voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆9…『無理難題?』

 
「うるさーいっ!! いい加減にしてくれ!」
 
地中から、30cm背丈のノームが顔を出した。しかし一同はテープレコーダーの音量で気づかなかった。唯一ノームの存在に気づいたのはヴァイスだった。歩みより、とりあえず我を失いかけていたルイの肩に手を置いた。
 
「ノームさぁー……え?」
「現れたようだ」
 
ヴァイスがノームに視線を向け、呆れ顔で見上げているノームに気づいたルイは、テープレコーダーを止めた。その途端、アールとカイは力尽きて地面に膝をついた。シドは膝に手を置き、中腰になって呼吸を整えた。
 
「みなさん、お疲れ様でした。ノームさんが出て来てくれましたよ」
「…………」
 3人は疲労困憊の表情でノームを一瞥した。その目には苛立ちも含まれている。
「何の用だね」
 老爺の姿のノームは短い腕を組んだ。
「すみません、レプラコーンさんからの紹介で来ました。トゲトゲの森を抜ける方法を教えていただきたいのです」
 ルイは額に滲む汗をポケットから取り出したハンカチで拭った。
「タダでは教えられないな」
「おいテメェ」
 と、シドが歩み寄る。「だったら教えるまで騒いでやる」
「君らの体力の方が続かないだろう。君らが倒れるまで耳栓をして過ごすまでだよ」
「コノヤロウ……」
 シドはボキボキと指を鳴らした。
「条件は何です? 必要なものがあれば調達して来ますが」
「笑いだな」
「え?」
「“笑い”が欲しい」
「……えっと?」
「ギャグでも言えってのか」
 シドはあほらしくなり、地面に座り込んであぐらをかいた。
「ギャグなんかでは笑わんよ。そうだお前、女性のドレスを身にまとって歌え。さすれば教えてやる」
 と、ノームはシドを指差した。
「シドがんばれ」
 と、汗だくのアール。
「ふざけんなッ! 死んでもやるかッ!」
「安いもんじゃない。女装して歌うくらい」
「そしたらお嬢さん」
 と、ノームはシドを差していた指をアールに向けた。「代わりに全身の毛を剃って見せておくれ」
「バカか! 変態かッ!」
「ぶはっ!」
 と笑い出すシドとカイ。
「そりゃ見物だな」
「がんばってアール。なんなら手伝うよ」
 カイは嬉しそうにそう言った。
「ふざけんなっ! 絶対にイヤ!」
「毛を剃るだけだよー? 毛はすぐ伸びるんだからさぁ」
 と、カイも座り込む。
 
ノームはそんなカイに指先を向けた。
 
「じゃああんたでいい」
「えー、俺ツルツルになるのヤダよ!」
「向こうの森にいるグリフォンを一人で倒してこい。ついでに赤い木の実もとってきて」
「え、無理。」
「無理じゃないでしょ!」
 と、アールはカイの腕を掴んで立たせようと引っ張った。「強くなったんだから自信もってよ!」
「え、ひとりとか無理だし。」
「行く前から諦めんな!」
「グリフォン倒すくれぇ楽勝だろが」
 と、シド。
「お前は女装だ」
 と、ノーム。
「やんねぇっつってんだろッ!」
「見事にみなさんが嫌がる難題をつきつけてきますね」
 と、ルイ。
「そしたらあんたでもいい」
「僕は何をすれば?」
「そうだな……鼻の穴にアーモンドをつめて耳には枝を差し、がに股で踊りなさい」
「…………」
 ルイは顎に手を当て、悩みはじめた。
「悩まんでいいっ!」
 と、アールがルイの手首を掴んで止めた。「誰もそんなルイ見たくないから!」
「ですが……」
「ヴァイスは? 彼への難題はなに?」
 と、一応訊く。
「あいつは──」
 ノームはヴァイスを見遣った。「つまらん男だな」
「…………」
「…………」
 アールは黙ったまま、ヴァイスから目を逸らした。
 
いるだけで要求さえもしてもらえないつまらない男と判断されたヴァイスの存在。
 
「誰も応えられんようだな。交渉は終わりだ」
 と、ノームは地中に潜って行った。
 
「酷い交渉だった」
 カイはそう呟いて、ノームが潜った場所を足でつついた。マンホールの蓋の上に土があり、閉まると地面との境目がわからなくなるようだ。
「カイのが一番マシだったのに」
 アールはそう言って腕を組む。
「いやいや、アールでしょ。毛を剃ってちょっと見せればいいだけなのに」
「全身って頭も眉毛もだよ?!」
「眉毛は書けばいいし、髪はヅラを被ればいいじゃないか」
「そういうカイだってちょっと森に行ってかっこよく戦ってくればよかったんだよ! 案外すんなり倒せたかもしれないのに!」
「こっちは命かかってるんだよぉ? アールのとは比べものにならないよ!」
「私も命かかってるよ! 全身つるつる姿になってしかも見せるなんて死にたくなる!」
「──やはり僕がアーモンドを」
「ルイはいいの。悩まないで。」
「しかしシドさんも絶対にイヤでしょうし、ここは僕がアーモンドを」
「だめだめ。ルイは綺麗なままでいて。けがされないで」
 
そもそもノームを呼び出すまで騒いでいたときもルイは既に壊れ気味だったんだ。かろうじて爽やかさを保っていたけれど。
 
「はぁ……」
 と、一同はため息をついた。
「どうすんだよ。トゲトゲの森を越えるには下から行くか上から行くかしかなさそうだがな」
「上から……ヴァイスがピョーンと」
「いくらヴァイスさんでもひとっ跳びは難しいでしょう。森、というくらいですから範囲は広いかと思われますし、木々を飛び移りながらといっても木々にも棘があるようでしたから」
「じゃあ掘ってくしかないよね……他に道がないなら」
「ある。」
 と、シドが立ち上がる。
 
ヴァイスに歩みより、睨み上げた。
 
「お前さっきからなんもしてねーだろ。どっかから大量の水を運んでこい。──ルイ、バケツ」
「え? なにをする気ですか?」
「いいから出せ」
 
ルイが渋々シキンチャク袋からバケツをふたつ取り出すと、それをシドは奪ってヴァイスに手渡した。
 
「満タンに入れてこい」
「…………」
 ヴァイスはほぼ無表情で小さくため息をつき、スーを肩に乗せて森へ向かった。
「なにをするのかわかりませんが、その作戦はうまく行くのですか?」
「90%な」
「残り10%が気になります」
 

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