voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆14…『お宝』

 
トロッコのレールは途中から崩れ落ちていた。下ってきた穴の底には吸血コウモリがゴロゴロと横たわっており、レールの終着点であったであろう場所にはひっくり返って壊れているトロッコがあった。
 
「少し高いですが、飛び降りれますか?」
 と、ルイ。
「やってみる」
 
アールは体勢を低くして、眼下に目をやった。少し足がすくむ。冷静なときほど恐怖心が出てくる。例えば何かに追いかけられていたり、時間が迫っているときなんかはこうして躊躇っている余裕もなく勢いで飛び降りれる高さではあるのに、少しでも高さを意識すると忽ち躊躇いが生まれる。
 
「アールさん」
「ちょっと待ってね、すぐ飛ぶから」
 体を前に傾けると冷やりとして足を踏ん張った。──飛べない。
「無理しないでいいんですよ? 結界で台を作りましょう」
「飛ぶから。ちょっと押してもらっていい?」
「それは……」
「愛の鞭ということで、お願い」
「怪我をしますよ」
 
──と、そのときだった。地下の奥へ続く道の先からカイの叫び声が響いてきた。アールは思わず急かされ、その勢いでやっとのこと飛び降りると、ルイも続いて飛び降りた。飛び降りてみると大した高さではなかった。しかし下から見上げると、10メートル近くはあった。
 
「…………」
「どうされました?」
「……ううん、なんでもない。先を急ごう」
 
この世界に体が慣れてきている。表現の仕方がそれで合っているのかはわからない。ただ、自分の世界ではどう訓練しても10メートル近くある高さから普通に飛び降りるなんてこと、出来ないような気がした。
 
アールは剣を構え、道なりに進んだ。細い道からぽっかり開いた空間が見えた瞬間、カイがアールに向かって飛んできた。
 
「アールさん!?」
 手を貸そうとしたのもつかの間、カイは背中からアールにぶつかり、覆いかぶさるように倒れた。
「うぐっ?! 重い!!」
「俺はもう力尽きた……」
 と、退こうとしないカイの腕をルイが掴んでぐいと起こした。
「なにがあったのです?」
 そう訊くと、自分の存在を知らせるようにケロベロスが雄叫びを上げた。
 
そして銃声が数発。アールは警戒しながらケロベロスが待ち構えている空間へ足を踏み入れた。3つの頭のうち、1つは斬り落とされ、1つはぐったりと白目を向いている。
体にはシドによってつけられた傷跡やヴァイスによって受けた銃弾の痕があった。だいぶ弱まっている。
 
アールはケロベロスと距離をとっているシドを見遣った。息を整えている。
 
「手助け、無用かな」
 と、呟くように言った。
「あと少しで倒せそうですね」
 ルイはそう言いながらカイに回復魔法をかけた。
 
足元がおぼつかなくなっていたケロベロスは最後の力を振るしぼり、唸り声を発しながらシドをめがけて襲い掛かった。シドは身をかわすと地面を蹴って飛び上がり、攻撃魔法を使って最後の首を斬り落とした。
 
どさりと倒れたケロベロスの周囲に砂煙が舞う。キンと刀を鞘にしまう音が小さく響いた。
 
「私いらなかったね」
 と、歩み寄る。
「ハイマトスもな」
「暇を潰しただけだ」
 と、ヴァイスは銃を仕舞う。
「この先へ行く道はないの?」
 アールは周囲を見回した。
 
扉も道もない。自分達が入ってきた入り口しかない。だとしたらこのケロベロスはどうやってここに来たのだろう。体の大きさから考えて入り口の通路は通れないはずだ。
 
「ここで生まれてここで育ったんだよきっと」
 と、すっかり治療してもらって元気になったカイ。
「その母親はどうやってここに?」
「ケロちんて卵から生まれるんじゃないの?」
「そうなの?」
 と、アールはルイを見遣った。
「いえ、卵ではありません。おそらくここで誰かに飼われていたのでしょう」
「誰に? そんな形跡ないけど……」
「魔法で大きな魔物も簡単に移動させられますからね。お腹を見る限り、長らく食事にありつけていなかったようですし、大きくなりすぎたか何らかの理由で飼えなくなり、放置されたのだと思います」
「ひどい……」
 
体は大きい。しかしルイが言うとおり、お腹はあばら骨が見えるくらいに痩せていた。
シドはそんなケロベロスの死骸に近づき、再び鞘から刀を抜いて腹を斬り裂いた。お腹からお金や宝石が流れ出てきた。その中には人間の頭部と思われるしゃれこうべも見つかった。
 
「なんで体の中にお宝があるの?」
「人間を丸呑みしたから、その人間がもってたお金や金属は残ってたりするんだよ」
 と、カイ。「それと、魔物の中にお宝を隠すことはよくあるんだ」
「そう……」
「アールもなにかもらってく?」
 と、カイはお宝の中から指輪を探し始めた。
「ううん、私はいいや」
「気が重いですか?」
 と訊いたのはルイだった。
「そんなことは……」
「外で旅を続ける以上、金目のものはあり難く頂いて、次の町で売ってお金に換える。大事なことですよ」
「うん。そうだね」
 

──血に塗れた宝は、決して美しいものには見えなかった。
 
時折、彼らの行動に嫌悪感を抱くことがある。初めはこの世界での生活になれていないからだった。初めて見ることばかりで、受け入れられないことも多かった。
 
今は正直、わかっている。この世界で生きるということ。旅をするということ。戦うということ。
それなのに彼らから一歩、引いてしまう瞬間が今でもある。
その理由は
 
今も私の心は自分の世界にあるのだと思っているからだ。
無意識にじゃない。この世界に呑まれることを恐れているからだ。私は違うのだと言っているんだ。抵抗しているんだ。
 
怖いんだ。
 
魔物の体の中から流れ出た血に塗れた宝を彼らと笑いながら一緒に漁る自分を想像したとき、ぞっとした。
 
この世界の血の色に染まってく。

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©Kamikawa
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