voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続8…『経験』

 
「ほんと野蛮人よね」
「シェラ、もうシドに喧嘩売るのやめてね……」
 と、アールはため息混じりに言った。
 
一行は、休めそうな場所を見つけ、テントを張った。そこはただの空き地で、残念ながら泉は無く、身体の疲れは寝て取るしかなさそうだ。
 
「ねぇ、ここ大丈夫なの? 魔物来そうだわ」
「大丈夫ですよ、テントの中は安全ですから」
 と、ルイは言った。
 
テントは特殊な生地で出来ていて、魔物を寄せつけない。ルイはテント内でシーツを取り出し、なにやら作業を始めた。
 
「なにしてるの?」
 と、アールは覗き込みながら言った。
「カーテン代わりに使おうと思いまして」
「カーテン?」
「仕切りですよ。着替える時に仕切りがあった方がいいのではないかと」
 と、今度は裁縫道具を取り出した。
「あ……うん!」
 
ルイはアール達の為に、仕切りを作った。それまでアールが着替えるときはルイ達にテントから出てもらったり、コソコソと着替えていた。気にしてもしょうがないとか、見られても減るもんじゃないと思っても、見られたくないものは見られたくないのだ。
ルイは本当によく気が利く。
 
「私は別に全然見られても構わないわよ」
 と、シェラが言うと、カイは幸せそうな笑顔を見せた。
「オメェは良くてもこっちは見たかねぇーよ」
 と、シドは相変わらずシェラを毛嫌いしていた。
 
シドは刀を持ってテントを出た。それを見たアールも慌てて剣を持って出ようとしたが、ルイに呼び止められた。
 
「アールさん? 何処へ行くのですか? 外は危険ですよ」
「私もちょっと……経験積もうかなって」
「そうですか……、でも外はもう暗いですし、シドさんから離れないでくださいね?」
 と、ルイは心配そうに言った。
「了解」
 アールはテントを出て、シドを追いかけた。
 
すぐに追いかけたつもりだったが、結構な距離を走ることになってしまった。
 
「シド!」
「あー?」
 漸く追いつき、シドに駆け寄ったアールは、結構走ったせいで息切れをしていた。
「シド……足……はやッ」
「なにしに来たんだ? 殺されにきたのか?」
「追い掛けて来ただけで何で殺されなきゃならないの……」
「いや、お前弱いくせに暗い時間に外出たら危ねぇだろ」
「あ……うん。でも経験積みたくて」
「経験? ……あぁ、夜這いに来たのか」
「…………」
 虚空を見遣る。
「いや、冗談だって。何か言えよ」
「ごめん、よばいってなに?」
 
それにしても息苦しい。経験を積む前に体力をどうにかした方がいいように思えた。
 
「……いや、もういい。経験っつってもお前、危ねぇって。ただでさえ明るい時間でも魔物の動きに追い付かねぇだろ」
「うん、だからルイがシドから離れないようにって」
「なんだそりゃ。面倒見ろってことかよ」
 と、シドはため息をこぼす。
「ごめんね、お世話になります」
「あらためて言われてもな……。じゃーまず体鍛えること優先な」
「え……」
 と、アールは見るからに嫌な顔をした。
「あたりめぇだろ。大体お前は朝からストレッチも無しにバトルってのがおかしぃんだよ」
「あ、そっか。言われてみれば……」
「だからまずは体を慣らす為に、ストレッチな」
「はい……」
 
アールはシドに言われた通り、ストレッチを始めた。地べたに座って両足を前に出し、前屈をしようとして自分の体の硬さを思い知る。
 
「おい……何やってんだ」
 と、シドが呆れた顔で言う。
「前……屈……」
「どこがだよ!」
 
アールの体は足を真っ直ぐに伸ばすと、上半身が後ろに傾き、上半身を真っ直ぐにすると、足が曲がる。要するに体を90度に出来ないのである。
 
「これ以上無理……」
「手が膝にすら届かねぇ奴、初めて見たぞ。そんなんでよく今までやってこれたな。ある意味感心するが」
 そう言うとシドは、アールの後ろに回り、背中を押した。
「痛ッ! 痛いって!」
「我慢しろ!」
 
──スパルタだ!! アールはシドを追いかけて来たことに酷く後悔した。
 
「無理!!」
 そう叫ぶとアールは足を曲げた。
「今日から毎日ストレッチしろ。少しは柔らかくなんだろ」
 と、鬼教官のように腕を組み、見下ろしながらシドは言う。
「はい……」
 
それからアールはシドに言われるがままある程度ストレッチをやったが、体が硬すぎてあまり意味がないように思える程、全身が痛くなっただけだった。
彼女がストレッチ中に現れた魔物は、シドが仕留めていった。
 
