voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別21…『黒い人影』

 
重なりあった薪から、パチパチと炎が燃え上がる。空はすっかり闇に覆われ、その闇に吸い込まれるように煙が上空へと立ち上ってゆく。
 
「みんなは?」
 と、アールは隣で運んできた薪を炎の中に一本ずつ投げ入れているココアに訊く。
「お風呂よ。うちのお風呂は結構広いの。家は狭いけどね」
 と、笑う。
「そうなんですか? 楽しみ!」
 まだお風呂に入っていないアールはそう言って笑った。
 
2人は裏庭に出て焚火をしていた。ヘリコプターや小型飛行機が置かれている裏庭での焚火だが、充分なスペースがあるため危険はない。
 
「ところでどうして焚火を?」
 アールもしゃがみ込み、薪を足すのを手伝った。
「上空にはなにもないの」
「え?」
「結界よ。大きな街なら上も覆われているけれどね。まぁここは危険じゃないから屋根なしの結界でも問題ないんだけど、たまにゴルタルスが空を飛んでくるのよ」
「なんですか? それ」
「カラスのようなモンスターで、人は襲わないけど農作物を荒らすから。こうやって定期的に火を焚くと寄ってこないの。ゴルタルスは火も煙も嫌いだから」
「へぇ、はじめて知りました」
 
最後の薪を火の中に放り込み、お尻を地面に付けて暫く炎を眺めた。ゆらゆらと揺れる炎を眺めていると、少し気持ちが落ち着いてくる。
 
「ママー」
 と、家の中からハナの声がした。
「ごめんなさい、ちょっと火を見ていてくださる?」
「あ、はい」
 
ココアは立ち上がると、室内へ戻って言った。
アールは両手をお尻より後ろについて、腕に寄り掛かった。
 
キャンプファイアーを思い出す。いくつのときだっただろう。小学生か、中学生のときだ。火を囲んで座り、なにか歌を歌ったような気がするけれど、思い出せない。
 
自然と眉間にシワが寄った。こうして思い出せないものが増えていくのだろうか。人は全てを暗記し続けていくことは出来ない。だから最も大切な記憶さえ消えずにいてくれればいい。
 
でも──
 
「うるさいのが来たようだ」
「へ?」
 と、顔を上げて真後ろに立っているヴァイスに気づく。「うるさいの?」
 
「アーールゥーーーー!」
 
聞き慣れた声がする。アールは思わず笑顔になる。
 
「カイだ! カイも来たの?!」
「そのようだな」
「あ、ヴァイス火を見てて! すぐ戻るから!」
「…………」
 
アールはビトラム家の前へ飛び出した。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくるカイの姿を捉え、夜の月明かりでも見えるように大きく手を振った。
 
「カイー! こっちこっちーっ!」
「アール!」
 
カイが駆けてくる。たった1日別々に過ごしただけでアールもカイとの再会に喜び、駆け寄った。そして生き別れの兄弟が再会したかのように抱きしめ合う。
 
「カイー!」
「アール! 無事だったんだねぇ!」
 
しみじみと互いの存在を体中で感じ──
 
「…………」
「…………」
 
バッ!と、二人は両手を上げて離れた。
 
「あ、アール、怪我とかしてなぁい……?」
 と、アールとハグが出来たことは喜ばしいが、ふと我に返って挙動不審になる。
「うん、ルイが治してくれたし、大丈夫……」
 アールはアールでごく自然と抱き着いた自分に躊躇った。
「あっ! それよりカイこそ怪我なかった? 色々大変だったんでしょ?」
「まぁね……でもなんとかなったよ……」
 
落ち込みながら、アールに付いて歩き、ビトラム家の裏庭へ。
 
「ヴァイスん!」
「…………」
「ヴァイスんも元気そうでよかったよ。んで、焼き芋でもしてんの?」
 カイは火の近くに腰を下ろし、火の中を見遣った。
「魔物を追い払うために火をおこしてるの」
 と、アールは隣に座った。
「え、魔物出るの?! どこっ?! どこにっ?!」
「大丈夫、出ても人は襲わないって。空からやってきて、作物を荒らしちゃうんだって」
「へぇ、誰が言ってたの?」
「この家のご主人の奥さんのココアさん」
「美人?」
「…………」
「美人じゃないの?」
「綺麗な人だけど、いちいちそういうこと訊くのやめてくれる?」
「なんで? あ、嫉妬してる?」
「してない。」
「まぁ俺が他の女性を気にするのは別にアールよりいい女性を捜してるからじゃなくて」
「だから別に嫉妬してないってば」
「大丈夫、アールは強がりなの知ってるから。俺」
「…………」
 アールは真顔で火を眺めているカイの横顔を睨んだ。
 
暫くして、風呂から上がったルイとシドが裏庭に出てきた。ルイはプレートに乗せた野菜や肉を運んできた。
 
「バーベキュー?!」
 と、カイが立ち上がる。「あ、俺来たよ」
「えぇ、アールさん達の声は風呂場まで聞こえていましたよ。ビトラムさんが夜のバーベキューもいいだろうと、準備をしてくださるようです」
「そうなんだ、お腹ペコペコ」
 と、アールも立ち上がった。
 
シキンチャク袋からいつものテーブルを出し、食材を置いた。頭にタオルを巻いているシドが真っ先に席に座り、その次にヴァイスが離れた席に腰掛けた。
 
「カイさん、まだ食材があるようなので運ぶの手伝ってもらえますか?」
「えぇー……」
「あ、じゃあ私行くよ」
「アールさんは休まれていてください」
「じゃあ……カイに任せた」
「任された!」
 と、カイは家の中へ。「おじゃましまーす」
 
ルイもすぐに室内へ戻って行った。
アールはシドの様子を気にかけながら、近くに座った。
 
「何も言わないんだね、なんかあった?」
「なにがだよ」
 と、頬杖をついたままそっぽ向くシド。
「カイが来たこと。いつもなら『なにしに来たんだよ』とか『うるさいのが来た』とか言いそうなのに」
「…………」
「あ、もしかしてシドが呼んだの?」
「んなわけねぇだろ」
「…………」
 不機嫌だなぁと、アールは口を閉ざした。
 
シドから離れるように席を立ち、火の前に立った。首にかけてある武器に触れ、元の大きさに戻した。
嵌め込まれているクロエのアーム玉を眺めながら、ぽつりと呟く。
 
「クロエ……」
 
その声に反応し、アーム玉が突然強い光を放った。
 
「わっ?!」
 
その光は裏庭一面を明るく照らすほどの強さで、傍にいたシドとヴァイスも思わず目を背けた。
 
「なんだよッ?!」
 
光は一瞬光っただけで瞬く間に消えた。夜の闇の中で突然強い光を見ると視界が真っ白になる。それから徐々に視界が戻り、少し前まではいなかった何かが、一同の目の前にいた。
 
「今の光はなんです?!」
 と、裏庭に繋がる客室のガラス戸を開けたルイとカイの目にも、それは映っていた。
 
炎の中に、黒い人影がある。
その影は立体的で、そこに黒く塗り潰された人が立っているように見えた。
 
シドとヴァイスは立ち上がり、それぞれ武器に触れ、警戒心を向けた。
人影はアールよりも頭がふたつ分高く、がっしりとした体つきであることが見て取れる。
 
「……もしかして、クロエ?」
 
アールの問い掛けに、黒い影の頭が頷くように揺れた。
 
「お別れしにきたの……?」
 
もう一度、静かに揺れる。
 
「私……少しは役に立てたかな……? 」
 

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