voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆4…『運命の出会い』

 
「デンデン、覚えてる? 電話の」
 そうカイが訊くと、アールとルイは声を揃えた。
「覚えてる!」「覚えてます!」
 デンデンには嫌な思いをさせられた。口の悪いやつだ。
「そいつがリーダーだったんだよ、イジメっ子の」
「あぁ……」
 納得。と、二人は顔を見合わせた。
「そして俺の悲劇はまだ続きます」
「まだ続くの?!」
 と、アールは思わず立ち上がった。
「えぇ、まだ続くのです」
「続かなくていいよ!」
「んな無茶な。過去は変えられません、消せませんのです…」
「そうだけど……」
 と、力なく座る。
「ま、もうすぐシドと出会うんだからさ、聞いてよ」
 
歯を見せて笑うカイ。まだどこか辛そうで、アールもぎこちなく笑い返した。
 
 
父親の愛人に泣きつかれたその日、また妹がカイの部屋にいた。
今度はなるべく怒らないようにしようと思ったが、カイの目に飛び込んできたのはかつてまだ優しかった母に買ってもらったトランプで遊んでいる妹の姿だった。
 
カッと感情が込み上げてきて、歯止めが効かなくなり、妹をひっぱたいてしまった。もちろん妹は大声で泣きわめき、その声を聞き付けた母親は顔を真っ赤にして怒り狂い、カイに向かって物を投げつけた。
 
「あんたなんか貰うんじゃなかった!! 誰の子供かもわからない子を引き取るなんてどうかしてた!! 気持ち悪い!! 近寄るな!! 他人なんだからッ!!」
 
父親にもらったロボットの人形がカイの額に命中し、後ろに倒れ込んだ。そしてこれまで我慢し続けてきた涙が沢山溢れて止まらなくなった。
 
「……僕、お母さんと父ちゃんのこと大好きだったよ。幸せだったよ。でも妹が産まれてわかった……僕も愛されていたかった。妹なんかいなければいいって思ったけど、本当は仲良くしたかった…」
「うるさい……だまれ!!」
「お母さん、ごめんね……僕かわいくなかったんだね、ごめんね」
 
カイはベッドの横に置いてあったクマの絵が描かれたリュックサックに、近くにあったおもちゃを詰め込んだ。そして妹を抱き寄せる母の足元に散らばっているトランプも一枚一枚拾い集めて、大切に胸に抱えた。
 
「これは一番大事なものだったんだ。──ごめんねエナちゃん。他のものはもういらないから、全部あげるよ。いっぱい遊んでいいからね、叩いてごめんね」
 
カイの妹、エナは当時6才になっており、涙目でカイを見上げていた。
 
「お母さん、僕、このうちに来てしまってごめんなさい。よその子なのに……ごめんなさい。ごめんなさい」
 
カイは何度も頭を下げた。リュックサックを抱えて部屋を出ると、妹の声がした。
 
「おにいちゃん、どこ行くの?」
 
カイは答えずに外へ出た。死ぬつもりで町の外へ出ようとしたが、結局また大人に止められてしまう──。
 
 
「ひとりじゃなんも出来ないなーって思ってたらさ」
 と、ようやくカイに本当の笑顔が戻った。「外の世界から俺と同い年くらいの男の子が町に入ってきたんだ!」
 
それがシドだった。
 
「あの時の大人たちの顔、最高だったなぁ。外に出ようとする俺を危険だって言って引き止めた後、外から俺と同い年くらいの子供が町に入ってきたんだもん! しかも自分の体と同じくらいの刀を持ってさ! みんな目を真ん丸にしてたんだ!」
 カイは当時のことを思い出し、愉快に笑った。
 
外の世界からカイがいるトリースト町に入ってきたシドは、大人たちの視線を浴びながらずかずかと町の中心街を歩き、宿を見つけた。
宿の前で立ち止まり、振り返る。
 
「てめーなんでさっきからついて来るんだよ!」
 
カイのことだった。カイは気づかれていないと思っていたため、慌てふためいた。
 
「あ、えっと、君、名前は? 外の世界から来たなんて凄いや! お父さんと一緒じゃないの?」
「ひとりに決まってんだろバーカ」
 
シッシッとカイを手で追い払い、宿に足を踏み入れる。しかしカイは宿の中にまでついて来る。
 
「ここ高いんじゃないの? お金あるの? お金ないと泊まれないよ?」
「金あるっつのバーカ! ついて来んな!」
 
カイはシドが財布からお札を数枚取り出すのを見て心底驚いた。子供があんなに大金を持っているなんて!
 
結局カイはシドが借りた部屋にまでついてきた。
 
「ねぇ名前教えてよ! 僕はカイってゆーんだ! その刀は君のなの?!」
 と、勝手にベッドにリュックサックを置く。
「ダッセェ鞄だな」
「え? あ、これ? 小さい頃に買ってもらった奴だから……」
 と、カイの笑顔が引き攣った。
 
まだ愛されていた頃を思い出し、急に胸が苦しくなった。
シドは床に座り、刀を磨きながらそんなカイを眺めていた。
 
「ね、ねぇ、僕も仲間に入れてもらえないかな?」
「はあ?」
「僕も外の世界に行きたいんだ!」
「お前にはムリ。自分のことまだ“ボク”とかいうガキ嫌いだし、ダッセー鞄持ち歩いてるガキなんか連れて歩きたくねーし。母ちゃんのおっぱいでも吸ってろよ」
 と、刀を鞘におさめた。
「母ちゃん……母ちゃんも父ちゃんもいないから」
「…………」
「あ、いるんだけどさ」
「どっちだよめんどくせーなぁ」
 
カイはシドの様子を窺いながら、自分のことを全て話した。頼みの綱は、目の前にいる自分と同い年くらいの少年しかいなかったからだ。
 
「ふーん」
 と、シドは欠伸をした。
「え、それだけ……?」
「なんだよ」
「う、ううん……」
 カイはいつの間にか床の上で正座をしていた。
「お前、ほんとに家を出たいのか?」
「で、出たいよ!」
「信用できねんだよなー、なんか」
 シドはそう言って寝転がった。
「家を出れるならなんでもするよ!」
「…………」
「なんでも出来るよ!」
 

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©Kamikawa
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