじゃこりゃ」
 男は目を丸くして驚いた。
「すみません、シムルグという魔物を探しています。居場所を知りませんか」
「シムルグ?」
 と、眠たそうな木。
「巨大な鳥です」
「あーぁ、ここから北西に立っている木の根元にいるようだよ」
「北西?」
 
男はコートのポケットからコンパスを取り出して方角を確認した。
 
「赤い実が生っている木はそれしかないから、探しやすい」
 木はそう言って、アールを見遣った。「いい迷惑だよ」
「あ……ごめんなさい」
「いやいや、あんたじゃなく、巨大鳥のことさ。赤い実をつけたのは居場所を知らせるためだよ。巨大鳥の排泄物を浴びたら忽ち枯れてしまう。その度にほかの仲間が巨大化させられる。困ったものだよ」
 
ため息交じりにそう言って、木は1分ほどで元の喋らない木に戻ってしまった。
 
「便利だな」
 と、男がアールの手にある鱗粉を見遣った。
「なかなか手に入らないものです。大事に使わないと……」
 まだ残っている鱗粉が入った小さなビンを、シキンチャク袋にしまった。
「珍しいものでも集めているのか?」
 アーム玉のことといい、男はそう訊いた。
「そういうわけじゃ……」
「ま、居場所はわかった。日が暮れる前に向かおう」
 
━━━━━━━━━━━
 
ウペポは客室に夕飯を運んだ。焼きたてパンと採れたて野菜とシチューだ。
客室に戻っていたカイはいただきますと喜んでパンにかぶりついた。シドは水を飲んでからパンを手にとった。
 
「もうひとりはどうしたんだい」
 ろ、ウペポ。
「ヴァイスん? ヴァイスんは外でたそがれてる。3度の飯より黄昏」
「腹が減ったら戻って来んだろ」
 と、シドもパンにかぶりついた。
「自由だねぇ」
 ウペポはヴァイスのシチューが冷めるといけないからと、シチューだけ片すことにした。
「シドは3度の飯より戦闘だよねぇ」
「飯も食う」
「俺は3度の飯と女の子とおもちゃと寝ることと」
「多いな」
「ルイは3度の飯より人の心配」
「チビは」
「3度の飯より……」
「…………」
「なんだろ?」
「…………」
「スーちんは3度の水よりヴァイス」
「それあぶねーな」
「スーちんオスだよね?」
「しらね」
 
時刻は午後8時過ぎ。アールとルイはまだ深い夢の中だ。
 
━━━━━━━━━━━

 
久美と“もしもの話”はよくしていた。
その中に、もしも過去へ行けるとしたら、どの時代に戻って、何をする?っていうのがあった。それを雪斗にも訊いたことがある。
 
久美はつまらない答えだった。でも、かっこいい答えでもあった。
 
「私は過去には行きたくないかな」
「どうして?」
「簡単に過去を変えられるなら今を必死に生きてる意味がないよ」
 
まぁそうなんだけど。もしもの話なんだからもっとなにか盛り上がるような答えが欲しかった。だけどごもっともだなとも思った。
 
雪斗と話したときは盛り上がった。
深夜、寝る前に少し声を聞くだけのつもりが、妙に盛り上がって朝方になってしまって。
 
「俺は中学からやりなおしたいかな。小学校からだと面倒だし」
「戻れるといっても戻ってやり直すんじゃないよ? 一時的に戻れたらってこと」
「一時的か! じゃあ俺に会って、勉強しろ!って言う」
「あはは、聞くと思うの? 未来の自分からの忠告」
「……聞かないな」
「だよね!」
 
もしもの話で現実味はないのに真剣に考えたりして、楽しかった。
 
「じゃあ、聞きそうな忠告だけ」
「なに?」
「将来、高校を卒業と同時に付き合い始める女性のことは一生大事にしろ、かな」
「…………」
「なんか言えよ」
 と、恥ずかしそうに笑って、私も照れ隠しに「寒い」なんて言いながら笑った。
 
私は顔を隠して小学校に上がる前の自分に会って、「あなたは勉強していい成績をとらないと一生苦しみ、無残な死を迎える。家族を巻き込んで悲惨な人生を送るだろう……」って、脅す。怖がらせてトラウマにさせてでも勉強する気を起こさせる。
 
本気でそう言ったら、二人とも大笑いしてた。
そこまでしないと私は勉強しないと思うんだ。
 
ま、過去に戻れるなんて夢のまた夢。現実にはありえない。
そう思っていたんだけど。
 

「こんなの倒せるわけない……」
 
アールはシムルグを前に、目が眩んだ。これまで出会ったイトウやルフ鳥とは比べ物にならないくらい大きな巨鳥が鷹のような鋭い目つきで睨みを利かせていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -