voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続6…『変化』◆

 
「何もたもたしてるのよ。だらし無いわね」
「うっせぇーなッ!」
 
何かとシェラはシドに突っ掛かっていた。それはシドも同じだった。2人の言い合いは聞いているだけでも疲労を感じる。言い合っている2人はもっと疲れるだろうに、互いに罵ってばかりだった。
 
「シドはあまり眠れてないから仕方がないよ……」
 と、アールはシェラに言った。
「関係ないわ。魔物1匹相手に時間掛けすぎよ」
 
シドは再び現れたアメーバモンスターに苦戦していた。今のアールでは参戦したくてもまだ無理だろう。シェラは自ら結界を張って、自分の身を守っていた。アールは1人でルイの結界の中に身を隠している。いつも真っ先にいるはずのカイは、シェラの結界へと逃げ込んでいたのだ。
 
「お猿ちゃんはまだ戦わないのかしら?」
 と、シェラはカイに尋ねた。
「俺はねー、本当にピンチな時に手を貸すんだ! シドが俺を必要としたときだーけ!」
 と、カイは胸を張って言ったが、嘘だとまる分かりだ。
「あらそう。頼りない船に乗ったものだわ」
 それを聞いていたルイは、シドのプライドを守るように言った。
「今は調子が悪いだけですよ。調子を取り戻せばあんな魔物、簡単にやっつけられます」
「調子が悪いって何よ。長々と泉に浸かって疲労は無いはずよ」
「長旅の疲労が全て取り除けるわけではありませんし、魔力を授かって間もないので力のコントロールが上手く出来なくなっているのです。それに精神的な……ものも……」
 と、ルイは途中で口を閉ざした。
「なによそれ。剣士ともあろう男が精神的な問題を抱えているの?」
「…………」
 ルイは、何も言い返さなくなった。
 
会話を聞いていたアールは小首を傾げる。精神的な問題ってなんだろう。一緒に旅をしていて、思い当たる節は無かった。私が仲間に加わる前に、何かあったのかもしれない。
その時、アールは一瞬ルイと目が合ったが、ルイは直ぐに目を逸らした。──もしかして私のせい……?
 
シドはいつの間にか魔物を倒していた。アールは考えごとをしていたせいで、シドの折角の勇姿を見逃してしまった。見て学ばなければならないことが沢山あるのに。
 
「先を急ぐぞ」
 と、シドが少し乱暴に言って先頭をきる。
 
結界の中にいたアールは、すっかり安心しきっていた。この世界に来たばかりの頃は、結界の中にいても不安や恐怖があって、気を張り巡らせていたというのに。
 
それからはシドの調子が戻って来たのか、もしくはシェラが何かと突っ掛かってくるからなのか、戦闘の勢いは増していった。
 
「あれ……もう倒しちゃったの?」
 武器を手に駆け寄ったアールは息を切らして言った。
「おせーんだよお前はッ」
「すいません……」
 
アールが参戦するかどうかは、現れた魔物を見てシドが判断してる。「行くぞ」と声を掛けられたら一緒に走っていくのだが、シドの足の速さに追いつくことが出来ない。追いついたときにはもうシドが魔物を倒していた。
 
「シドさん、アールさんに経験を積んでもらう為にも、待ってあげてください」
 と、ルイが言った。
「雑魚相手に時間取ってる暇はねぇーよ。コイツが遅すぎんだよッ」
「……すいません」
 と、アールはまた謝った。
 
確かにシドの言う通りだが、経験を積まなければ強くなれないのも確かだ。シドのように休憩時間にも魔物退治をして力を付けるべきなのだろう。この世界に来る前までの、“なるようになれ”といった行き当たりばったりの生き方では、此処ではきっと生きては行けない。
常に仲間に守られているわけにはいかないのだ。自分の身くらいは自分で守れるようになりたいと、アールは思った。
 
時折、無駄な戦闘はなるべく避けて、体力を維持する為にも、静かに下を向いて魔物と距離を計りながらやり過ごすこともある。そしてまた、歩き出す。歩いては戦い、歩いては戦い、歩いては戦い……その繰り返しだ。
アールはゴールがどこにあるのか知らされないまま歩き続けている。この日々がいつまで続くのかわからずに、今後、なにが待ち受けているのかも知らずに死と隣り合わせの日々を歩かされいている。
 
「おい、獣だ。お前がやれ」
 と、シドがアールに言った。
「あ……うん」
 
人が住む街は、絶対ではないにしても、塀で囲まれていて安全で、危険な外に出る者などいないというのに、こうして戦って、殺して……何の意味があるのだろう。 
アールはそんなことを思いながら剣を鞘から抜き、牙を剥き出しにしている獣に向かって走り出した。
 
動物ではない、モンスター、魔物。ルイは、元々モンスターはこんなにも気性は荒くなかったと言っていた。突然この世界に現れた“自称神”のせいで、荒れ狂うようになった。だから今はもう、モンスターと魔物の境界線は無くなってしまい、呼び名も“魔物”で統一されようとしている。──可哀相だ。彼等は悪くないのに殺されるなんて……。
 
アールの剣の刃が、獣の首を斬り裂いた。獣は唸りながら彼女の目の前で倒れ、動かなくなった。
 
「あら、なかなかやるじゃない。甘く見てたわ」
 と、シェラが感心して言った。
 
アールは目の前で横たわっている獣を呆然と眺めた。
 
 
      動かなくな った。

   私が 殺したから動かなくなったんだ。
     私が 殺し  たから。
 
 
「アールさん?」
 と、ルイが心配そうにアールの顔を覗き込んだ。
「?! え……なに?」
 ハッと我に返り、ルイを見遣る。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「あ……うん。全然平気!」
 と、アールは慌てて笑顔を作った。
 
──余計なことは考えちゃいけない。気をつけなきゃ。
 
「ボーッとしてんじゃねーよ。また来たぞ」
 と、シドがまた戦闘を促した。
 
 
  何故 殺すのだ ろう
 
   何の為? 世界を救う為?
 
