voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続9…『宝箱』


──指折り日を数えていた。
いつしか数えるのを忘れていた。
思い返した頃にはもう
何日が過ぎたのか分からなくなっていた。
 
私の本当の時間は止まっている。
 
元の世界に帰れたら、仕事はずる休みをして、家にいよう。
 
ゆっくり休むんだ
大切な人達がいる、自分の世界で──

 
仕切りが出来たことで、ルイのすぐ隣には仕切りを挟んでシェラが予備の新しい布団で眠っていた。その隣にアールは自分の布団を敷いて横になっている。
アールは何も無い天井を眺め、耳を済ませた。時折聞こえるテントの周りをうろつく魔物の足音が、不安を煽る。帰りたいと、自分の世界が恋しく思う。その度に胸が締め付けられて孤独が襲う。
 
「眠れないの?」
 と、眠っていると思っていたシェラが、まだ起きているアールに声を掛けた。「眠らなきゃ、明日しんどいわよ?」
「あ……うん」
 シェラは体を起こし、自分のシキンチャク袋から薬を取り出してアールに渡した。
「これあげるわ」
「なに?」
「睡眠薬よ。でも5時起きなら後4時間くらいしかないわね。眠れないよりはいいわ」
「……ありがとう」
 と、アール薬を受け取り、水筒の水で飲み込んだ。
 
1分もしないうちに目が虚ろになり、眠気が襲ってきた。
 
「効き目……早くない?」
「少し強めの薬だからよ」
 そう笑顔で言ったシェラの表情が、心なしか辛そうに見えた。
「……いつも持ち歩いてるの?」
「そうよ。私に眠る時間なんて無かったもの。──カラダを貸すのも楽じゃないってことよ。眠ってしまえば、何をされても起きずにいられるわ……」
「ん……」
 シェラの言葉に耳を傾けながら、アールは直ぐに眠りについた。
 
その日、アールは夢を見た。シェラが出会った見知らぬ旅人に抱かれている夢だった。
シェラから誘惑していたのに、抱かれていたシェラの表情に、心はなかった。無表情で天井を見つめ、その目から涙が零れていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
「アールちゃん? アールちゃん」
 と、シェラの声がした。
「ん……?」
「5時よ、少しは眠れたかしら?」
 目を覚ますと、シェラがアールの顔を笑顔で覗き込んでいた。
 
アールは大きな欠伸をして、目を擦った。
 
「ん……、よく眠れたよ、おはよ」
 
シェラと目が合い、見た夢の内容を思い出して直ぐに目を逸らした。あれは夢だったとはいえ、心が痛む。
テント内にはカイがまだ気持ち良さそうに眠っていた。
 
「あれ……? シドとルイは?」
「野蛮人は知らないわ。真面目君なら外で朝食の準備をしているわよ」
 
いつの間にやら、ルイの呼び名は“真面目君”になっている。
アールは背伸びをしてテントから出ると、大きな結界が張られていた。その結界は高さ2メートルはあり、広さはテントよりも一回り大きい。その中でルイはテーブルを出し、調理をしていた。
 
「ルイ、おは……うぶッ?!」
 アールはルイの元へ行こうとして、結界の壁にぶつかった。
「大丈夫ですか?!」
 と、ルイがアールの前まで駆け寄った。
「うぅ……寝ぼけてた……」
「すみません、自由に出入りができる結界に張り替えておきますね。朝食が出来るまでテントの中でお休み下さい。出来たら呼びますので」
「うん……」
 
アールはぶつけた鼻を摩りながら、テントに戻ると、シェラがストレッチを始めていた。そのおかげでシドに毎日ストレッチをしろと言われていたことを思い出した。急いで布団を仕舞い、アールもストレッチを始めた。
 
「アールちゃん、カチンコチンね」
「普段運動なんてしてなかったから」
「そんなんじゃ変なところに肉がついて歳をとる度にブヨブヨになっていくわよ」
「はい……気をつけます」
 
体を曲げる度にあちらこちらに痛みが走る。昨日ストレッチしたせいで、もう筋肉痛になっていた。
 
「アールちゃん、髪がバサバサね。それに長さもバラバラよ」
「あ……うん」
 
この世界に来る前までは、シャンプーやリンスにこだわりがあった。ドライヤーの使い方も温風と冷風を使い分けたりとこだわっていたし、ワックスやムースの代わりに椿油を使っていた程だ。髪には自信があったが、旅をはじめてからはすっかり髪質が落ちていた。
 
「髪、整えてあげるわ。私なるべく自分で毛先整えてるからいいハサミ持ってるし。少しは今よりマシになるんじゃないかしら」
 と、シェラは言った。
「ほんと? ありがとう!」
 
アールはシェラが姉のように思えて嬉しくなった。実際に姉はいるのだが、こんなことをしてもらった覚えはないし、髪を切ってくれるような姉ではなかった。そもそもシェラは年上かどうかわからない。
 
