voice of mind - by ルイランノキ |
長いロングコートのフードを深々とかぶった男が今にも魔道具店の店員から直接アーム玉を受け取ろうとしていた。それがお目当てのアーム玉がどうかはわからなかったが、アールは慌てて駆け寄り、フードの男に体当たりした。
「うをっ?!」
受け取ろうとしていたアーム玉は空を飛んでキラリと光り、店員の手の中に落ちた。
「なんだお前っ?!」
「ごめんなさい。そのアーム玉、魔物を封じ込めることが出来るものなら譲ってください。急いでるんです」
フードの男と店員は顔を見合わせた。そして、店員の男が口元を緩ませながらアーム玉を強く握り、言った。
「その情報はどこから仕入れたのかな。お嬢さん」
「どこから仕入れたとかそんな話してる時間もないから譲って」
「悪いが」
と、フードの男が店員に手を差し出した。「これは俺のだ」
店員は差し出された手に、アーム玉を渡した。
「いくらで買ったの?! それ以上の価格で買うから譲ってください」
と、アールはしつこく食い下がる。お金がないことも忘れて。
「取引は終わったんだよ、お嬢さん」
と、店員はポケットに手を入れて、何かをアールに手渡した。「変わりにこれあげるよ」
「なにこれ」
と、手の平に乗せられたものを確認する。
「チョコだよ。非売品さ。最後の一個」
包み紙に入ったアーム玉と同じ大きさの丸いチョコレートだった。
「いらない!」
と、突き返すも受け取らなかったため、捨てるわけにも行かずに結局自分のポケットの中に押し入れた。
フードの男はアーム玉を持ってスタスタと歩き出した。アールは慌てて後を追いかけ、ひたすらに頭を下げた。無理矢理に奪えるなら奪ってさっさと戻りたい。
「しつこいなあんたも」
「なにを閉じ込めるんですか? そいつ私倒したら譲ってもらえますか?」
アールが早足で男の後を追いかけながらそう言うと、男は怪訝な表情で立ち止まり、振り返った。
「お前に倒せるような魔物なら俺が倒してる」
「そんなのわからないじゃないですか。私の方が強いかもしれないし」
「馬鹿にしてんのか?」
「あなたこそ私を馬鹿にしていますよね?!」
「…………」
あまりにもしつこいアールに、男は虚空を見遣った。ため息が出る。これが男相手だったなら強引に叩きのめしてでも諦めさせるところだが、女に手を出すのは趣味じゃない。
「じゃ、お手並み拝見しよう。これからその魔物がいる場所まで連れてってやる。手も足も出ないとわかったら諦めてくれ」
「わかりました」
アールはごくりと唾を飲み込んだ。
勝てる魔物だろうか。今から20年前の魔物だ。だからといって今よりも弱い魔物だとは限らない。
男の容姿を眺めた。ロングコートはぼろぼろに擦り切れ、穴が開いている箇所もある。彼の武器はなんだろう。刀剣は持っていなさそうだ。体格は大きなコートを着ていてもわかるくらいに大きい。強そうではあるが、彼では太刀打ちできない魔物なのだろう。
「人をじろじろ見るのは癖か?」
「えっ、いえ……。その魔物の名前はなんですか?」
モルモートやダム・ボーラの名前が出ることを望んだ。
「シムルグ。バーカでかい鳥だよ」
「シムルグ……」
初めて訊く名前だった。巨大な鳥の魔物ならこれまで何度か戦ってきた。イトウ、ドルバード、ルフ鳥……。それらよりも巨大なのだろうか。
「あなたはなにで戦ったんですか?」
と、アールは訊く。
「俺は」
男はそう言いながら袖を捲った。「魔導師さ」
袖を捲くった男の両腕にはトライバル柄の刺青が入っていた。複雑な模様の中に魔法文字も組み込まれている。
「それは?」
「元々はロッドを使っていたんだが持ち歩くのが面倒でロッドの代わりにこの刺青を入れた。ロッドと同じ役割を、俺自身の腕がこなすんだよ」
と、捲くった袖を下ろした。
二人はログ街の外へ向かっている。
「そんなこと出来るんですね」
「体への負担は大きい。生まれたときから力を持ってる魔導師なら常に身体に魔力が流れ続けていようが耐えたれるが、生まれつきじゃなくその“素質”があるからと魔術師にから魔力を授かったものは耐えられないんじゃないか?」
アールはルイとシドを思い浮かべた。
「生まれたときから力があるなら道具やそういう刺青を入れる必要はないんじゃないですか?」
「確かにロッドや刺青なんかなくても魔力を使えるが、あればもっと使える。以前俺の友人がこう例えた。いつでもどこでもすぐに眠れる奴が睡眠薬を使えばますます爆睡できるってな」
「わかりやすいですそれ」
「だろう?」
と、男は笑う。
「自分自身使えなかった魔法も、道具さえ手に入れれば使えるようになる。強くなるには必要不可欠なんだよ」
「…………」
「ところで」
ログ街の出口の前まで来たところで、男は足を止めた。アールを見遣り、足元から全身を眺める。
「なにがあった。血まみれのようだが」
「…………」
アールは黙ったまま視線をそらした。
「それもお前の血じゃなさそうだな」
「魔物が村を襲ったから、殺した。それだけです」
「どこの村だ」
「わかりません。あなたには関係ありません」
「襲った魔物は?」
「…………」
「君の実力が知りたくて訊いてる」
「4本脚の……獣」
ハイマトス族という名前は、喉をつっかえて口に出せなかった。
Thank you... |