voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆20…『決められた運命』

 
ウペポはベッドがふたつ並んであるだけの狭い部屋にルイとアールを招くと、それぞれをベッドに寝かせた。シドたちは客室にて待機させられている。
電気もない部屋の窓は黒いカーテンで締め切られ完全に光が遮られている。ルイとアールが横になったふたつのベッドの間にウペポが立ち、記憶の夢を見る前に必要な注意事項を話した。
 
「いいかい、ルイ。今現在お前が持っている記憶にアールが入り込み、そこから過去へ行く。アールがお前の過去をかき回したとしてもお前の記憶は変わらないから安心しな」
「どういうことですか?」
 何も見えない闇の中でそう聞き返した。
「歴史を変えれば未来は変わる。しかし今ある未来は既にこうなると決まっていた未来なんだ。お前が既に持っている過去の記憶は、既にアールがお前の過去をかき回した後の記憶ということ」
「…………」
「要するに、あんたたちが私の元に訪れて過去に行くことは既に決まっていたんだよ」
 
それって、未来は変えられないということ?
いや、変えた未来を既に生きているということだ。
 
「ウペポさん」
 と、アール。
「なんだい」
「既に変えられた未来を生きているということは……もし私がルイの記憶を辿らずに過去に戻るのをやめたらどうなるの? 世界が変わってしまうの?」
「そうなるね。でもあんたは過去へ行く。行かない理由はないはずだよ」
「はい……」
「不安だろうけど、あまり深く考えないことだね。さ、これを身につけて」
 
アールは左手首に冷やりと冷たい何かを感じた。目を凝らして見てみるものの、暗くて確かめることが出来なかった。
 
「なんですか?」
「過去を旅するのに重要な時計だよ。時計の動かし方は普通の時計と同じで、文字盤の横にあるネジを回せば針が回る。いいかい、よく聞くんだ。ルイの過去にたどり着いたらまず直ちに針の位置を見なさい。記憶しておくんだ。戻ってきたくなったら同じ場所に戻って、針の位置も戻せばいい。それから」
 と、ウペポはアールの右手にも腕時計を嵌めた。
「こっちも同じ時計だが、起動は自分で行うんだ。ルイの次に過去の記憶を見せてくれる人がいたら、その人と手を繋いで文字盤の横についているネジを押して眠りにつくんだ。次の過去に渡ったら、ルイのときと同じように時間を確認すること。それから──」
「覚えられない!」
 と、不安になったアールは手探りでウペポの腕を掴んだ。
「落ち着きなさい。言っていることは子供でも出来る簡単な作業だよ」
「アールさん、大丈夫ですか……?」
 
闇の中で聞こえて来るルイの優しい声に、懐かしさを感じだ。この世界に来るときも、そうだった。突然なにも見えなくなり、不安で押しつぶされそうだった彼女を安心させた声。
 
「がんばる……」
「念のためですが、次の提供者はログ街で探してください」
 と、ルイ。
「えっ、なんで?」
「ヘーメル街で今から20年前まで遡ったとして、その頃治安の悪いログ街へのゲートが開かれているか不明です。現在でさえ繋がっているのか確かめていませんから」
「そっか……」
 不安は膨らむばかりだ。
「話の続きだがね、あんたが過去に渡っている間、あんたもルイも飲まず食わずの寝たきりになる。その意味がわかるね?」
「あまり長く時間をかけていられない……」
「そうさ。それに魔力を浴び続けていることにもなる。時間がかかればかかる分、身体への負担は大きい。なるべく早く戻ってきなさい」
「わかりました……」
 と、アールは頼りなさげに答えた。
 
ウペポの指示に従って、二人は手を繋ぎ、目を閉じた。ウペポは繋がった二人の手首を掴み過去の夢へと誘う呪文を唱え始めた。ルイはウペポの呪文に耳を傾けながら過去の記憶をなるべく鮮明に思い出した。
5分ほどしたころ、静かに目を閉じていたアールに睡魔が襲い、ずんと深い地中に引きずり込まれるような感覚と共にルイの過去の記憶が目の前に広がった。
 
 
──綺麗な場所だった。
そよ風に撫でられながら見えた景色。高台にある木々の隙間から見えた町並み。2匹の白い鳥が羽ばたいてゆく。どこにでもある風景なのに涙が出るほど美しいと感じたのは、きっとルイの記憶を辿ったからだ。
この景色を見たときのルイはきっとこんな感情だったんだね。
 
━━━━━━━━━━━
 
「アール無事に過去に行っちゃったかなぁ」
「戻って来ねぇかもな」
 と、シドはテーブルに残っていた飴を口に入れた。
「なんでそんな意地悪言うんだよお! てかさ、もしさ、過去の俺とアールが会ったとしてさ、『君カイでしょ。将来君は私と結婚するんだよ?』って言われたとするじゃん? そしたらさ、今の俺の記憶が急に書き換えられて、ふと思い出したかのように昔アールに『将来君は私と結婚するんだよ?』って言われたことを思い出したりするわけ? それともパラレルなんちゃらって奴で、『将来君は私と結婚するんだよ?』って言われた俺が生まれるわけ?」
「さあな」
 と、シドは飴を噛み砕いた。
「飴は舐めるもんだよ」
「うっせーな」
「じゃあさ、もしさ、過去の俺とアールが会ったとしてさ」
「会わねーよまず!」
「わかんないじゃないか!」
「会うとしたらルイだろ。あいつの過去の記憶からあいつの故郷に行くんだから」
「…………」
「…………」
 シドはもうひとつ、飴を口に入れた。
「阻止せねば!」
「会うことはないだろうよ」
 と、客室のドアからウペポが顔を出した。額に汗を滲ませている。
「アールんは?」
「無事に過去に飛んだよ。ルイは昔アールに会ったと話したことはあったかい?」
「昔?」
「8年前だよ」
「聞いたことないよねぇ」
 と、カイはシドを見遣る。「会うわけないし」
「なるほど」
 と、シドはすぐに理解した。
「ちょっと! 俺を置いてきぼりにして勝手に理解しないでくれる?!」
「俺らはチビが既に過去に行った後の世界を生きてるってわけだろ。となると──」
 シドは険しい顔で小首を傾げた。「ややこしな……」
「え? シドがややこしいんなら俺絶対理解できないじゃん」
 
「運命は決まっていた、ということになる」
 と、これまで黙っていたヴァイスがつぶやいた。
 
アールがこの世界に来る前から、こうなる運命だったと言える。その運命はどこまで決まっているのだろう。それを知っている者がいるとしたら、自分の命と引き換えに選ばれし者を召喚したギルトだろう。
 
「──ま、ギルトに未来が見えたってことはそこまでの運命は決まってるってことだろ。けどその運命があまりのも悲惨なもんだったから、回避しようともがいてるってわけだ」
 シドはそう言ってふたつめの飴も噛み砕いた。
「運命は変えられるわけ? ていうか俺、今なにか引っかかってることがあるんだけどなにに引っかかってるのか自分でわかんない」
 
「ふたつの未来を見ていた可能性がある」
 と、ヴァイスは言う。「破滅と創造……もしくは存続か」
「ギルトはあの時点での未来、破滅だけを見たんだろ。だから改善策を探した。それが破滅からそれはじめた“今”だ。その結末は誰も知るはずがない。あくまで計画であって──」
「もしルイが過去にアールんと出会ってたら話は変わる? 運命は決まってたってことになるんでしょ?」
「……あ?」
 
「さっきから何の話だね」
 と、ウペポは空になっていた湯のみをお盆に乗せた。
「あ……んー、大した話しじゃない! それよりもっとお菓子ない?」
「ないね」
「ちぇーっ」
 

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