voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆25…『12年前のログ街』

 
不思議なことに、夢を辿った過去から戻ったアールは魔物や村人等の血で酷く汚れていた。疲労もたまり、隣で寝ている女を睨みながら叩き起こした。
 
「え……」
 と、目を覚ました女はアールを見て驚いた。眠る前までは血で汚れていなかったからだ。
「どうしたの?!」
「ちゃんと、ログ街の鉄工所での記憶を思い出してください」
「怪我してるじゃないの!」
「いいから言うとおりにしてよッ!」
 と、アールは彼女の腕を強く握った。
 
女は痛みに顔を歪め、恐縮したように小さく頷いた。
 
「ごめんなさい……つい、嫌な記憶を思い出したものだから」
 女はそういって再び横になった。
「余計なこと思い出さないで。これは遊びじゃないんです」
「わかったわよ……今度はちゃんとするから」
 
アールはもう一度女の横に寝転がり、手を繋いで目を閉じた。心臓がずっとバクバクと音を立てている。沈めることもしないままに、今度こそ12年前のログ街へとタイムスリップした。
 
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「もしさ、過去に戻ったアールになにかあったらどうなんのかな?」
 と、屋敷の外に出ていたカイは、遠くを眺めていたヴァイスに訊いた。
「さぁな」
「もし死んだらさ、今部屋で眠ってるアールが死んじゃうってこと?」
「……さぁな」
「そもそもさ、どういう仕組みなの? アールの身体はこっちにあって眠ってるわけじゃん? じゃあ過去に戻るアールはなんなの? 実体はないの?」
「…………」
「あの猫だってさぁ」
「私に訊くな」
 と、ヴァイスはため息交じりに言った。
「へーい」
 
カイはつまらなそうに足元の石ころを蹴った。時折黒い屋敷を眺め、アールの身を案じた。
 
「拙者って、前は言ってたじゃん? 自分のこと」
 と、尚もカイはヴァイスに話しかけた。
「…………」
「あれさ、俺結構好きだったんだけど、なんで変えちゃったの?」
「…………」
「俺はねぇ、昔は自分のこと“僕”って言ってたんだ。でもシドと出会って、俺も自分のこと“俺”って呼ぶようにしようと思って。そっちのほうが男らしいから。ヴァイスんは?」
「…………」
 ヴァイスは黙ったまま雲の橋を眺めている。
「ねぇ、ヴァイスんは?」
「……特に意味はない」
 と、仕方なく答える。
「えー、意味もなく自分のこと拙者って言うかなぁ」
「…………」
「ぜーったいなにか意味あるよ。あれでしょ、なにかかっこいい自分を指す言葉はないかって考えて“拙者”に行き着いたんでしょ。わかるよ、俺も昔は自分のこと“カイ”って名前で呼ぶか“おいら”ってのもいいなぁとか“俺様”もいいなぁとか思ってたもん」
「…………」
「最終的に“我輩”がかっこいいと思って、そう呼ぶことにしたんだけどなんか笑われたからやめた」
「…………」
「ヴァイスもそんな感じでしょー。絶対」
「…………」
 
──否定できない。
 
「男って、そういうもんじゃん?」
「…………」
 
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「すみません、アーム玉が売られてる場所、教えてください」
「はぁ? お譲ちゃんそんなもん買ってどうすんだ。お譲ちゃんが買うような品物じゃないぜ」
「いいから教えろって言ってるの!」
 アールは剣先を男の首に当てた。
「……なんだよ。しらねーよ。“中身”によっては裏取引とかやってる人目につきにくい場所じゃねーのか」
「それがどこだって訊いてんの!」
「なんだなんだ?」
 と、街の住人が集まってくる。
 
幸か不幸か、背が低く、血まみれの女が騒ぎ立てているのだから面白がって集まってくる輩が多い。
 
「このお譲ちゃんがアーム玉を探してるんだとよ」
「へぇ、そんなもの手に入れてどうするんだ」
「関係ないでしょ」
 と、自分を取り囲む男達を睨んだ。
「お使いか?」
 と男らは笑う。
 
アールがいくら剣の刃を向けようが、集まってきた男達には脅しにもならなかった。笑いながら素手で跳ね除けられる。カッとなる気持ちを抑え、改めて訊いた。
 
「これだけの人数が集まっておきながら、誰も知らないんだ? 使えない」
「なんだと?」
「魔物を封じ込めるアーム玉を探してる」
「ははは、そんな便利なもんあるかよ!」
 と、連中は大笑いした。
「“知らない”ならいい」
 
アールは住人を押しのけて、手当たり次第自力で探すことにした。あまり時間をかけてはいられない。
 
逸る気持ちで裏通りに入ろうとしたとき、誰かに腕を掴まれた。不意をつかれて驚きながら振り返ると、腕を掴んでいたのは女の人だった。それも老婆だ。
 
「珍しいアーム玉なら、南東区域の路上で魔道具を売ってる店にあるかもしれないよ」
「え……」
「あんたが欲しがっているアーム玉かどうかはわからないけどね。ま、お目当てのものがなくてもその店の男に訊けば何でもわかるさ。情報量はとられるかもしれないがね」
「南東区域のどこですか?」
「この街を作った男の家が建ってる近くさ」
「あ、ログさん? ありがとう!」
 と、アールは駆け出した。
 
以前ログ街に滞在していたときにログ街について知っていた。その頃にはこの街を作ったと言われているログという人物は既に他界していて、かつて住んでいた家が廃墟として残っていた。誰もそこに近づかないとも。
 
「地図……ほしい……」
 
ただ、あれだけ走り回ったというのに街の地図は全く頭に入ってはいなかった。
 

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©Kamikawa
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