voice of mind - by ルイランノキ |
「え……どういうこと?」
と、アールが訊く。
「俺ね、生まれて間もなくして児童養護施設の前に捨てられてたんだ。んで、そこに育ての母ちゃんと父ちゃんが来て、引き取られたんだよ」
ズズズ、と、カイはコーヒーを飲む。カイのだけ、ミルクと砂糖多めだ。
「養子ということですね」
ルイはブラックコーヒーをひとくち飲んだ。
「うん。ふたりの間にはなかなか子供が出来なかったらしくてね。母ちゃんの体に問題があったらしいんだ。でも奇跡的に妊娠して……」
喜ばしいことだとわかってはいても、表情が沈んでゆく。
「母ちゃん、豹変したんだ。妹を触らせてくれなかった。近くに寄るのも嫌がって。んで……お母さんって呼ぶと嫌な顔をするようになった」
心が痛む。アールとルイは、黙って聞くことしか出来なかった。
「父ちゃんも妹を可愛がってたけど、母ちゃんほどじゃなかったよ。寧ろ俺に対する母ちゃんの態度に困ってるようだった」
ある日、父親がヴィオーラに、息子に対する接しかたについて注意をしたことがあった。その場をカイは見ていなかったが、母の怒鳴り声は自分の部屋の中にいたカイの耳にも届いていた。
「あんたはよその子の方が大事なの?! どこの誰かも知らない“男”に娘を触らせたくなんかないわ! 近づけたくもないのよ!」
そして大きな物音が響いた。ヴィオーラが置き時計を投げたのだ。
ヴィオーラの叫び声は外にまで聞こえていた。そのせいで近所の住人が噂を流し、あっという間に広まった。それはカイが通っていた学校にまでも。
「お前、親に捨てられたんだって? お前の母ちゃんと父ちゃんどこにいるんだよ!」
クラスの男の子たちがカイをからかうようになった。
「見て見て! このモンスター図鑑にお前がのってるぞ! ブツブツのボーンメッシュ!」
ニガウリをナマコのような生き物にしたモンスターだった。
「ひどい話だよ」
と、カイはコーヒーを飲み干す。
「ほんと……」
と、すっかり気分が落ちてしまったアール。コーヒーの水面を眺める。
「でもまだ終わらないのだよ、悲劇は」
「もう聞きたくないかも……」
「無理して話す必要はありませんよ?」
と、ルイ。
「無理してないよ。ルイも自分のこと話してくれたし、俺も話したいんだ」
「それならいいのですが……」
「まぁ聞いてよ、次の悲劇は父ちゃんが母ちゃんに愛想尽かしてあまり帰って来なくなった編」
父親が家に寄り付かなくなってだいぶ経ったころ、いつも通りイジメに合って傷だらけになったカイが帰り道を歩いていると、道中にある路地裏で父が待っている姿が見えた。
父は傷だらけのカイを見て、切なげに笑った。
「そのケガ、どうしたんだ?」
「転んだんだよ」
「……そうか」
父は少し見ない間に成長したカイの頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、おもちゃをプレゼントした。
「今流行ってるらしいぞ。これはミラクルレッドマンというアニメのロボットでな」
と、その絵本も手渡した。
父と別れ、公園に寄ってロボットで遊んでいると、クラスメイトの男の子3人組が「バカがいるぞ」と近寄ってきた。
「お前なんだよそれ」
「父ちゃんがくれたんだ」
「お前に父ちゃんなんかいないだろ! うそつき!」
傷ついた気持ちをぐっと堪え、カイは言った。
「……そうだった! 父ちゃんのフリをしたおじちゃんにもらったんだった!」
すると笑いが起きた。
「変な奴! なぁ、それオレにもかしてくれよ!」
「うん、いいよ!」
その後も父親は時々カイに会いに来てはプレゼントをくれた。クラスメイトとはおもちゃをきっかけに仲良くなっていった。
「──そっか。カイがおもちゃ好きなのがなんとなくわかってきたよ」
と、アールは微笑む。
カイの辛い過去の話しにも光が見えてきた気がして、少しホッとする。だけどカイはまだ浮かない表情で、話を続けた。
「13才くらいのときだったかな、家に帰って自分の部屋に入ったらさ、妹がいたんだ。俺の部屋で、勝手に俺のおもちゃで遊んでた。だから勝手に遊ぶなよっておもちゃ取り上げたら大泣きされて」
「…………」
アールはまた、肩を竦めた。
「妹の泣き声を聞いた母ちゃんがドタドタやってきておもいっきし俺の柔らかい頬をビンタしたよ。んで、部屋に閉じ込められた」
「え……」
と、ルイが思わず声に出す。
「もちろん俺だっておとなしくしてないよ。もう13才だったし、俺は悪くないはずだし……。だから窓から外に脱出した」
「行動力あるね」
「うん。でも、家出したくても町は狭いし、お金もない。結局町の住人に捕まって家に送り返されちゃったんだよねー」
「あらら…」
13才といったら中学一年生くらいだ。ひとりで生活をしていくのは難しい。
「んでさ、あるときから父ちゃんがあまり会いに来なくなった。 なんでだと思う?」
と、アールに訊く。
アールは黙ったまま、わからないと首をふった。
「あんまり会いに来なくなる前にさ、俺一回父ちゃんに縋ったんだ。俺も連れてってよって。父ちゃんと一緒に行きたいって、せがんだ。だけど父ちゃんはごめんなって俺の頭を撫でて、背中を向けた」
それでもカイは父親と離れたくなくて、父親の後を追い掛けた。
けれどそこで目にしたのは、待っていた若い女性と仲良く歩いていく父の姿だった。
「あの時はもう父ちゃんは俺に会いにこないと思った。でも最後に会いに来てくれた。『もう会えない』って伝えに来ただけだったけど」
「そう……」
アールのコーヒーカップに半分ほど残っているコーヒー。喉を通らず冷めてゆくばかりだった。
「次の日にさ、美人が現れたんだ」
「はい?」
と、アールは思わず目をしばたかせた。
カイは笑いながら、父ちゃんと一緒にいた女の人だよ、と言った。
その女性はカイの前に現れ、地面に膝をついた。
「お父さんを奪うようなことをしてごめんなさい……」
女性は子供相手に泣きながら土下座をした。
「私もあなたのお父さんが必要なの……ゆずっていただけませんか……」
カイは大人が子供相手にここまで必死に涙を流す姿をはじめてみた。
「……いいよ」
そう答えたカイを、女性は優しく抱きしめた。ありがとう、ごめんなさいと繰り返しながら。
「父ちゃんに会えなくなったから、おもちゃも手に入らなくなって、友達がまた減ったんだ。イジメも再開した。『本当の親にも、偽物の親にも捨てられたんだな』ってね」
Thank you... |