voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別12…『クロエの意思』

 
アールの武器、クロエは地面を滑るように移動し、アールは予備の短剣を片手に追いかけた。そして、町の跡地の外れと思われる森の手前で止まり、息を切らしたアールは予備の短剣をしまってからクロエを拾い上げた。
 
「……ここになにかあるの?」
 
前方を見遣るが、森が広がっているだけだ。ただ、アールが立っている場所の目の前だけ、木がえぐられているかのようにスペースが出来ている。
 
「なにもないようだけど」
 と、一応警戒しながらポッカリと空いているスペースへ足を踏み入れた。
 
すると、足のつま先がなにかに触れた。なにか柔らかいものを蹴ったような感触だ。
 
「…………」
 
アールは不審がるように眉をひそめ、一歩下がってから地面に片膝をついた。
見る限りではなにもないが、確かに足のつま先が何かに触れた。アールの脳裏に浮かんだのは、カスミ街で見た、透明マント。
右手でクロエを強く握り直し、左手を伸ばした。指先になにか触れた。布のような感触。そのまま下へ滑らせ、摘んだ。
 
その頃シドとルイは協力し合ながらフフルドを一カ所におびき寄せ、結界で囲んだ。
上空を飛び回っているバシリスクが時折二人の頭上へやって来るが、標的として捉えているのは銃弾を撃ち込んで来るヴァイスだけだ。そのおかげでエノックスを踏み潰している二人の邪魔をしてくることはなかった。
バシリスクは低空飛行でヴァイスに襲い掛かるが、彼は軽い身のこなしで優雅に交わし、銃口を向けた。
 
「きゃあああぁあッ!!」
 
アールの悲鳴に、ヴァイスは引き金を引き損ねた。
アールは透明マントを掴み、勢いよくめくり上げていた。そしてその下に隠されていた巨大な生き物の死骸に絶叫。ほぼ骨と皮だけになっているそれに、数え切れないほどのウジムシとハエがたかり、エノックスが体内から溢れ出てきた。
 
「う"ッ?!」
 
強烈な異臭が鼻をつく。
そんなアールの元へルイが駆け寄った。死骸を確認したあと、アールがめくり上げた透明マントを見た。透明マントの裏側には魔法円が描かれており、暫くすると薄くなって跡形もなく消えた。
 
「アールさん下がってください」
 
ルイはエノックスが広範囲に広がる前に、死骸共々結界で囲んだ。額の汗を拭い、魔力の回復薬を飲んだ。
 
「なに……これ」
 まだ空気中を漂っている異臭に顔をしかめるアール。
「誰かの仕業です。マントを裏返したことによって魔法は消えましたが、透明マントはこの死骸を隠すと共にこれ以上腐敗を進めない役目をしていたようです」
「誰がこんな……」
 と、結界の中をはいずり回るエノックスを見ていると、死骸が微かに揺れ動いた。
「嫌な予感がしますね」
 と、ルイは険しい表情で死骸に見つめた。
 
死骸が揺れ動いたのは気のせいなどではなかった。ハエが飛び回っている結界の中で大きな死骸が命を取り戻したかのごとくゆらりと立ち上がった。破れて穴が空いている皮膚の内部からバラバラとウジが押し出されている。
 
「うそ……生きてるの? こいつ……」
 と、アールはたじろいだ。
「いえ、アンデッド化したのでしょう。僕の推理では、これが黒幕かと」
「黒幕?」
 
アールは目の前の悍ましいアンデッドを前にすっかり忘れていたが、かつてクロエが住んでいた町、ツィーゲル町を襲った魔物の黒幕のことである。
 
「“彼”がアールさんをここへ導いたのなら、このまま閉じ込めて僕の攻撃魔法で仕留めるのはお門違いでしょうね」
「…………」
 アールはクロエに視線を落とした。嵌め込まれているクロエのアーム玉がキラリと光る。
「冗談でしょ……? あいつと戦うっていうの?」
「せめて作り出しているエノックスだけでも消し去ることが出来たら戦闘が楽になるでしょうが……」
「エノックスだけじゃなくてウジも消し去ってほしいよ……」
 
アンデッドの体からわき出てきたウジやエノックスは、結界の壁をよじ登って今にも一面を覆ってしまいそうである。
 
「あーもう最悪。このあとバシリスクも倒さなきゃなのに」
「あいつは俺がヤる。だからその間に仕留めろ」
 と、シドが歩み寄ってきた。足を地面にこすりつけ、踏み潰して靴の裏にへばり付いていたエノックスの死骸を剥がした。
「待ってください、アンデッドはエノックスも放つので厄介ですから、先にバシリスクを倒しましょう。ヴァイスさんに任せっぱなしもなんですから」
 
シドは頭上を見遣った。ふらつきながら飛んでいるバシリスクは、だいぶ体力を奪われているように見える。
 
「そもそもこのアンデッド、元はなんの生き物なの?」
 と、戦う気力が湧いてこないアール。
「これだけ腐敗しているとわかりませんね。町の住人を食い尽くしたエノックスはおそらくこのアンデッドによる仕業でしょう。腐敗が止まっている体からエノックスやウジが無限に涌いているようです」
「うっ……吐きそう」
 アールは胸を押さえた。
「大丈夫ですか?」
 
その後ろで、シドは走り出した。始めにルイが立てておいた結界の上へ飛び乗り、地面の上に立っているヴァイスに言った。
 
「おいっ、こっちに来い! 標的はお前だろ!」
「…………」
 
ヴァイスは表情ひとつ変えることなく、シドが立っている結界の下へ移動した。するとバシリスクがヴァイスを目掛けて急降下してきたところを待ってましたと言わんばかりにシドは刀を振り上げた。
 
刃先は骨と皮膚で出来たバシリスクの翼を切り裂いた。
 

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