voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆15…『崖の上は雲の上』

 
結局、10メートル近くある高さまで結界の階段を作り、洞窟を出た。
思わぬ報酬に笑顔が絶えないカイとシド。アールは水筒の冷たい水を飲み、空を見上げた。洞窟に入る前にも見たが、気球が空を横断している。ただ、気球の色が違う。別の気球だろう。
 
「誰か乗ってるのかな」
「崖の上へ向かっているように見えますね。随分高度が高いような……」
「私気球って乗ったことないからちょっとどきどきする」
「んじゃあ俺と乗るといいよ」
 と、すかさずカイが会話に入り込んだ。「新しいことは俺と共有しなきゃ」
「なんでよ」
「俺との思い出は沢山あったほうがいいでしょう?」
 そう言ったあと、「あ、ごめん」と謝った。
 
はじめはなぜ謝ったのかわからなかった。バカなことを言ってごめんという意味かと思っていた。けれどすぐにわかった。すぐに思い出した。思い出は、いくら作っても消えてしまうことを。
帰るときには全て置いて行くことになる。この世界で生きた記憶もなにもかも。
 
「そうだね。旅が終わったら、みんなで集まって思い出話しができたらいいね。キャンプファイヤーとかしながらさ」
 アールがそう言うと、カイは少し切なげに笑った。
 
先のことなんてわからない。生きて終わらせることが出来るかどうかもわからないんだから。
 
一向は暫く森の中を歩き進めていると、 森の木々が伐り倒されて円状に開けた場所に出た。そこにはノームと同じように膝丈くらいしかない小人達が汗水流しながら気球を上げていた。
 
「こんにちは、ノッカーの皆さん」
 と、声を掛けたのはルイだった。
「ノッカー?」
 と、アール。
「彼らも妖精です」
「そうなんだ?!」
 アールは目を丸くして驚く。
 
30人ほどいる中で、一際異彩を放っていたノッカーが近づいてきた。口の顔の半分が黒い髭で覆われ、鉱夫の格好をしている。
 
「人間がなんのようだ!」
 と、なんだか機嫌が悪いようだ。
「僕達はあの崖の上へ行きたいのですが、あの気球に乗せて貰うことはできませんか」
 ルイは交渉しながら気球に目を向けた。大きな岩を気球に乗せて運んでいるようだ。
「人間なんかは乗せん」
「人間が嫌いなの?」
 と、アールが前に出た。
「人間なんかクソ種族だ」
「基本、妖精界において人間は悪者とされるのです」
 ルイはそう言った。
「私達は別にあなたたちに危害を加えたりしないよ」
「大概人間はそう言う。悪い奴ほど言う」
「ホントだってば……」
「じゃあなんで刃物を向けるんだ」
「え?」
 
ノッカーが指差した先には、シドがイラついた様子で刀を向けていた。
 
「シドさん、しまってください」
「脅したほうが早いだろ」
「あの人のことは気にしなくていいから」
 と、アール。「てかあの人は乗せなくていいから」
「なんだとコノヤロッ?!」
 シドは刀の刃先をアールに向けた。
「ただで乗せてほしいとはいいません。僕らになにか手伝えることがあれば手伝います」
「ふむ……」
 
ノッカーは短い腕を組んで暫し考えた。そして、ポンと手を叩いてある提案をした。
 
「あんたらが来た道の先に洞窟があっただろう? あそこに魔物がいる。それを倒してきてほしい」
「え、ケロベロスですか?」
「名前までは知らん」
「頭が3つあるデカイ犬っころだよ」
 と、カイ。
「そうだ。それだ。なぜ知ってる。入ったのか! 我らの住処に!」
「あそこに住んでたの? そんな気配なかったけど」
 と、アールは思い返す。「じゃああのアリアン像はあなたたちが?」
「最近越してきたんだ。人間の像は元からあった」
「そっか」
「魔物なら」
 と、シドは刀を仕舞った。「倒してきた」
「証拠は」
「んなもんねーよ。腹ん中にあったお宝くらいだ」
「その魔物から取り出したもんかどうかわからんだろう」
「だったら確かめに行ってこいよ!」
 
ノッカーとシドが口論し始めた横で、カイがシキンチャク袋からカメラを取り出した。
 
「証拠ならあるよん。撮ったから」
「いつの間に……」
 と、アール達は声を揃えた。
 
カイがカメラに収めたケロベロスを見せると、やっと信じたノッカーは仕方なさそうに気球に乗せることを了承した。
 
「よく撮ってたね」
「頭のひとつを倒したの俺だから、記念にね」
 と、見せてくれた写真には、笑顔で写るカイの後ろに倒れたケロベロスが写っていた。
 
「岩はなんのために運んでいるのですか?」
「企業ひみつだ。雇われてやってる」
「そうでしたか」
「全員乗るんだな? 3人までしか乗れないから二回に分けて送ってやる」
「助かります。ありがとうございます」
 
妖精たちは小さな杖を持っていた。一見、木の枝に見えるがそれを振りかざすと忽ち気球の中に空気が入り、大きく膨らんだ。
 
「便利ですね」
「風を送る魔法の杖さ。魔女からもらったんだ。これがないと大きな岩も運べない。重すぎて浮かないからな」
「魔女? もしや浮き島にいるとされている魔術師のことですか? その方に頼まれて岩を運んでいるとか」
 と、ルイは考えを口にした。
「なんだ、知っているのか?」
「これからその方に会いに行くのです」
「ほう、そりゃご苦労さんだな」
 
先に気球に乗り込んだのは、アールとカイとヴァイスだった。
カイは絶対にアールと乗りたがり、シドはうるさいカイとは乗りたくないと言い、ヴァイスとシドの仲を考えると結果的にこの組み合わせになったのである。そしてそこに膝丈のノッカーがひとり乗り込み、気球は空へと舞い上がった。
 
「浮いた浮いた!」
「浮いたねぇアールぅ」
「ちょっと怖いかも。籠に乗って浮くって変な気分!」
「怖かったら俺にしがみ付くといいよ」
「そこまでは怖くないよ」
 
ノッカーがバーナーを焚き、高度を上げた。眼下には森の緑がふかふかの絨毯のように広がっている。次の気球を待っていたルイたちはあっという間に小さくなった。
 
「どこまで上がるんだろう」
「雲の上までさ」
 と、アールを見上げたノッカーは、やけにハンサムだった。
「酸素は大丈夫だよね?」
「人間のことはようわからんさ」
「…………」
 
アールたちを乗せた気球はぐんぐんと登り、空を覆う雲へ突入した。
 

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