voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽21…『早起き損』

 
宿に戻ったのは午後11時過ぎだった。
ルイが眠っているウィルをおぶり、酔い潰れていたカイはシドが無理矢理たたき起こした。
シドのお姉さん達は自宅に泊まることを勧めてきたが、ルイとシドが頑なに断った。正確には、シドが頑なに嫌がった、と言ったほうが正しいだろう。
 
宿の部屋へ入ると、カイはそのまま床に寝転んだ。
 
「明日何時かな」
 と、アール。
「8時に出ましょう。ですから起きるのは7時くらいで」
「カイは大丈夫? あと……ウィルは?」
 
ルイが布団を出し、ウィルを寝かせた。
 
「そうでしたね……」
 と、ウィルの寝顔を眺める。
 
シドは少し離れた場所に布団を敷いて寝転がった。ヴァイスは今から外へ出る気にもなれなかったのか、珍しく部屋の隅に腰を下ろした。
 
「私、朝送ってくるよ。ウィルの家まで」
「でしたら僕が行きますよ。アールさんはゆっくり朝風呂に浸かっていてください」
「あ……そっか」
 
お風呂に入っていないことに今気づいた。
旅をしていると泉にすら入れないことが殆どのため、忘れることが多くなっていた。
 
「でも……私行くよ。お風呂は我慢する」
 そう言って自分の布団を広げたアールに、ルイは優しく微笑んだ。
 
━━━━━━━━━━━
 
翌朝、一番に目を覚ましたのはヴァイスだった。スーはテーブルの上で平たく伸びきって眠っている。
 
「…………」
 
外の空気を吸いにひとりで外へ出ることにした。
外はまだ薄暗く、寝静まっている。彼にとってこのくらい静かな時間が一番心地好かった。
宿の前で腰を下ろしていると、パタパタと宿の中から足音が近づいてきた。外へ飛び出してきたのはボサボサ頭のアールだった。手には財布を持っている。
 
「ヴァイス! びっくりした!」
「どうした」
「まさかここにいるとは思わなくて! 私ちょっと買い物に行ってくるよ、寝る前にハンドクリームなくなったこと思い出しちゃって」
 と、踵を踏んでいた靴をきちんと履き直す。「朝はウィルを家に連れて行きたいから自分の用事は早めに済ませないとと思って」
「…………」
「あ、ウィルね、この町に家があって──」
「説明はいい。それより開いているのか? 店は」
「──ひぃ?!」
 
アールはムンクの叫びのような顔をした。
時刻は午前5時。こんなに早い時刻に開いている店があるだろうか。比較的小さな町であり、24時間営業のお店はないように思える。
 
「…………」
「早起きしたのに!」
「…………」
「二度寝したらもう起きれそうにないし」
「…………」
「早起き損だよ!」
「…………」
「なんか言ってよ……ドンマイ、とか」
「どんまい? どういう意味だ?」
「…………」
 
そうだった。ドンマイという言葉はこっちの世界にはないのだ。
 
「励ましの言葉だよ」
 アールは落ち込み、俯き加減で部屋へと戻って行った。
 
5時半になると、ルイが目を覚ました。目覚まし時計が鳴る前に目を覚ましたルイは背伸びをしたあと、テキパキと布団を畳んだ。
 
部屋は二つあり、一つは食事をするためのローテーブルが置かれた部屋、もうひとつは布団を並べる為の広めの寝室である。ベッドはない。そのためルイは寝室を出て隣の部屋の引き戸を開け、そこにアールが座っていることに気づいた。
 
「あ、ルイおはよ」
 アールはテーブルの上にノートを広げていた。
「早いですね。眠れましたか?」
「うん。ちょっと買い物に行こうと思って早起きしたんだけど、表にいたヴァイスに指摘されちゃった。こんなに早い時間に開いてる店はあるのかって」
「……確かに、店開きには早過ぎますね」
「お風呂も6時からだった」
 
アールは部屋に戻る前に、フロントの横にある風呂場を覗いた。風呂場の戸に、朝6時から夜10時まで、と紙が貼られていたのである。
 
「そうでしたか。何か飲まれますか?」
「コーヒーください」
 と、アールは笑顔でお願いした。
 
ルイが注いでくれたコーヒーを飲みながら、ノートに落書きをした。カイ、シド、ルイの似顔絵だ。そこそこ似ているとアールは思う。描きやすいのはシドだった。短髪で、目つき悪く描けば似てくる。カイは前髪を縛れば似てくる。ルイは難しかった。
ヴァイスを描こうとしたとき、寝室からシドが起きてきた。似顔絵と見比べ、似顔絵の方が髪の長さが足りないと気づく。旅をはじめたばかりの頃と比べ、だいぶ伸びていた。
 
「なんでもういんだよ」
 と、シドはふて腐れながら座った。
「いたら悪いみたいな言い方しないでよ」
 と、ノートを閉じる。
「朝くらい静かに過ごしてんだよ」
「話し掛けなきゃ話さないよ!」
「いるだけでうるさい」
「なっ?!」
「シドさんもコーヒー、飲みますか?」
 と、ルイが割って入る。
「ブラック」
「わかりました。朝食は全員揃ったらいただきましょう」
「宿の?」
「えぇ、宿泊料は朝食付きの値段ですから」
「ウィルは何時に起こす? 私6時からお風呂入って30分で出るように頑張る」
「出発時刻を少しずらしましょうか。シドさんも町を出る前にもう一度ご家族と会っておきたいでしょうし」
 と、ルイはポットからカップにコーヒーを注いだ。
「別に」
「アールさんもお風呂ではゆっくり休まれてください。ウィルさんは7時に起こしましょう。それから朝食を食べて、ウィルさんの家へ」
「買い物どうしよ……」
「ウィルさんの家がどの辺りにあるのかわかりませんが、行きか帰りに寄りましょう」
「オッケー、わかった」
 

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