voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽23…『ハンドクリーム』◆

 
アールはハンドクリームを買うために薬局へ向かった。
 
「ウィル可愛かったね。私下に兄弟がいなかったから、お姉ちゃんって呼ばれることに憧れもってたんだ。だから嬉しかった」
 と、心を弾ませる。
「僕も兄弟がいなかったので新鮮でした。お兄さんと呼ばれたかったです」
「そっか、カイのことは呼び捨てだったね」
 わかりやすいなぁと、笑う。
「アールさんには随分懐いていましたね」
「なんでだろうね、別になにもしてないけど」
「男の子はそういうものです」
「そうなの?」
 
──と、その時、ルイの携帯電話が鳴った。道の端に移動し、電話に出る。
 
「はい」
『ルイー…、頭痛い……』
 と、電話をかけてきたのは宿で待機しているカイだった。
「頭痛ですか? 薬は? シドさんはいらっしゃらないのですか?」
 頭痛や腹痛などの薬はそれぞれ切らさないように持ち歩いている。
『俺の薬はなーい……シドシャワー』
「薬を飲むときは無くなるといけないので知らせてくださいと言いましたよね?」
『ごめーん……』
「カイから?」
 と、アール。
「えぇ、頭痛だそうです……」
「じゃあ先に帰ってて? 私ちょっくら薬局まで行ってくる」
「ではお金を……」
 と、ルイは携帯片手に、財布を取り出した。
「あ、大丈夫! あるから。じゃあ後でね!」
 
アールは足速に薬局へ向かった。ルイも足速に宿へ。
 
町を出るときはいつもどこか名残惜しさを感じながら宿を出る準備をする。町で出会って会話を交わした人がいた場合は尚更惜しい気持ちになる。それでも立ち止まっている暇はない。なるべく予定通りに先へ進むように行動しなければならないのだ。
 
薬局へたどり着いたアールは、足速に店に入ろうとして、中から出て来た客とぶつかった。互いに尻餅をつき、アールとぶつかった女性が持っていた買い物袋が地面に落ちて、中身が飛び出てしまった。
 
「すみません!」
 アールは急いで散乱した荷物を集めた。
 
消毒液、化粧水、麺棒などある中で、ヘアスプレーのようなものに目を止めた。《傷、痣、火傷跡をキレイにカバー》と書いてある。
 

 
「あのー…」
 と、女性に声を掛けられ、ハッと我に返ったアールは、拾った商品を彼女に渡した。
「すみません……急いでいたもので」
「いえ、私もよそ見をしていたから」
 女性はそう言いながら商品を袋に戻し、立ち上がった。
「それ……さっきのやつ、このお店で? 高いのかな」
 
痣が消せるなら欲しい。見えない場所なら気にならないけれど、時々顔に痣が出来ることもあるからだ。それに最近は減ってきたとはいえ、ニキビ跡も隠せたら尚よい。
 
「えぇ、値段は3000ミルくらいよ」
 そう応えた彼女は綺麗な顔立ちをしている。「ちょっと高いけど、キレイに隠せるわ。仕事柄必要でリピート買いしているの」
「仕事ってなにをしてるんですか?」
 年齢は同い年くらいだろうか。
「踊り子なの。イベントなんかで結構露出が多い衣装を着るんだけど、練習が厳しくて痣が出来るのよ」
「そうなんですか、大変そうだけど踊り子って素敵ですね、憧れます」
 
ステージ上で軽やかに跳びはねながら踊る、きらびやかなイメージがある。
 
「ありがとう。嬉しいわ」
 と、彼女は笑って、店を後にした。
 
アールは店内に入り、まずはハンドクリームを探した。なるべく容量が多く、安いものを選ぶ。それから踊り子である女性が購入していた化粧品を探した。値段は2,980ミル。言っていた通り、ほぼ3千ミルだ。
 
「高いなぁ……」
 
正直欲しい。パッケージの裏に書かれている使用方法を読んでみた。
 
《適量を手にとり、傷跡などにやさしく伸ばしながらお使い下さい。1週間ほど持続します。剥がれて来ますのでその時は塗りなおして下さい》
 
「剥がれる……?」
 商品の形からスプレー式のものを想像していたが、違ったようだ。
「いらっしゃいませ」
 と、女性店員が声を掛けてきた。
「あ、こんにちは。これって……剥がれるんですか?」
「はい、手にとったときはリキッドファンデーションのような液体なんですけど、塗ることで乾くと薄い皮膚のように肌に馴染むんです。1週間は持ちますが、剥がれてくるのが嫌でしたら、こちらの──」
 と、色違いの化粧品を手に取った。「専用のクリームを塗っていただければ簡単に剥がせますから、大体5日目くらいに剥がして塗り直すといいですよ」
「そちらはおいくらですか? お風呂で洗うだけじゃ落ちないんですか?」
「1300ミルです。はい、普通のお湯や水、洗顔料では落ちないようになっています」
 
それって肌にかなりの負担がかかるのではないだろうか。しかも専用クリームも買うとなると4千ミル以上もする。
 
「ちなみに肌に良いものでつくられているので、使用後はお肌にハリが出るんですよ?」
「うっ……」
 
アールはまた揺らぎはじめていた。痣を隠せる上に肌に良い。でも高い。
 
「一番人気商品で、この商品が販売されてから他のファンデーションやコンシーラーなどの化粧品が売れなくなったんですよねー」
「…………」
「それにちょっと塗るだけでかなりのカバー力なんですよ?」
「…………」
「男性から女性にプレゼントされる方もいらっしゃって」
「…………」
「やっぱり女性として、肌は綺麗にしていたいですものね」
 
──非常に断りづらい。
 
しつこく勧めてくる店員がいるお店にはあまり行きたくない、という人が多く、引き際が大事だったりする。店員として働いていたときのことを思い出し、自分はこの人のように圧力をかけるような売り方をしていなかっただろうかと反省せざるおえない。
 
「えーっと……すみません、今日は手持ちが少なくて。また改めて買いに来ます」
 
何度かこう言って店を出て行く客を思い出し、同じ理由を使った。大概、改めて買いにくることはない。店員としてそれに気づいているものの、「そうですか、ありがとうございます」と笑顔で言うしかない。
 
「そうですか、ありがとうございます」
「すみません。今日はこれだけ」
 と、ハンドクリームを見せた。
 
なにも買わずに出るのは気が引けるものの、安い商品とはいえ買うものがあってよかった。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -