voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続7…『空気』

 
一行は道の途中で一休みをすることにした。特に休めそうな場所はなく、一本道の途中で、いつ魔物が現れてもおかしくない場所だ。
 
「お腹空いたー…」
 と、カイがお腹を摩りながら言った。
「今おにぎり出しますからね」
 いつものようにルイは用意していたおにぎりを全員に配った。唯一いつもと違うのは、1人分のおにぎりが増えたことだ。
「美味しそうね」
 と、シェラが言う。
「ルイのおにぎりは超美味しいよ!」
 と、自慢するようにアールは言った。
「ちょお?」
「え?」
「ちょお美味しいって言ったじゃない。今」
「あ、とてもって意味」
 もう死語だけど。
「ふーん。面白いわね」
 
この世界は、漢字や平仮名といった同じ文字を扱い、同じ言葉で喋るのに、時々通じない言葉がある。
 
「あらホント、ちょお美味しいわ!」
 と、シェラがおにぎりを食べながら言った。
「あははは! でしょー?」
 
もし、見知らぬこの世界で、見知らぬ人ばかりで、言葉が通じなかったら、アールは孤独に耐えられなかっただろう。
 
「シェラさんが仲間になってから、アールさん、よく笑うようになったと思いませんか?」
 と、ルイは嬉しそうにシドに訊いた。
「どーでもいい」
 シドはおにぎりを頬張りながらそう答えた。
 カイがすかさず会話に入る。
「俺もシェラちゃんが仲間になってからずぅーっと笑顔なんですけどーっ!」
「オメェは気持ち悪ぃ」
「ひどい! 俺の笑顔は太陽なのに!」
「意味わかんねぇ。」
「でも本当に、アールさんの笑顔が増えました。少し安心しました」
 と、ルイは笑みを浮かべる。
 
ルイ達がそんな会話をしているなど知るよしもなく、アールはシェラとの会話に夢中だった。
 
「あとどれくらい歩くのかしらね。足がパンパンだわ……」
「うん、私も足パンパン。そういえばシェラはいつから旅に出たの?」
「分からないわ。最初は指折り数えていたけど、こんな危険な場所でそんな余裕も無くなるわね」
「そうだよね……私も」
「ところで、彼の写真は無いの?」
「彼?」
「恋人よ。いるって言ってたじゃない」
「あ……写真は……持ってないや」
 と、アールはまた嘘をついた。
 
携帯電話を開けば写メがある。財布にはプリクラがある。それなのに、自分で見る勇気が無いからと、持っていないと嘘をついた。
 
「アールちゃん、本当に彼のこと好きなの?」
「もちろん好きだよ! ……凄く、大切な存在だし」
「でも何も言わずに旅に出たんでしょう? あら?」
 シェラはアールの手を見て、薬指に嵌めてある指輪に気付いた。「それ、もしかして彼に貰ったのかしら」
「あ……うん」
「婚約指輪?」
「違う違う! ペアリング。でも、結婚の約束はしてるの。口約束だけど」
 と、アールは微笑んだ。
「口約束ねぇ……」
「今は結婚資金貯めてる最中でね?」
「旅しながら? 大変ね」
「え……あ、うん……」
「なにか隠してなぁい?」
 と、シェラが疑いの眼差しを向けた。
「隠してないよぉ……」
 と、アールは笑ってごまかそうとしたが、その後のセリフが思い浮かばなかった。
「ま、早めに“用事”済ませて、彼の元に帰ってあげなさいよ」
「あはは……、そうだね」
 
帰れるのなら帰りたい。今すぐにでも。
アールは、自分がいた世界とこっちの世界では時間の流れが違うと誰かが言っていたことを思い出す。──雪斗、私の残像はまだ、残ってる?
 
「そろそろ行くぞ」
 シドが声を掛け、休憩時間は終わった。
 
足が棒のよう。自分の世界では自転車やバス移動ばかりだったアールは、こんなに歩いたことがなかった。一日中歩き続けているのだから当たり前だ。
 
「さっそく来たか」
 と、シドが魔物にいち早く気付き、アールを見た。──が、アールは直ぐに目を逸らした。
「おい。なに目ぇ逸らしてんだよ」
「ごめん……ちょっと休ませて」
「さっき休んだろ!」
「戦闘を休ませてって言ってんの!」
「だからさっき休んだろ!」
 
あれは戦闘を休んだことに入らないんですけど! と、アールは心の中で叫んだ。
 
「アールさん、シドさん、僕がやりますからいいですよ」
 と、ルイ。
「もういい! 俺がやる!!」
 シドは怒鳴り、1人で魔物に斬り掛かって行った。
「怒らせちゃった……」
 と、アールは肩を落とす。
「アールさんが気にすることありませんよ。無理しないことが大切です」
「うん」
「そうよ、あんな野蛮人のペースに付き合うことないわ」
「え……うん」
 シェラは、シドのことを“野蛮人”と呼ぶことに定着したようだ。
 
