voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別22…『一度きり』

 
「少しは……力になれたかな? えっと……あ、図書館で……」
 
アールは焦るあまり、伝えたい言葉の整理が追いつかなかった。息がつまる。突然の別れ。こうして面と向かって話が出来るなど想定していなかった。
 
「ほらあの……私が捕まってしまってひとりで図書館の中で戦わなきゃいけなかったとき、声をかけてくれたでしょ? 死ぬなって……」
 
炎と黒い人影が重なり揺れる。静まり返っている闇夜にパチパチと火花が散る音がする。柔らかい風が流れ、アールの髪を揺らす。
 
「それに……あ、もっと前の……奏安窟の前でも……崩れた岩を……それから、それから……」
 
  アール
 
「沢山、助けられた……クロエが一心同体になって戦ってくれたからここまで乗り越えてこれた。いつもクロエの存在感じてたよ、だけど私最初の方とか……身勝手で……今もだけど……武器上手く使えなくて……」
 
  もういい
 
「クロエの傷、少しは癒えたの……?」
 
涙ぐんでいたアールの目から涙がこぼれた。黒い影として姿を見せてくれたクロエを見据え、何度も涙を拭った。
 
「倒しただけじゃ、報われないよね……故郷や大切な家族を奪われた痛みや苦しみは消えないよね……なかったことには出来ないから……復讐を果たしても、失ったものはもう二度と戻ってこないから……」
 
闇の中に、クロエの声が響く。
 
 わかりきっていたことだ。はじめから、それを承知でここまで来た
 
「結局私はなにもしてないでしょ……? クロエの傷を癒せることのひとつもまだ見つけてない。助けられてばかりで何もしてない……何もしてないのに……」
 
──お別れなんて、納得いかないよ。
 
炎の中にいた影が、アールに歩み寄ってきた。影の右手が泣き濡れるアールの頭を撫でた。
 
    感謝する
 
アールは首を横に振った。感謝されるようなことは結局なにもしていない。上辺のことだけ済ませて、悲しみの根元は変わらず残ったまま、根付いている。
 
 共に戦えるのは今日までだ
 
 お前の強さはその手から伝わっている
 
 この先、お前は自分を信じてゆけ
 
 私がお前に手を貸したのは
 
 今日の戦いの、一度きりだけだ
 
 
「え……?」
 
黒い人影は炎の中へと吸い込まれ、高らかと燃え上がった。あまりの熱さにアールは後ずさる。
屋根よりも高く燃えた炎は、フッと何事もなかったように、美味しく焼き芋が焼けそうな火勢に戻っていた。
 
そして、アールの手から剣が地面へと滑り落ちた。
 
「おーい、コンロ持ってきたぞ!」
 と、ルイの後ろからコンロを運んできたビトラム。
「え……あ、ありがとうございます。僕が外に出しますよ」
「いや、あんたコンロ運ぶ前にまだある食材を運んでくれ」
「そうでした……」
 
アールは涙を拭い、地面に落ちた武器を拾おうとして再び手から滑り落としてしまった。
 
「どうした」
 と、シド。
「いや……」
 今度はきちんと鞘を掴み、拾い上げると両手で持ち、困惑しながらシドに言った。
「重いんだけど……こんなの振り回せないよ……」
 
クロエのアーム玉は真っ白く濁り、皹が入っていた。そして、アールがこれまで軽々と振り回していたはずのデュランダルは重さを増していた。
 
「正常なデュランダルに戻ったんだろ。その重さに慣れろ」
「…………」
 
━━━━━━━━━━━
 
一同は、ビトラム一家とバーベキューを楽しんだあと、シドの町、ツィーゲル町へ戻った。
町に戻ったのは深夜だったため、宿を借りて一泊してからレプラコーンと再会する予定だった。しかしシドの姉が待っているとカイが言い出し、不機嫌なシドを余所にバグウェル家へ向かった。
 
シドの姉たちはみんな起きており、笑顔で一行を迎え入れた。
 
「よかったみんな無事で!」
 安堵したヒラリーの横をすり抜け、シドは階段を上がって自室へ。
「お邪魔してすみません」
 と、ルイが頭を下げた。アールも一緒になって会釈する。
「いいのいいの。居間でよければお布団敷くから泊まって行ってね」
「ありがとうございます」
 
居間に通され、床に腰を下ろした。テレビがついており、バラエティ番組が流れている。
 
「アールちゃん!」
 と、ヒラリーがアールの腕にくっついた。
「は、はい」
「ちょっと来て! 見せたいものがあるのよ」
「……シドの部屋はこりごりです」
「違うわよ、ヤーナのお部屋!」
 
アールはヒラリーに連れられて居間を出ると廊下を進んで突き当たりの左側にある部屋へ通された。
 
「ヤーナと私の部屋なの」
 
ふたりの部屋はフリンジカーテンで仕切られていた。左側がヒラリーで、右側がヤーナのスペースになっている。
ヒラリーの部屋は暖色系で、小さな観葉植物が窓際に並べられている。物は少なく、全体的にカフェ風だが、ヤーナの部屋は壁にロックバンドのポスターが貼られていたり、黒をベースにしたインテリアが多く飾られている。
 
ヤーナはベッドに座って漫画を読んでいた。
 
「アールちゃんに見せたいのはー……」
 と、ヒラリーが白い机の下から大きな紙袋を取り出した。「これなの」
 
ヒラリーの部屋にもベッドがある。その横に座り、紙袋から箱を取り出した。アールもヒラリーの隣にしゃがみ込み、興味津々に箱の中身を見た。
 
「ジャジャーン! どう? 可愛くない?」
「あ、可愛いです!」
 
腰にベルトが巻いてある、ワンピースだった。長袖で、胸の下で絞ってあり、そこから腰まで体のラインがでるタイトなデザイン。ひらひらと広がるミニスカートだが、後ろは長い。そのため、前から見るとミニスカートで、後ろから見るとロングスカートに見える。後ろには大きなフードがついているのが可愛らしい。
 
でも清楚で落ち着いているヒラリーのイメージではなかった。
 
「でしょ? 似合うと思うの」
 と、ヒラリーはそのワンピースをアールの体に当てた。
「え……私?」
「うん、これね、防護服なのよ」
「これが?!」
 と、思わずわしづかみにする。
「そうなの。貰ってくれる?」
「え……でもなんで……」
 
これまで自分のベッドの上で漫画を読んでいたヤーナが口を開いた。
 
「貰ってやってよ。それ特注なんだから」
「ちょっとヤーナちゃん、それ言ったら断りづらくなっちゃうじゃない」
 ヒラリーは小さくため息をついた。
「だから断るなって言ってるんだよ。わざわざ姉さんが作らせに行ったんだから」
「そうなんですか……すみません、ありがとうございます」
 
アールの悪い癖が出る。嬉しい気持ちよりも申し訳ない気持ちが上回り、笑顔ではなく困惑した表情になってしまう。
 
「ごめんね、迷惑だったかな?」
「いえいえ! とっても嬉しいです、可愛いし!」
 と、漸く笑顔になる。「でも、すぐには着れないかもしれません」
「どうして?」
「私まだ弱いから、怪我が絶えなくて。ミニスカートは可愛いけど……足が傷だらけになりそうで」
「そっか、そうよね……ごめんなさい、デザインのことしか考えてなかったの」
 ヒラリーは肩を落とした。
「お、落ち込まないでください! これを着れるようになるのを目標に、強くなります!」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -