voice of mind - by ルイランノキ |
ルイの計画通りにアールは行動した。
お風呂は30分だけのつもりが、7時までゆっくりしていいとのことで、結局1時間入り、部屋に戻った。戻ったときにはウィルもカイも起きており、宿のサービスである朝食がテーブルに並んであった。ヴァイスの姿はない。
「ヴァイスさんはいらないそうです」
「町の住人でも喰って腹いっぱいなんだろ」
と、相変わらず嫌みを言うシド。
「減らず口叩かないの。ヴァイスは人間なんか食べないよ」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「私たちまだ食べられてないし」
「そのうち別の意味で食われるんじゃねーの? お前」
と、シドは笑う。
「ん? どういう意味?」
アールには伝わらない嫌みだった。
「お前簡単にヤ──」
「シドさん」
ルイに名前を呼ばれ、言葉と一緒にご飯を飲み込んだ。
「なに? 気になるんだけど」
「アールは気にしなくていいよ」
と、カイは欠伸をした。「俺のことだけ気にかけてくれればいいんだ」
「なんかますますよくわかんないんだけど」
会話の絶えない食卓だったが、ウィルだけは黙々と静かに朝食を食べていた。
不安が募る。母親は勝手にいなくなった自分を受け入れてくれるだろうか。もう息子はいないものとして第二の人生を幸せに暮らしているのだとしたら、帰らないほうがいいのではないだろうか。
そんな事を考えながら。
食事を終え、ウィルを家まで送るためにルイとアールはウィルを連れて宿を出た。
家はウィルしかしらないので彼に着いて行くしかないのだが、ウィルの足並みは随分と遅い。
「ウィル、大丈夫?」
と、アールはウィルの前に立ち、しゃがんだ。
「…………」
「不安なの?」
アールが訊くと、こくりと頷いた。
「母ちゃん、オレのこと待ってるかな? 帰ってきてほしくなかったって言われないかな?」
縋るような目で見つめられ、アールはウィルの頭を優しく撫でた。
「ごめんね、ウィルのお母さんがどんな人なのか全く知らないから、なんとも言えない」
「…………」
ウィルはアールから視線を落とし、母親を思い出した。どんなに疲れていても、優しい笑顔を絶やさなかった母。
「ウィルが一番、お母さんのことわかるんじゃないかな」
「…………」
きっと大丈夫だよ。アールもルイも、そう言いたい気持ちを飲み込むしかなかった。なんの根拠もないことを言って、もしものことがあったら……。
それでもウィルは、大丈夫だよと言ってほしかったことだろう。不安な気持ちを消し去るために。
「アール姉ちゃん……」
「ん?」
「もし……母ちゃんがオレを見て嫌な顔したら、オレ、嘘ついてもいい?」
「うそ?」
と、小首を傾げる。
「帰ってきたわけじゃないから安心してって。様子見にきただけだって。オレはすぐにアール姉ちゃんたちと旅に出るんだって……」
アールはルイと目を合わせ、小さく頷いた。
「いいよ?」
と、優しく笑った。
強がり。母親を安心させる為と、自分を守る為の。それから、プライド。
二人はそれを理解していたからこそ、受け入れた。
ウィルはアールの手をとって家路に向かった。家が近づいて来ると、今度は反対側の手でルイの手をとった。ふたりに挟まれて、少しは勇気がみなぎってくる。
ウィルの家はレンガづくりで4階建てのアパートの1階だ。久しぶりにアパートの入口を抜けて、部屋のドアの前に立った。ウィルはアールとルイから手を離した。一歩前に出て、チャイムを鳴らそうと手を伸ばす。
「……どこ行ってたのって怒られるかな。それとも泣かれるかな」
ウィルは手を止め、振り向かずに訊いた。
部屋の中から小さな物音が聞こえてくる。台所で、食器を扱っている音だ。
「どちらにせよ、ウィルさんを愛しているからこその反応ですよ」
と、ルイは言った。
「どっちでもなかったら……?」
ウィルの声は微かに震えている。
「私たちがいるよ」
アールはそう応え、ウィルの肩に手を置いた。
ウィルは頷き、チャイムを鳴らした。
部屋の中から「はーい」と母親の声がする。ウィルは思わずドアから2、3歩下がり、アールにぶつかった。
カチャリとドアが開き、「どちらさま?」と、優しそうな女性が顔を覗かせる。その視線はアールを捉えていたが、すぐにウィルに向けられた。
「ウィル!!」
ウィルの母親は膝をつき、彼を抱き寄せた。
「母ちゃん……」
「ウィル……ウィル……無事だったのね……」
泣き崩れる母親を見て、アールとルイは目を合わせて安堵した。
ウィルは子供らしく大声で泣きながら、繰り返し謝っていた。ごめんなさい、ごめんなさい、勝手にいなくなってごめんなさい……。
それから二人は部屋の中へと招かれ、ダイニングテーブルの椅子に座ってお茶を一杯いただきながらウィルと出会った経緯を説明した。
「母ちゃん仕事は……?」
「今日はお休みするわ」
と、隣に座るウィルの頭を優しく撫でた。いとおしい我が子を撫でる温かい手。
「大丈夫なの……?」
「あなたは何も心配しなくていいの。傍にいてさえくれればいいんだから……」
ルイは微笑ましくふたりを眺めながら、お茶を飲み干した。
「では僕らはこれで」
と、席を立つ。
アールも慌ててお茶を飲み干し、席を立った。
「あ、そうだ。ウィル、これよかったら使って?」
と、アールはシキンチャク袋からウィルに買った靴を取り出し、渡した。
「アール姉ちゃん……」
「多分すぐ大きくなるから、少しの間しか掃けないかもしれないけど」
「ありがとう。毎日履くよ!」
「うん!」
ウィルの母が気遣い、口を開いた。
「もう少しゆっくりしてらしたらいいのに……」
「慌ただしくてすみません。他にも用事がありますし、久しぶりに親子で会えたのですから、邪魔するわけにはいきません」
「そう……ごめんなさいね、なんのお構いもできなくて」
「いえ。それでは」
と、玄関へ向かうルイの後ろをアールは追った。
ウィルの母親に挨拶して、アパートを出た。するとすぐにウィルが追い掛けてきた。
「待って!」
その声に、ふたりは足を止めて振り返った。
「浮き島のことなんだけど! オレ、ちょっと嘘ついちゃった!」
「もしかして本当は知らないとか?」
と、アールは笑う。
「ううん、知ってる。でもカイの奴に浮き島にはキレイなお姉さんが100人いるって言っちゃった。あと行き方も知ってるって言ったけど……あれは嘘なんだ」
ウィルはごめんなさい、と頭を下げた。
「なんの問題もありませんよ」
「うんうん、なんの問題もない」
と、二人。
「浮き島には婆ちゃんと、裏の森でオレを助けた鷲鼻の小人がいるんだ」
「──? 行ったことがあるのですか?」
「うん、オレ森で気を失ってしまって、気づいたときには浮き島にいたんだ。だから行き方まではわからない……」
「十分だよ、ありがとう」
と、アール。
「あとこれ……」
ウィルは首にかけていた銅メダルのようなお守りをアールに渡した。「ばあちゃんに返してほしいんだ。あとよろしく言っといてよ。ありがとうも……」
「借りてたんだね、わかった。ちゃんと返すよ」
するとウィルは突然アールに抱き着き、見上げた。
「オレ、大きくなったらアール姉ちゃんたちと旅したい!」
「えー、大変だよ?」
「うん、だからこれから強くなる。カイよりは役に立つよ!」
「期待してる」
と、微笑んだ。
お別れは少し心寂しい。出会っては別れての繰り返し。
「じゃあ元気でね、親孝行するんだよ? お母さんの傍でね」
「うん!」
「体には気をつけてくださいね」
「うん!」
ウィルはアールとルイが見えなくなるまで、大きく手を振りつづけた。ふたりは何度か振り返って、手を振り返してくれた。
Thank you... |