voice of mind - by ルイランノキ


 涙の決別4…『イサイチ村は小さい村』◆

 
イサイチ村には民家が数えるほどしかない。
最初に目に入った民家を訪ねると、20代後半くらいの若い男性が顔を出した。
 
「どうされました?」
「すみません、ビトラムさんという方をご存知ですか?」
 と、ルイが訊く。
 
アール達は敷地の外で待っている。
 
「ビトラムさん家はあれだよ」
 と、男性は玄関から身を乗り出し、指差した。少し歩いた先にもう一軒、家が見える。
「ありがとうございます」
「君、魔導士だね」
 と、男はルイの左腕を見遣った。バングルが光に反射してキラリと光る。
「えぇ、貴方がこの村を守っている魔術師のようですね」
 
魔力を持つ同士、自然とわかる。
 
「守るだなんて大袈裟だよ。でもまぁこの村は俺が作ったようなもんだから。大きい地図にはまだ載ってないよ。この村のゲートと繋がってる街に置いてある地図には載ってるかもしれないけどな」
「そうなんですか? 詳しくお聞きしても?」
「はは、大したことじゃないよ。俺の親父が魔術師でね、小さい頃から色々と教わってたんだ。この村くらい小さな敷地なら、俺ひとりの力でも結界を維持出来ると思ったし、はじめはひとりでのんびりと過ごせる場所をつくろうと思っただけだから」
「では他の村人たちは?」
「全員、俺の親戚だよ。やっぱり寂しくなっちゃってね。親父は仕事で国外に行ったし、お袋はいないし、兄弟もいない。生憎、彼女もいないからさ、誘ったんだ。不便だけど、農業をするにはいいぞって」
「そうでしたか」
 と、ルイは微笑んだ。
「もしや君もスポーク町の跡地へ?」
「あ、はい。他にもいらっしゃったのですか?」
「若禿の奴がね」
「あぁ……」
「ビトラムさんの車でスポーク町まで行ったらしいんだが、尻込みして直ぐに帰って来たよ」
「そうでしたか」
「あ、そうだ。ビトラムさん家に行くなら悪いんだけど持って行ってもらいたいものがあるんだ」
「えぇ、構いませんよ」
 
その頃、アールは外で菜の花を眺めていた。
 
「シド、これ菜の花?」
「お前菜の花も知らねぇのかよ」
「違うよ。こっちの世界でも同じ名前なのかなって思っただけ」
「ああそう」
「あれは小松菜?」
「あれは“ブタニク”」
「え、変な名前。じゃあ豚の肉はなんていうの?」
「それは“コマツナ”」
「……絶対ウソでしょ。」
 シドを睨むと、シドは笑いながら目を逸らした。
 

 
「お待たせしました」
 と、ルイが戻ってきたが、大きな植木鉢を抱えており、つくしがわっさりと生えている。
「なにそれ……」
「つくしです」
「うん、それはわかるんだけど」
「ビトラムさん家はあちらです。ついでに持って行ってほしいと頼まれました」
「つくしを?」
「はい」
「つくしの栽培なんて珍しいね」
 と、アール達は歩き出す。
「ゴールデンつくしと言ってなかなか手に入らないつくしだそうです」
「見た目は普通のつくしだけど」
「専門家でないと、食べてみない限りは見分けが難しいでしょうね」
「つくしの専門家だったの? あの家の人」
「いえ、お若い魔術師の男性でした」
「謎だらけだね」
「えぇ」
 
それにしても、土手などにピョコンと生えているつくしは可愛いが、これだけ大集合してにょきにょきと生えていると気持ち悪いな、とアールは思う。
 
ビトラムさんの家は小さな家屋だが、庭は随分と広く、巨大な倉庫が建っていた。
 
「いらっしゃい」
 と玄関の戸を開けて一行を招き入れたのは27歳の女性だった。
 
ルイがつくしの植木鉢を手渡すと、女性は喜んで受け取り、客間へと通された。
 
「少しお待ちください。夫は裏にいますので今呼んで参ります」
 
客間は玄関から一番奥の部屋にあった。
大きなローテーブルが部屋の中心に置かれ、それぞれ座布団に腰を下ろした。
すると、居間と繋がっているドアが少し開き、4才くらいの女の子がこちらを覗いた。
 
「こんにちは」
 ルイが優しい笑顔で声を掛けてみたが、パタンとドアを閉められてしまった。
「怖がらせてしまったのでしょうか……」
「怖がったとしたらシドの顔にだよ」
 と、隣に座っているアールが言った。
「テメェの小ささに驚いたんだろ」
「どんだけ小さいんだよ私は!」
「もしくは赤目の不気味な男に命の危機でも感じたんじゃね」
「…………」
 シドの隣に座っているヴァイスはなにも言い返さない。
「とりあえずルイに怖がったわけじゃないと思うよ、シャイなのかも」
 
客間には裏庭が見える大きな窓があるが、カーテンが閉まっていた。
暫くして、ドタドタと廊下を歩く足音がして客間のドアが開いた。
 
「いやー、すまないな、待たせて」
 と、頭に白いタオルを巻いたタンクトップ姿の男が入ってきた。手に嵌めているリストバンドで額の汗を拭った。
「ビトラムさんですか? お邪魔しております」
 と、ルイが立ち上がる。
「おう、まぁ座ってくれ。──おーいココア! 人数分のお茶持ってこい!」
 ビトラムは座りながら廊下に向かってそう叫ぶと、妻が「はーい」と返事をする声が聞こえた。
「ココアお好きなんですか?」
 と、アールが訊く。違和感のある頼み方だったからだ。
「ん? あぁ! ココアもココアも好きだ」
 そう言ってビトラムは笑った。「ココアは妻の名前さ」
「あ、そうなんですか、すみません。可愛いお名前ですね」
「だろ? ──さて、うちに来たってことはスポーク町の跡地に行きたいのか?」
「話が早いな」
 と、シド。
「あぁ、たまにいるんだよ。そこにいるバシリスクを倒しに行くって言ってな。けどバシリスクを倒す前に厄介な魔物も住み着いてるもんだから、それにお手上げで引き返した奴らばかりだ」
「それってフフルドやエノックス?」
 と、アールが訊く。
「そうみたいだな、俺はあんま魔物には詳しくねんだ」
「俺らは尻尾巻いて帰る気はねぇよ。徒歩だとここから2日かかるんだろ?」
「あぁ、だから俺が車なり小型飛行機なり出してやってるわけさ。それも無償でな」
「小型飛行機? そんなもん持ってんのか、金持ちには見えねぇのに」
「シドさん!」
 ルイが注意を促した。
「いいっていいって。その通り、うちはどっちかっていうと貧乏だ。小型飛行機は買ったんじゃない、使い物にならなくなって捨てられたもんを引き取って修理したんだよ。俺は乗り物限定の修理屋さ」

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