voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別18…『三日月』

 
ヒラリーは自室でカーディガンを羽織り、財布を持って玄関へ向かった。靴を履いていると、気配に気づいたヤーナが声をかけた。
 
「姉さん、どこいくの?」
「ヤーナ、怪我は大丈夫? カイくんから救急箱……」
「もらったから大丈夫だよ。怪我も大したことない。それよりどこ行くの?」
「お買い物。薬屋さんに」
「なんで。まだ沢山入ってたよ」
 
救急箱の中にはまだ十分、鎮痛剤や傷テープ、包帯などが入っていた。いつも切らさないようにとヒラリーがチェックしているからだ。
 
「カイくんがうちにいるから、シドたち来るかもしれないじゃない? その時ケガをしていたら少しは役に立てるかなって」
「あぁ……でも確かあの、一番真面目そうな奴、魔導士だろ? 回復魔法とか使えるんじゃないの?」
「でも……」
 と、ヒラリーは俯いた。
「わかったわかった、ほんと姉さんは世話焼きだなぁ」
「そうかしら……あ、それにね、あの子になにかプレゼントしたくって」
「あの子?」
 ヤーナは腕を組み、首を傾げた。
「アールちゃんよ。女の子なのに男の子の中にまざって大変そうじゃない。あの子の手を見た?」
「いや……見てないけど」
「凄く荒れていたし、傷だらけだったの」
「ふーん……まぁ同じ女として同情はするけど、姉さんがプレゼントしたりする必要ある? シドがお世話になってますってことならわかるけど」
「それも兼ねてよ。行ってくるわね」
「わかった……」
 
ヒラリーが家を出てドアが閉まりかけたとき、あることを思い出して呼び止めた。
 
「ヒラリー姉さん!」
「なあに?」
 と、玄関前で振り返る。
「薬屋の近くにある防護服とか売ってる店知ってる?」
「えぇ、昔シドが町を出るときに特注で作ってもらったところよね」
「そう。でさ、そこのジジイに声かけられて」
「ジジイって……だめよそんな言い方は」
 ヒラリーは呆れ顔でヤーナを見遣った。
「店に来てくれって言うから何かと思ったら、あの変態ジジイ、趣味で女もんの防護服作ってやんの」
「まぁ……」
「どれでもいいから着てみせてくれって言われたんだけど気持ち悪いから断った」
「そう……」
「でも、腕は確かだよ。デザインもまぁ、趣味でつくったわりにはそれなりだったし」
「え? えーっと、あ、ヤーナちゃんやっぱり着たいのね?」
 パチンと手を叩いて笑みを浮かべた。
「違うよ……あの子にどうかなって思っただけ。手には気づかなかったけど、あのツナギ、ダサくない?」
「……そうかしら」
「ダサいよ。まぁ、考えるんなら半分出すけど」
 と、鼻の頭をポリポリ掻く。
「ヤーナちゃんも優しいとこあるのね!」
「うるさいっ!」
 
━━━━━━━━━━━
 
「頭から真っ二つにしてあげる」
 
ヴァイスがアンデッドの頭に銃弾を撃ち込んでくれたおかげで、アンデッドは倒れこんでいた。その隙にアールは近くの結界に飛び乗った。それを見ていたルイはロッドを振るい、階段を作るように長さの違う結界を並べた。アールはすかさず一番高い場所へと上り、アンデッドが起き上がるのを待ちながら気を集中させた。
 
 これが最後だ
 
 私とお前が手を組むのもな
 
柄に嵌め込まれたアーム玉がキラリと光る。
 
「……寂しくなるね」
 呟くように、アールはそう言った。
 
仰向けに倒れていたアンデッドがゆっくりと起き上がる。二本足で立つと、標的にしているアールを捜すように辺りを見回り、上に目をやった。
 
「いくよ──」
 
剣からドクンと脈が伝わってきた。
高鳴る鼓動。生きている人間の心臓。剣から手に、手から全身へと熱いものが込み上げてくる。
結界から飛び上がり、剣を振りかざしたとき、クロエとアールは一体化していた。そしてアンデッドの頭へと振り下ろした瞬間、青白い三日月の光がアンデッド体を貫いた。
 
アールとクロエの戦いを見ていたヴァイスとルイは、その光に目を細めた。
アンデッドは真っ二つに裂かれ、黒い煙から灰色へ変化しながら空気中に消えた。
 
地面に着地したアールは、疲労のせいか膝をつき、剣を投げ出して両手をついた。ゼェゼェと呼吸を繰り返し、戦いに集中していた間忘れさられていた左耳の違和感に襲われる。既に痛みは殆どないが、左耳にだけ水が入っているような、篭った感じがある。
 
「耳が……」
 
アールは耳を引っ張ったり、あーっ、と声を出してみたり、耳の具合を探る。
 
呆然とアールの勇姿に呆気にとられていたルイは、ポンとヴァイスに肩を叩かれ、我に返った。
 
「耳がおかしいらしい」
「え? ……あ、はい!」
 と、ルイは急いでアールの元に駆け寄った。
 
ヴァイスは跡地を出ようとアール達に背を向けた。そして遠くに人影を見つけた。その人影へと近づき、すれ違い様に言った。
 
「見ていたのか」
「……まぁな」
 
ヴァイスは待機していたヘリに乗り込んだ。
人影は、遅れて到着したシドだった。その斜め後ろに、ビトラムが腕を組んで立っている。
 
「すげーもん見せてもらったよ」
 と、ビトラムは遠目からアールに視線を送った。
「…………」
「あの子も魔法を使えるのか? 魔法剣士だっけか」
「知らねぇよ」
 
シドもアールに視線を送る。ビトラムの好奇な眼差しとは違い、シドは無表情だった。
 

──クロエ。
 
貴方がいなくなるということがどういうことなのか、この時はまだわかっていなかった。
 
疲労感と達成感でいっぱいで、ルイに耳の鼓膜を治してもらいながら、町に戻ったらゆっくりお風呂に浸かるぞって思ってた。
 
寂しくなるねって言ったけど、これが最後だと言われたからで、実際クロエはもう人としてはこの世にいないし、イマイチどんな別れになるのか想像出来なかった部分があったからだと思う。
 
クロエ
 
私は貴方と共にいられたことを、今でも感謝しています。
 
余裕が出来たらスポーク町の跡地に、シャグランの種を蒔きに行きます。
必ず。
 
必ず行きます。
 

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©Kamikawa
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