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「アールさん、大丈夫でしょうか」
 
テントではルイが小さな丸い座卓を取り出して、本を片手にアールを気に掛けていた。
 
「野蛮人がいるから大丈夫よ。それとも野蛮人がいるから心配なのかしら?」
 と、シェラもテントの中でストレッチをしていた。シェラはアールとは違い、体は柔軟だ。
「いえ、そうではなく、無理をしているのではないかと思いまして」
 2人の会話の横では、カイが早くも眠りについていた。
「させられてるわけじゃないんだし、自分の意思で頑張ってるのなら、応援しなくちゃ」
「……そうですね」
 と、ルイは笑顔で答えた。「シェラさんは何故ストレッチを?」
「体のラインを維持する為よ。それに柔らかい方が、何かといいでしょう?」
 シェラは前屈しながら色っぽく言った。
「……分かりませんが、ストレッチは体に良いですからね。血行もよくなりますし」
 ルイは困ったように言いながら、本に視線を戻した。
「あら、意識しちゃって可愛いわね」
「してませんよ。あ、コーヒーでも飲みますか?」
「コーヒーより紅茶が好きよ」
「では紅茶を」
 ルイは本を閉じて、紅茶を入れる準備を始めた。
「ねぇ……」
 と、シェラは立ち上がり、ルイに近寄った。
「今なら相手してあげられるわよ? お猿ちゃんはグッスリ眠っているし、野蛮人とアールちゃんは暫く帰って来ないわ」
 シェラはそっとルイの腕に触れる。
「シェラさん、そういうのはやめませんか? 僕たちは貴女を仲間に入れたのはそんなことをする為ではありません」
 
ルイはティーバッグをカップに入れ、コポコポとお湯を注いだ。
 
「じゃあどうして? ……同情じゃないわよね」
「違います。アールさんが貴女を仲間にしたいとおっしゃったので」
「あの子が言ったら何でも聞き入れるわけじゃないでしょう?」
「えぇ……。でも、出来るかぎり要望には応えたいと思っています」
「随分とお姫様扱いね。あなた達とアールちゃんはどうゆう関係なの? ずっと見ていて違和感があるわ」
「違和感……ですか?」
 
ルイは座卓に二人分の紅茶を置いた。
 
「えぇ。なんだか壁があるような。男3人とは違って、彼女とはまだそんなに親しいようには見えないのよ」
 シェラはそういうとルイから離れて座卓の横に座り、紅茶を飲んだ。
「そうですね……。まだ……そうかもしれません」
 ルイはそう言って、それ以上は何も言わなかった。
 
シェラもこれ以上、関係性については訊くこともしなかった。
 
「ところでアールちゃんは何歳なの?」
 と、シェラは話題を変える。
「訊かなかったのですか? 21歳ですよ」
「えぇ?! 見えないわ!!」
 と、驚いたシェラは大声を出すと、眠っていたカイが呻きながら寝返りを打った。
「シェラさん、それは本人の前では禁句ですよ。気にしているようですので」
「あんなに色気のない20代を初めて見たわ……驚きね」
「それも禁句ですよ……」
「でもあなたもそう思うでしょう?」
「僕も年齢を聞いたときは正直驚きましたが、可愛らしくていいと思いますよ」
「あら、ああゆうのがタイプなの?」
「そういうわけでは……。それより……アールさんと仲良くしてくださってありがとうございます」
 と、ルイも紅茶に手を掛ける。
「なによ急に」
「シェラさんが来てから、アールさんの笑顔が増えたので。女性同士だと僕たちには話せないことも、シェラさんには話せるようですし」
 ルイは嬉しそうにそう言うと、紅茶を啜った。
「そうね。でも心を開いているようには見えないけど」
「シェラさんにもですか……?」
「心の奥底は全く見せない感じよ」
「…………」
 ルイは暫く黙り込み、再び紅茶を啜った。
 

──私がこの世界に来た日から、私には“仲間”がいた。
そして旅を進めていくうちに、友達が出来た。
 
それでも心の奥を見せられなかったのは、みんなのせいじゃない。
弱い自分のせい。全てをさらけ出したら、みんなが私から去って行くような気がしていたんだ。
 
「手に負えない」と、愛想尽かされる気がしたんだ。

 
「1匹倒すのに時間かけすぎだ」
 と、シドがアールに言った。
「そんなこと言われても……」
「無駄な動きが多い。ちゃんと集中しろ。魔物の動きだけ見てりゃいいんだよ」
「そしたらシドにぶつかりそうで……」
「バトル中は俺らがお前の動きを読むからお前は気にせず魔物にだけ集中してろ。あとは恐怖心を捨てることだな。恐怖心は剣を鈍らせる」
「……はい」
 
アールは剣の使い方を改めて教わろうと思ったが、「実戦して体で覚えろ」とシドに言われてしまった。ルールなどないバトルに、正しい剣の使い方など無く、自分がどうすれば思うように使い熟せるかが問題なんだと教わった。
 
「それから、お前の武器には魂が宿ってる。お前の意思と魂が上手く重なった時により力が増すだろうな」
「魂? そういえば、ルイが話していたような……」
「取り敢えず今日はもう戻るぞ」
「もう終わり? 3匹しか倒してないけど」
「無理して明日動けなくなったらどーすんだ」
「はい……」
 
アールがシドのスパルタ指導を終えてテントへと戻ると、カイは寝言を言いながら気持ち良さそうに眠っていて、シェラは紅茶を飲んでいた。
 
「おかえりなさい。紅茶飲みますか?」
 と、ルイが言った。
「紅茶? うん、ありがとう」
 
久々に飲んだ紅茶は、味が薄い気がした。ルイの入れてくれるコーヒーに、舌が慣れてしまっていたのかもしれない。
 

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