voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別9…『訪問者』◆

 
「ねぇカイくん、行かなくていいの?」
 と、帰宅していたヒラリーが声を掛けた。
 
カイは居間のガラス戸を開けて座り、庭を眺めている。
 
「ルイから電話があってさ、今からバシリスク退治しに行ってきますねって」
「それで?」
 ヒラリーはカイの横に腰を下ろした。
「わかった、いってらっしゃーい!って言ったらさぁ」
「うん」
「行って参りますって」
「それで?」
「おしまい」
「……そう」
 
涼しい風が外から入り込み、淡いオレンジ色のカーテンを揺らした。
 
「そうだ、カイくん、ココアでも飲む?」
「…………」
 カイは黙ったまま外を眺めている。
「喉、渇いてない?」
「俺、いなくていいみたい」
「…………」
「もしかしたらさ、このあとまた連絡があって、来てくれって言われるかもしれないけど、でも100%ないかもね」
「カイくん……」
「俺ね、戦力外なんだ。いつも」
「…………」
 

 
ヒラリーは困った表情でカイの横顔を眺めた。気の利く言葉が見つからない。
 
「暖かいから、アイスココア、入れてくるわね」
 
ヒラリーは立ち上がり、台所へココアを入れに行った。すると入れ違いに、外から帰ってきたヤーナがカイに声を掛けた。
 
「なぁカイ、あんたの知り合いっていう人と会ったけど?」
「へ? だれ?」
 カイは首をひねった。
「家の前まで来てる」
「えっ、誰だよぉ」
 と、取り敢えず立ち上がる。
「秘密にしてくれって言われたから教えない。驚かせたいみたいよ?」
「ヤーナちゃんも知ってる人ー?」
「ううん、私は知らない。この町の人じゃないと思うけど」
 
カイは釈然としないまま玄関へ向かい、ドアを開けた。
すると玄関から2メートル離れたところにスーツを着た男が背中を向けて立っていた。行き交う通行人が彼を笑いながら見ている。なにがおかしいのだろう。
 
「あのー、どちらさまー?」
 
玄関のドアを半分開け、そう訊いたが、男は振り返らずに言った。
 
「どちらさまでしょう」
「えー……面倒くさいなぁもう」
 カイは仕方なく外に出て、ドアを閉めた。男の右肩に左手を置く。
「どちらさまぁー?」
「オーレ。ちょーっと久しぶりだねーえ」
 と、振り返った男の顔は白塗りで、赤くて丸い鼻をしていた。
「ぎゃああぁあ! いつしかのピエロ!」
「クラウンだよー、失礼だねーえ。ホワイトメイズは楽しんでもらえたかな?」
「楽しめたわけないだろ!」
 と、背を向けて家の中へ逃げようとしたカイの手首をクラウンが掴んだ。
「どこ行くんだーい?」
「逃げるんだよ!」
「正直だねーえ。でもそんなことしたらこの家のお嬢ちゃんに危害くわえますよー」
「シドの姉ちゃんたちは関係ないだろ!」
 手を振り払い、鋭い目つきで睨んだ。「何しに来たんだよ! なんでここにいるんだよ!」
「殺しにきたんですよ。まずは雑魚から」
「…………」
 
「次回は必ず死んでもらうねーって、言いましたよ?」
 
ムスタージュ組織第十部隊、サンジュサーカスの一味、副隊長クラウン。ひとりになったカイを狙って再び現れると、薄気味悪い笑顔を見せた。
 
「……なんで雑魚からなんだよ。確かに俺は雑魚だけど、雑魚からやるなんて頭悪い!」
 と、カイはクラウンの赤い鼻を指差した。
「ほーう。なんでそう思うのかなーぁ」
「人は怒りが増すと力も増すんだ。仲間が殺されたと知ったらよりいっそう強くなる。ますます強くなったシド達に勝てるとは思えない! よって、俺を殺さないほうがいい!」
「……まぁ君の言っていることはよーく理解出来るよ。でもね、死んだ事を知らされなかったら問題ない」
「え……」
「君に戦闘を回避する選択肢はないねえ」
 
カイはシドの姉がいる家に目を向け、思い詰めた表情でクラウンを一瞥した。
 
「ここじゃ戦えない。町の裏から出て外で戦おう。武器もってくる」
「腹をくくったのはいいことだけど、武器は必要ない」
「なんでだよっ」
「ゲームなどの遊び好きなんだよ、忘れたのかな? オレはサーカス団のクラウンさ」
 

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