2人の仲は悪いが、アールはなんとなく似た者同士のようにも思えた。どちらもプライドが高そうで、野良猫っぽい。……勿論、良い意味で。
 
「ところでお猿ちゃんはペットなのかしら?」
 シェラは呆れたようにカイを見て言った。
「ペットぉ? てゆうかなんでお猿ぅ……?」
 と、カイは訊き返す。
「シェラさん……お猿と呼ぶのは止めませんか……?」
 と、アールは思わず敬語で言った。
 
元はと言えばアールがカイを猿呼ばわりしたせいだ。
 
「だって、“餌”貰って、“面倒”見てもらって、“お散歩”させてもらって、ペットよ」
「旅をお散歩て……」
 と、軽くツッコミを入れつつも、正直共感していたりする。
「酷いよシェラちゃーん……」
 カイは泣きそうな顔で言った。
「なら戦いなさいよ。犬でも飼い主を助けようとするものよ」
「俺犬じゃないもん。猿だもん」
「猿呼ばわり嫌だったんじゃなかったの……?」
 と、アールは思わず呟いた。
 
ルイは、アール達の会話を面白そうにクスクスと笑いながら聞いていた。
 
日が暮れ始め、空が茜色に染まる。テントを広げられる場所を探しながら歩いていると、淡い光を放つ花を見つけた。
 
「ねぇルイ、あれ何? 花が光ってるけど……」
 と、アールは訊いた。
「あれはランプ草と言います。夕方から夜の間だけ光を放つのですよ」
「へぇ、綺麗だね」
 と、アールは花に近づいてしゃがみ込んだ。
 
見た目は大きめの鈴蘭といったところだろうか。光はホタルの光に似ている。点滅はしていないが、柔らかな風に吹かれ、豆電球のような温かい光が揺れていた。
 
「昔は電気の代わりに使っていたのですよ。夜泣きが酷くて眠れない赤ん坊の枕元に置くと、不思議とスヤスヤ眠りにつくとも言われています。この淡い光に、癒されるのかもしれませんね」
「そうなんだ……素敵」
 いつまでも眺めていられる程、可愛くて綺麗な花だった。
「おいッ! 花なんかどーでもいいから行くぞ!!」
 と、シドが邪魔をした。
「どーでもいいって……」
「珍しくもなんともねーだろが」
「珍しいから見てたんじゃない!!」
 と、アールは食ってかかった。
「うるせーなぁ。早く探さねぇと暗くなんぞ!」
「シドには一生かかっても花の美しさが分からないだろうね」
「分かりたくもねぇ」
「……ムカつく!」
「アールちゃん、男が花の美しさを語ったら気持ち悪いだけよ。花屋は別だけど」
 と、シェラが見兼ねて言った。「私のような女性の美しささえ分かっていればいいのよ」
「花より分かりたくもねぇな」
 と、シドがボソッと呟いた。
「あ……」
 アールはシドのセリフに、シェラの顔を盗み見ると、あきらかに怒っていた。口喧嘩の始まり……だろう。
「まあ、お子様には分からないわよね」
「あ"ぁ?!」
「もしかして女、知らないんじゃないの?」
 と、挑発するようにシェラは、シドに近づき頬に触れ、顔を近づけた。
 シドは咄嗟にシェラの腕を掴み、
「気安く触んじゃねぇーよ」
 と、シェラを睨み付けながら低い語調で言った。
 
その怒気を帯びた言葉は、空気を一変させた。
アールはシドのあまりの迫力に、息を飲んだ。
 
「……あら、本気で怒ったの?」
 そう言ったシェラの顔は、引き攣っていた。
 
シドはシェラの腕を離し、何も言わずに背を向けて歩き出した。シェラは掴まれていた腕を摩っている。酷く緊迫した空気に堪えられなくなったアールは、思わずルイを見た。ルイはアールと目が合うと、無理した笑顔を見せた。
 
「そっと、しておきましょう……」
「でも……」
 
さすがのカイも空気を読んだのか、シドに近づこうとはしなかった。会話は無くなり、一行はただひたすらに休める場所を探した。
 
シドは先頭を歩いているせいでアールからはその表情が見えない。カイはいつものヘラヘラした態度が無くなり別人のように静か。ルイからも笑顔が消えている。気の強いシェラでさえ居心地が悪そうな顔をしていた。
 
もし、みんながバラバラになってしまったら、自分の居場所がなくなってしまう。と、アールは思った。まだ心を開いたわけではないが、彼女にとって彼等の存在は大きかった。どんなに辛くても、“誰か”が支えてくれている。それは自分が立って歩き出せる理由のひとつだった。
 
アールは剣を抜いて振り回しながら先頭まで早足に歩き、叫んだ。
 
「モンスター! いるならどこからでもかかってこぉーいっ!!」
 
内心、泣きそうになりながら。
 
「……ルイ、あいつやっぱ頭おかしいな」
 と、シドは困惑しながら言った。
「悪い空気を取り除いたのでは?」
 と、ルイは笑顔で言った。
 
ルイの言葉に、シドは周りを見やると、シェラもカイも、アールを見て笑っていた。
 

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