voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別23…『仲間割れ』

 
空は今にも雨が降り出しそうな雨雲に覆われていた。
それでも朝の目覚めは良かったと言える。ヒラリーとエレーナが優しく起こしてくれたことと、朝食までも用意してくれていたからだ。ただ、今日の天気が反映しているかのごとくシドの機嫌は相変わらず悪かった。
 
「お邪魔しましたー!」
 
カイが元気よく叫び、バグウェル家を後にした。一行はシドを先頭に町の中を歩きながら裏口へ向かう。
 
「いやー、幸せな朝だった……」
 と、目を細めながらシドの姉らを想うカイ。
「デレデレしすぎ」
「アール! ごめんね嫉妬させて……」
「嫉妬じゃないから」
「反省するよ。でも俺アールに嫉妬されるのチョー嬉しいんですけどぉ!」
「嫉妬じゃねーっつの!」
 と叫び返すアール。
「うっせーぞッ!!」
 と、前からシドの怒声が響き、ふたりはビクリと肩を震わせた。
 
アールはシドの背中を眺めながら、シドの機嫌が悪くなったのはスポーク町の跡地に戻って来てからだ、と思う。きっかけはなんだろう。せっかく戻って来たのに一件落着していたからだろうか。
 
「シドさん、ずっとイライラしているようですね」
 と、ルイ。
「うん、私のせいかな」
「いんや、オイラのせいだ」
 カイはそう言って浮かない表情をした。
「あ、心配かけたから? でも無事だったんでしょ? 詳しく聞いてないけど」
「……実はさぁ」
 
カイはヒソヒソと全てを話した。クラウンが現れてからシドが跡地に戻るまでの話だ。
 
「──んで、俺と目を合わさないまま家を出てアールたちのとこに行ったんだ。俺はそのあとゆったり休ませてもらってたらご近所さんが来て長居をしはじめて、俺邪魔みたいだから暫く外に出たわけ。したら無性にアールに会いたくなってね!」
「シドはきっとお姉さん達まで酷い目に合ったから不機嫌なのかな……」
「そのようですね。……いえ、正確にはお姉さん方を巻き込んでしまったカイさんに怒りを感じているのでしょう」
「あー……厄介だ。カイ謝った?」
「謝ったはず」
「なにその曖昧なの。もう一回謝ったら?」
「待ってください、今謝ってもうっとうしがるだけでは?」
「確かに……」
「怒りが静まるのを少し待った方がいいかもしれません」
 
アールは不意に後ろを向いた。最後列を無言で歩いているヴァイスと目が合う。
 
「ヴァイスはどう思う?」
「…………」
「ヴァイスんは俺の後ろ姿カッコイイと思う?」
 と、カイ。
「なにを訊いてんの。反省しなよちゃんと」
「してるよこう見えても!」
「してるならふざけた冗談言えないはずだけど」
「冗談言った覚えはないんだけどなぁ。だってさ、自分の後ろ姿ってなかなか見れないもんだよ? 動画で撮影してもらわないと後ろから見た歩き方とかわからないじゃないか!」
「またシドに怒られるよ」
「…………」
 
これでも沢山反省したんだけどなぁと、カイは視線を落とした。
 
一行は裏口に辿りつくと、カイだけが門番に手を上げて「やっほー」と声を掛けた。それから町の外へ出て、レプラコーンが現れるのを森の中で待った。
 
「さっきの人、知り合い?」
 と、アールはカイに訊く。
「門番? 共に戦った戦友さ!」
 
カイが自慢げにそう言ったときだった。シドが鼻で笑ったのだ。明らかに馬鹿にした表情で。
 
「なんだよぉ。シドは見てないから知らないだろうけどねぇ、シドが来る前に結構戦ったんだからね!」
「また虚言癖かよ」
「むッ……嘘じゃないし。俺は俺なりに──」
「じゃあなんで捕まってたんだよ」
 
ヤバい空気だなと、アールは思った。シドが怒りを含めた笑い顔をしていたからだ。本気で苛立っているのがわかる。ヴァイスの肩に乗っていたスーも、何事かと不安げに目をパチクリさせている。
ルイに目を向けると、ルイも空気を読み取って困っているようだった。それでもアールを安心させようと笑顔で頷く。
 