   力 を備える為? それとも……
 
 
「2匹か。お前小さい方やれ」
 
 
 それとも 元の世 界に帰 る 為?  
    自分の  為に殺す の?
 

   
「なに突っ立ってんだ! ヤらねぇとヤられるぞッ!!」
 そう叫んだシドの声に、頭がズキンと痛んだ。
 
そして結局、その戦闘はシドが請け負った。アールはただただ立ち尽くしていた。
自分が此処に存在するということの違和感に、彼女の思考や感情が歪みはじめていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
休む暇もなく魔物が現れていた区域を過ぎ、風に靡く草木の音が穏やかな時間を作る。
 
「シドさん、アールさんのことですが、なんだか様子がおかしくありませんか?」
 と、ルイが不安げに言った。
「知るか。本人が大丈夫だっつってんだから大丈夫だろ」
「だといいのですが……」
 ルイは、列の一番後ろでシェラと歩いているアールを気に掛けていた。
「こっちはボーッとされてちゃ困んだよ」
 と、シドは言う。「お、やっと出たぞ」
 静けさを取り戻していた一行の前にまた1匹の魔物が行く手を塞ぐ。
「今度は僕が参戦します」
 と、ルイがアールを気遣って言った。
「あ? あの女にやらせろ。経験積ませろっつったのオメェだろ」
「そうですが……」
 
──その時、アールがルイの横を駆け抜けて行った。
 
「アールさん!」
 
アールは、シドに言われる前に、自ら魔物へと駆け寄り、一撃で仕留めた。
 
「なんだ、やるじゃねぇか……」
 と、シドは呆気に取られている。
「この魔物は……私でも倒せるかなって」
 そう言ったアールの目は、虚ろだったことに、ルイもシドも、胸騒ぎを覚えた。
「早く行こう。時間無いんでしょ」
 
この時から、アールはシドと目を合わせるだけで、自分の出番を察するようになった。急に人が変わったように率先して武器を握りはじめた彼女を見て、仲間達は戸惑いを隠せなかった。
 
「……アールさん、そんなに早足だと疲れてしまいますよ」
 と、ルイが様子を窺いながら言った。
「お前まだ、よえーんだから先頭歩くな」
 と、シドもアールの様子を気にかける。
 
2人の声が聞こえていないのか、アールはペースを落とすことなく、スタスタと歩いていた。
 
「聞こえねぇーのか?!」
 何度声を掛けてもアールは黙り続けている。
「やっぱりアールさんの様子、おかしいですよ……」
「ったく。 オイ! チビ!!」
 
それまで何の反応もせずに黙々と歩いていたアールが、ピタリと立ち止まって振り返った。
 
「誰……今……チビって言ったの……」
「し、シドさん、アールさんの様子が……また変わりましたよ!」
「んなこといちいち言われなくても顔見りゃ分かるっての!」
 アールの顔は怒りの形相だった。
「誰だって訊いてんだけど……?」
 声を低くしてそう訊いたアールに、さすがのシドも慌てていた。
「いや……違う。お前のことを言ったんじゃねぇーんだ……」
「じゃあ誰のことを言ったわけ?」
「その……なぁ? ルイ」
 と、シドは助けを求めるようにルイを見た。
「え、えぇ。もう姿が見えませんが、さっき……小さいモンスターが森の中にいたものですから!」
 と、咄嗟についたルイの嘘に、アールの表情は和らいだ。
「なんだ……。そっか! じゃあそう言ってよ」
 
ルイとシドは目を合わせてホッと胸を撫で下ろした。彼女にチビ、という言葉を投げるのは禁句だ。
暫くすると、またアールの様子がおかしくなる。なにか考え事をしているのか口数が少なくなり、魔物が現れたわけでもないのに鞘から剣を抜いていたりする。そして。
 
「……ちゃん」
「…………」
「アールちゃん!」
 と、大きな声でシェラが呼ぶ。
「え?! あ……なに?」
「やぁね。ボーッとしすぎよ」
 と、シェラは心配そうな顔で言った。
「ごめん……って、あれ? 今名前で呼んでくれた!」
「ちゃん付けでいいかしら?」
「もちろん!」
 アールは嬉しくて笑った。名前で呼ばれただけで、急に距離が縮まったような気がする。
「大丈夫なの? さっきからボーッとしっぱなしよ?」
「あ、うん。疲れてんのかな……」
「でもアールちゃん、あんなに強いとは思わなかったわ。それに急に次から次へと倒して行くんだもの。調子が出て来たのかしら?」
「……え?」
 
──なんの話?
アールには身に覚えがなかった。
 
「まぁ、野蛮人が言うには雑魚ばかりのようだけど、それでも私からしたら凄いわよ」
 
 そうだ。何匹か倒したんだっけ……
 何匹か? 一人で倒したんだっけ?
 シドと……? あれ……?
 
「ちょっと、またボーッとしてるじゃない」
「あ、ごめんごめん! えへへっ」
 
記憶が曖昧だった。疲れているのだろうか。
しっかりしなきゃ! と、アールは軽く自分の頬をペチンと叩いたのだった。
 

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