「じっとしていてね」
 カットクロスの代わりにレインコートをアールに着せて、シェラは慣れた手つきで髪を整えていった。
 
元々は長かった髪。それを自ら剣で切ったせいで毛先がバラバラになっていた。
──暫くして。
 
「よし、出来たわよ」
 と、シェラはシキンチャク袋から鏡を2枚取り出して、切った髪をアールに見せた。
「わぁ、ありがとう!」
 
髪の長さが揃ったおかげか、心なしか髪にツヤが戻ったように思える。
 
「あっちのお猿さんの髪も切ってあげたいわ」
 シェラはそう言いながら、まだ寝ているカイに目を向けた。「前髪邪魔なら切ればいいのに、なぜ結んでいるのかしらね」
「ふふ、カイなりのこだわりかなぁ」
 
そんな会話をしながら再びストレッチをしていると、朝食が出来たとルイが呼びに来た。
 
「カイさんを起こして貰えますか? 僕はシドさんを呼んで来ますね」
 そう言われ、アールはカイを起こそうと声を掛けた。
「カイ、朝だよー」
 しかし全く聞こえていないようで、ビクともしない。体を揺さ振ってみたけれど、それでも起きなかった。
「ぶん殴ったらどう?」
 と、シェラが言う。
 シドが言いそうなセリフだったので、アールはやっぱり二人は似ているような気がした。
「それか引きずり出せばいいわ」
 そう言うとシェラは、まだ眠っているカイの腕を掴み、テントの外へとズリズリと引きずった。そこまでされてもカイは起きなかった。
 
ルイとシドが戻って来て、結界が張られた状態で結界の中へと入った。どうやらこの出入りが自由に出来る結界は魔物にだけ結界として役目を果たすようだ。
 
「カイさん起きないのですね」
 と、ルイは困った顔で、地面に寝ているカイを見ながら言った。
「蹴り起こせ」
 と、シドが言う。
「それは可哀相ですよ……」
 ルイがそう言ったが、シェラが迷うことなくカイの顔をスパーンッ! とビンタした。
「いたぁああぁいッ!!」
 漸く飛び起きたカイに、
「おはよう、お猿ちゃん」
 と、シェラはひっぱたいた頬にキスをした。
 
テーブルを囲み、全員揃っての朝食。魔物が近づいてきたが、結界で囲んでいたため、さすがのシドも食事中は見向きもしなかった。
 
全員が食事を終えると、ルイは直ぐに片付けを始める。汚れたお皿や鍋は、予め汲んでいた泉の水で洗い流す。
 
「では参りましょうか」
 と、片付けを終えたルイが言った。
 
テントも仕舞い、アール達は今日もまた、歩き出した。さほど代わり映えしない景色を眺めながら、魔物が現れては退治する。唯一楽しいことといえば、仲間との会話だった。
 
「そういえば、ルヴィエールまでの旅で宝箱を見つけたわ」
 と、シェラが言った。
「え? 宝箱?!」
 と、アールは海賊が持っていそうな宝箱を想像した。
「それは珍しいですね。何が入っていたのですか?」
 ルイはさほど驚くことなく、シェラに訊いた。
「薬草よ。でも全部旅人に取られてしまったわ」
「そうですか」
 
──宝箱に薬草? と、アールは少しガッカリした。黄金を期待していたからだ。
そういえば、冒険の途中で宝箱を見つけていたような……と、雪斗がやっていたゲームを思い出す。
 
「そういう宝箱ってよくあるの?」
 アールが訊くと、ルイが答えた。
「滅多にありませんね。見つけたときは大変有り難いものです」
「見つけてもむやみに開けんじゃねーぞ」
 と、シドが会話に入って来た。
「どうして?」
「おっかねぇもんが入ってることもあんだよ。そういう奴もいるってこった」
「……よくわからないんだけど」
 
理解出来ないアールに、ルイが改めて説明をした。宝箱には魔法がかけられていて、食べ物などは入れた当初のままの状態で保存される。そしてその宝箱を置くのは、旅へ出て戻って来なかった人の遺族だったり、旅をしている者が不要になった物を入れて他の旅人へ“寄附”しているようなものだと。
しかし、中には悪ふざけで、シドが言う“おっかないもの”を入れる人もいるから、気をつけたほうがいいとのことだった。そして空っぽの宝箱もある。それは別の旅人が見つけて、代わりになるものを入れずに蓋を閉めたからだという。
 
「代わりになるもの?」
 と、アールは訊いた。
「えぇ、なんでもいいのですが、中の物を頂くわけですから、普通はお礼として次に見つける旅人の為に、役立ちそうな物を代わりに入れるべきですね」
「へぇ……面白いね」
「でも、中にはその宝箱だけを狙う輩もいて、宝箱を見つけるのは困難です」
「宝探しでもしてるの? トレジャーハンターってやつ?」
「えぇ。運が良ければ、なかなか手に入らない物が入っていることもあるので、それを見つけては街で売り、お金に換える人達がいるのです」
 
どの世界でも、良くないことを考える人がいるんだなと思った反面、命をかけてまで宝探しをするほどお金に困っているのかもしれないとアールは思った。
 

──私の知らなかった世界があって、そこでは沢山の人々が沢山の念いを抱えて生きていた。
 
その場所に足を踏み入れた私は、この世界の何を変えられるだろう。
ちっぽけなこの私が、なにかを変えることなんて出来るのかな。
 
誰か答えられる?
答えられるわけないよね。

 

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