voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆21…『8年前のヘーメル街』

 
気持ちがいいと思ったのも束の間、冷たい風がアールの体を冷やした。
 
「さ、さぶッ?!」
 
両腕を摩り、身を縮めて寒さに耐えた。しかし街の高台から見える景色が視界に入ると、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。ゲンゲンバッハに似た街、ヘーメルの8年前の姿は今よりも緑が多く、家の数は少ない。それでもまるでおとぎ話にでも出てきそうな可愛らしさは健在だ。
 
「あっ!」
 アールは慌てて左の腕時計を見遣り、針の位置を確認した。
 
念のため、シキンチャク袋からノートを取り出し、メモをとっておく。身に付けていたシキンチャク袋を使えるのはありがたい。武器も、ネックレスに掛かっている。
 
「えっと……次にすることは……30歳以降の人を探して……」
 と、寒さに身をかがめながら高台から下りてゆく。
 
時刻は午前10時。
 
「いや、待って。たしかアーム玉はログ街で……」
 と呟き、憂鬱になる。
 
ログ街には二度と戻りたくはないと思っていた。ただし今は8年前だ。自分を知っているものはいない。それでも治安の悪さは心配だった。
出来ることならこの長閑なヘーメルで過去の記憶を提供してくれる人を探したいところだが、先にログ街へ移動してからのほうがいいだろうとルイが言っていた。
 
「えっと、今が8年前だから……」
 と、虚空を見遣る。「20から8引いて、12年前の記憶がある人だっけ?」
 
──で、30歳以上の人。
急ぎ足で街に下りたアールは、ゲートボックスを探しに向かった。
 
ゲートボックスは高台からわりと近くにあり、ログ街へのゲートは開かれていた。ここまでは順調だ。ボックスに入り、お金は足りるだろうかと値段と財布を確かめた。8年前だからだろうか、高く感じたが、致し方ない。片道料金を払い、ログ街に移動した。
 
ログ街のゲートボックスを出るや否や、アールは寒さから解き放たれたものの、違う意味で寒気を感じた。何かに飢えたような目つきの悪い住人が一斉にアールに目を向けてきたのである。
8年前は現在より治安は……悪そうだ。
 
「お譲ちゃん、こんな街になにしに来たんだい」
 黄色い歯を見せながら不気味に笑う老人。
「お譲ちゃんが来るようなところじゃねーぞ」
 と、路上に座り込んで酒を飲んでいる男。
 
──やばいな、早いとこ次の人探さなきゃ……。
 
アールは住人から逃げるようにその場を離れたが、どこにいってもゾンビのように徘徊している住人が不気味な笑みを浮かべている。
 
女性がいい。自然と女性を探す。こんな街で人良さそうな男を探す自信は皆無だった。子供を抱えた女性ならどうだろうか。むしろこっちが警戒されるかもしれない。
不意に、“知り合い”はいないだろうかと脳裏を過ぎる。例えば──ミシェルやワオン。
 
「会ったら未来が変わるかな……」
 
でもウペポは変わらないようなことを言っていた。──ルイの記憶が変わらないだけだろうか。ワオンさんは初めて私と会ったとき、驚いた様子はなかった。私とは“まだ”会っていなかったのだろう。やっぱり余計なことをすると未来が変わってしまうのかもしれない。
慎重に行動しないと。
 
アールはなるべく人の少ない、そして魔物を封じることの出来るアーム玉が売られていたであろう東区域に向かった。人目を避けるように狭い通路を選んで進んでいくと、息を切らしながら走ってくる女性と鉢合わせになった。女性は怪訝な表情でアールを一瞥し、押しのけるように通り抜けようとした。
 
「あのッ! ちょっとお願いが──」
 アールは思いきって声を掛けた。
「どいて! 邪魔よ!」
 女性がそう叫んだあと、どこからか男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「追われてるんですか?」
「うるさいっ!」
「助けます!」
「……は?」
 アールは力づくで押しのけようとした女性の手を止めた。
「助けられるかわかんないけど……」
「相手は殺し屋よ」
「なんで追われてるんですか?」
「借金返さなかったの。そしたら殺し屋雇われて追われる身よ」
「借金返さないのはどうかと思いますけど……とりあえず逃げ切れたらお願い聞いてもらえませんか」
「……逃げ切れたら考えてやってもいいわ」
 
━━━━━━━━━━━
 
客室からスーと共にヴァイスの姿はなくなっていた。
ウペポは一休みしたあと、アールとルイの元へ戻った。そして残されたのはカイとシドである、シドは暇をもてあまし、ソファに横たわった。
 
「ねーシド、シャドウどこいった?」
「しらね」
「アールいないとつまんなーい」
「…………」
 
カイはけだるそうに背もたれに寄りかかると、一点を見つめた。
 
「シドはさ、どうなると思う?」
「なにがだよ」
「俺達の旅の結末」
「…………」
「俺は……世界を救ってさ、俺達の銅像とか立てられて、冒険記みたいな本出て、世間から称えられて、城から報酬がっぽり貰って、そのお金でおもちゃ屋を経営してたら取材殺到してさ、女性ファンが増えてアイドルになって、アイドルしながらのおもちゃ屋の経営は大変でさ」
「めでたいやつだな」
 と、寝返りを打つ。
「そこにさ、アールもいたら完璧なのにって思うんだ」
「…………」
「アールがいなかったら、どれも虚しくなるような気がしてさ」
「あーそう」
「……アールの結末って、どんなだろうね」
 
──幸せになってくれたらいいな。
カイはそう言って、目を閉じた。
 

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©Kamikawa
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