「俺弱いの知ってるだろー? そりゃあシドみたいには戦えないけどさぁ」
「なんでひとりで戦わねんだよ……」
「え? あー、最初はひとりで戦ってたんだ。これマジだから。シドのお姉さんたち巻き込みたくないと思ったからピエロを町の外へ」
「じゃあなんで姉貴が巻き込まれてんだよッ!」
 シドはカイの胸倉を掴んだ。
 
すぐにルイが掛けより、カイの胸倉を掴んでいるシドの手首を握った。
 
「落ち着いてください」
 シドの手を下ろさせようとしたが、動く気配がない。「シドさん」
「お前は平気なのかよ、てめぇの家族を巻き込まれても」
「……いいえ。ですが手を出してもなにも変わりませんよ」
「わかんねーだろ、んなもん」
 と、シドは顔を真っ赤にしながら薄ら笑った。「こいつはこれまで口で言っても聞かねぇことばっかだったしな」
「シドごめん……巻き込むつもりはなかったんだよ」
「あたりめぇだろ……」
「ヤーナちゃん達が刀を持ってきてくれて……」
「言い訳なんか聞きたくねんだよッ!」
 
シドはカイから手を離すと、カイの体を右足で押すように強く蹴った。カイは地面に倒れ、体を起こしながら俯いた。
 
「シド! なにも蹴ることないでしょ!」
 アールは信じられないと言わんばかりにシドを見遣った。
「大丈夫ですか……?」
 ルイはカイに手を差し延べたが、カイは下を向いたまま立ち上がろうとしない。
「戻れ」
 と、シドはカイを見下ろしながら言う。
「…………」
「足手まといだ」
「ちょっと……」
 アールはシドの腕を掴んだ。「なに言い出すの」
「お前、これまでなんか役に立ったか? 何回役に立った? 答えられるだろ、数えるくらいしか役に立ってねんだから」
「…………」
「てめぇの命も守れねぇ奴が人を守るなんて大それたこと出来るわけねぇもんなぁ?」
「もうやめて! 落ち着いてよ!」
 アールはシドの腕を後ろに引いたが、シドはアールの手を振り払った。
 
そのせいで後ろに転びそうになったアールの背中を、ヴァイスが片手で支えた。
 
「てめぇが一番わかってんだろが。この中でお前だけが、用無しだって」
「シドさん」
 と、険しい表情のルイがふたりの間に立ち塞がった。「言い過ぎです」
「なにがだ。本気で思ってることを正直に言ってなにが悪い」
「本気で……? 冗談でしょう」
「本気だよ。考えてみろ、こいつがいなくても困る奴なんかいない。むしろ回復薬が無駄に減らずに済む。足を引っ張られることもねぇし、効率よく先に進める」
「カイさんは必要な存在ですよ」
 
「もういいよ」
 
カイはそう呟き、立ち上がった。下を向いたまま、体を来た道に向ける。町へ戻ろうとしたのである。ルイはカイの手を掴んだ。
 
「なにがもういいのですか!」
「…………」
「カイさん!」
「ルイにはわかんないよ。アールにも、ヴァイスにも」
「カイ、何言い出すの」
 と、アールはカイに歩み寄った。
「みんなバカみたいに強くてさ、とっくに俺だけ置いてきぼりで。正直、みんなと対等にいるなんて無理だって早い段階からわかってたんだ。みんなに追いついて歩くのでさえしんどくて」
「カイ……」
「あれは……アールを守る光のひとつが俺っていうのは、嘘だと思うんだよね」
 と、笑う。「タケルが嘘つかれたみたいにさ」
 

タケルの名前を思わぬところで聞いて、胸が裂ける思いがした。
本当か嘘か、実際のところ誰も知らない。だから否定する言葉がすぐには出てこなかったんだ。

 
「だって俺は直々に声をかけられたわけじゃないんだ。偶然シドと出会って、たまたまシドと一緒にいただけ。ゼンダのおっちゃんもギルトもそんな俺に同情したんだよきっと。俺には帰る場所もないし……」
 

カイの思考を止める言葉を必死に探してた。

 
「だからお前も光のひとつだって言ってくれたんだよ。──嘘はつき慣れてるだろうしね」
 
カイはルイに掴まれている反対側の手でルイの手を握り、自分の腕を引き離した。
 
「カイさん……」
「みんな、今までごめん。ありがとう」
 
「なんで謝んの?!」
 
カイはアールの声を無視して、町へ走って行った。
 

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