voice of mind - by ルイランノキ


 臥薪嘗胆2…『両親との距離』

 
トリースト町で育ったカイは、優しくて穏和な両親から愛されていた。
 
カイはいつも甘い香りのコロンを好んで身につけていた母のことが大好きだった。
母、ヴィオーラはカイが眠りにつくまで毎晩絵本を読み、おでこにキスをしてくれた。日々成長するカイの服はいつも愛情が込められた手作りだったし、カイが食べたいと言ったおやつもすぐに作ってくれた。一緒に出掛けるときは必ず手を繋いでくれて、両手に重い買い物袋を運んでいるときも、カイが手を繋ぎたがると片手で二つ持って空いた手を差し延べてくれた。
 
カイは思う存分、ヴィオーラに甘えた。だけどさほど裕福ではないことを子供ながらに知っていたため、おもちゃ屋の前を通ってもわざと母親に話しかけ、おもちゃには興味がないふりをした。
 
そんなカイの優しさに気づいていたヴィオーラは、「もうすぐ誕生日でしょ? 欲しいおもちゃ、買ってあげるわよ」と言った。
 
カイは目を輝かせ、母の手を引いておもちゃ屋に駆け込んだ。そこは自分がおもちゃ箱の中にいるような、わくわくする空間だった。
あれも欲しい、これも欲しいと思いながら店内を走り回るカイ。ヴィオーラはそんなカイを微笑ましく眺めていた。けれど、目の前にあったおもちゃに触れ、値段を見て一瞬、眉間にシワを寄せた。
その一瞬を、カイは見てしまった。手に持っていた大きな箱に入った電車のおもちゃを棚に戻し、サイズが小さいものなら値段も高くないだろうと思い、選びなおした。
 
「これがほしい!」
 
カイが選んだのは、トランプだった。
ヴィオーラは何度も、これでいいの? 本当にこれでいいの? と訊いた。カイは満面の笑みで「これがいい!」と頷いた。
 
父親もカイに優しかった。仕事が忙しい父だったため、なかなか遊んでもらえる時間はなかったものの、仕事に行く前は必ず「行ってくる」と言って優しくカイの頭を撫でた。カイはそんな父が大好きだった。
 
しかしカイが7才の頃、ヴィオーラは女の子を授かった。
 
妹が生まれてから両親の態度が変わった。妹ばかり可愛がるようになったのである。
カイは寂しさを感じていたが、まだ泣いたり笑ったりしか出来ない小さくて可愛い妹を見て、しょうがないと言い聞かせた。
 
だけどある日、カイは風邪をひいて病院へ行かなければならなくなった。徒歩で行ける距離だったため、ヴィオーラはカイにひとりで行きなさいと言った。
 
「…………」
「なに黙ってるの。ひとりで行けるでしょ」
「じゃあ行かない……」
「…………」
 
妹を抱いていたヴィオーラは、すくと立ち上がり、カイの腕を強く握って外へ連れ出した。
 
「おかーさん……」
「黙って歩きなさい」
 
ヴィオーラはカイから手を離し、娘を抱きなおした。妹をあやしながら歩く母の後ろを、カイは速足で歩いた。手を繋ぎたくて、小さな手を母に伸ばした。
 
だけど、カイの小さな手は母の手にパチンと弾かれた。
 
「ひとりで歩けるでしょ!」
「……うん」
 
カイは手をぎゅっと握って、泣かないようにと歯を食いしばった。
 
カイから見ても妹は天使のようで可愛かった。これならお母さんが妹にばかり夢中になるのもわかる。
母が台所で作業をしている間、カイは自分の部屋を出て居間にやってきた。居間にはベビーベッドで眠る妹がいた。
 
「かわいいなぁ」
 
カイはベビーベッドから妹を覗き込んだ。すやすやと眠っている。そのほっぺたが柔らかそうで、つい手を伸ばした。
その瞬間、自分の体が真後ろにふっ飛んだ。幸い、カイが倒れた床の上には畳まれた洗濯物があったため、クッションがわりになって痛みはなかった。
 
カイの目に、ベビーベッドから妹を抱き寄せる母の姿が映った。
 
「おかーさん……?」
 
ヴィオーラは、カイを睨みつけて居間を出て行った。
 
どうして自分はこんなにお母さんから嫌われてしまったんだろう。きっと知らない間に、お母さんが嫌がることをしてしまったのかもしれない。
 
その理由は、ある日の夜、酔っぱらって帰って来た父親から聞かされることになった。
酒に酔って玄関で座り込んでいた父に、カイが水を運んであげた時のことだった。
 
「おー、わざわざありがとうな」
 父は母と違い、ちゃんとカイと会話をしてくれた。
「うん」
「母さんは?」
「妹の部屋」
「そうか……」
「とうちゃん」
「ん?」
「ぼく、お母さんに嫌われちゃったのかな」
「…………」
「ぼく、なにか悪いことしちゃったのかな」
「いいからもう寝なさい」
 と、父親はカイの頭を撫でた。少し乱暴な撫で方だった。
「父ちゃんはぼくのこと嫌いにならないで……」
 
父親は下唇を噛み、頭を抱えながら呟いた。
 
「しょうがないだろ……」
「え?」
「しょうがないんだ。お前はよその子なんだから」
 

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