voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続5…『妖美に隠された涙-04』

 
アールとシェラがテントで話してる間、男達は珍しく1時間も泉に浸かっていた。
 
「あ”ー!! 気持ちいいー」
 カイが泉に浸かりながら声を漏らす。
 シドは腕を組んで泉に浸かったまま、無言でいる。
「シドさん、ずっと不機嫌ですね……」
 と、シドの様子を気にかけるルイ。
「あたりめぇだろ。あいつ何考えてやがんだ……罪人を仲間にするなんてよ」
「でも、アールさんの様子からして、シェラさんはそんなに悪い人には見えませんし、次の街までですから」
「大体、旅に女を連れて歩く時点でどうかしてんだろ」
「俺はねー、女の子が二人もいて旅が楽しくなってきたよぉ! アールは可愛いし、シェラちゃんは美人だし!」
 と、二人の会話を聞いていたカイが、間に入った。
「どこがだよ……」
 と、シドはため息をつく。
「えぇ?! ルイもそう思うでしょー?」
「そうですね」
 ルイは少し困りながら、笑顔で答えた。
「ただのガキとケバい女じゃねーかよ」
「シドさん、アールさんは年上ですよ?」
「どう見ても年上に見えねぇだろ。頭も悪ぃしよ」
「そう言っているわりには、最近馬が合ってるように思えますが」
「はぁ? ふざけんなッ」
 と、腑に落ちない様子でシドは顔をワシャワシャと洗った。
「アールはさー、もう旅には慣れたのかなぁー」
 と、カイが言う。
「……どうでしょうね、慣れるのは難しいかと思います。彼女にとっては全てが初めてなのですから」
「じゃあ俺達には慣れたかなぁ?」
「少しは……慣れたのではないでしょうか」
「少しー?」
「えぇ……。まだ僕達の間に壁があるように思います。仕方がないことですが……」
「早く仲良くなりたいなぁ」
 
そう呟いたカイの言葉に、ルイは不安が過ぎった。
 
「アールさんは……そう思ってくれているのでしょうか」
「え?」
「仲良くなる必要はねぇだろ。“友達”じゃねーんだからよ」
 と、シドは言った。
 
その言葉に3人は口を閉ざした。長い沈黙が続く。
旅の仲間であって、友達ではない。けれど、共に命を賭けて旅をするのだから、心を開くべきなのではないだろうか。
 
「俺は仲良くなりたいなー…」
 と、カイは言った。
「僕もですよ」
「……好きにしろっ」
 
気まずい空気の中に、決して口には出せないそれぞれの強い思いがあった。
 
──暫くして、シェラとアールがいるテントへと、ルイが戻ってきた。
 
「お待たせして申し訳ありません」
「遅いわ。何してたのよ。レディファーストじゃないのも男としてどうなの?」
 シェラがそう言うと、ルイはすかさず謝った。
 
けれど、後からテントに入ってきたシドが不機嫌そうに言った。
 
「女はもっと長いだろーが。文句言ってねぇでさっさと入れ」
 
アールはシドに目を向けていたが、目が合うことはなかった。アールはなんとなく、シドが自分の視線に気づいているのに意識して目を合わさないようにしているように思えた。──珍しく1時間も入ってたし、何を話していたんだろう……。
 
アールはシェラと泉へ向かった。
 
「貧乳ね」
 泉に浸かるやいなや、シェラはアールの体を見て真顔で言った。
「……いちいち言わないでよ」
 
泉に浸かると、身体の疲れが少しずつ癒されていくのが分かる。温かくも冷たくもないけれど、不思議と心地が良い。
 
「カモミールって知ってる?」
 と、シェラは言った。
「花の名前?」
「街の名前よ」
「それは知らないかな」
「私が行きたい場所よ。カモミールは、私の母が生まれた故郷なの。その街に、母のお墓があるの」
「……そうなんだ」
 と、シェラが突然話し始めた内容に、アールは少し戸惑った
「一度も行けてないから、花を添えに行きたいの」
「……どうして急にそんな話を?」
「わからないわ。あなたには、話しておきたいと思って。ほら、友達でしょう?」
 そう言うと、シェラは今までとは違う穏やかな表情を見せた。
 
アールは、そんな彼女に自分のことを話したくなった。だけど、ルイに怒られてしまう。自分だけ隠し事をしていることがもどかしかった。
 
「父はね、悪行に手を染めていたの。そのせいで父を恨む人は沢山いたわ」
 アールは黙って話を聞いている。
「父を恨んでいる男が、突然家に押しかけて来たの。男は母を人質にして、お金を要求してきたわ。だけど父は……」
「もう……いいよ。分かったから」
 
シェラが話を進めていく度に傷付いている気がして、アールはシェラの言葉を中断させた。けれど、シェラは優しく微笑んで、話を続けた。
 
「母が人質にされても、父は顔色一つ変えなかった。そして母は殺されたの。父と……私の目の前でね。──私は父を恨んだわ。父が母を殺したも同然よ。そして父は家を出て行ったの。逃亡したのよ。私と、死んだ母を残してね。私は母方の祖母に一時は引き取られたんだけど、また戻ってきたの。父に復讐する為に。父が帰ってくるのを、母が殺されたあの家でずーっと待っていたの」
 
アールは黙っていた。きれいごとならいくらでも思い付いた。どんな理由でも人を殺してはいけないとか、復讐からは何も生まれないとか、母親はそんなこと望んでないはずだよとか……。でも、何も言えなかった。そんなこと、言われなくてもシェラ本人が一番分かっているはずだ。分かっていても、押さえられないほどの悲しみがそこにあったのだろう。
だからといって許されることではないのは百も承知だ。
 
「そして漸く復讐出来る日が来たのよ。父が帰って来たの。少しは反省してるのかと思ったら、酒に酔っていた……。父は私が誰かも分からなくてね、私のことを新しい住人かと思っていたわ。そして私を口説き始めたのよ? 笑っちゃうわ」
「そう……」
「だから、殺したの」
 と、消えそうな声で、シェラはそう呟いた。「私は、娘だと告げずに殺したのよ。そして逃亡して……今に至るの」
 
彼女の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。復讐を望んでいた彼女だったが、復讐を果たした今、目に浮かぶのは決して嬉し涙などではなかった。
 
「逃亡の理由は、お母さんに会う為?」
 と、アールは訊いた。
「そうよ。信じて貰えないかもしれないけど、母のお墓に花を添えたら……自首するつもりなの」
「信じるよ」
 と、アールはシェラの目を見てそう言った。
「そう……。でも警告しておくわ。あまり人を信用しすぎると、痛い目に合うわよ?」
「大丈夫だよ、私けっこう警戒心強いし!」
「全くそうは見えないけど……」
 

──シェラ、あの時、話してくれてありがとう。
私から友達になってとお願いして、友達だと言ってくれたのに、私は本当のことを話せなかったね……ごめんね。
 
シェラのこと、信用してなかったわけじゃないんだ。
この時の私は、仲間が言うことは絶対だった。私がこの世界で生き延びて帰る為には、仲間を信じて動くしかなかったの。

 
欠けた月が夜空に浮かぶ。
シェラはアールの布団で眠っていた。散々話し合った結果、狭いけれどアールとシェラは同じ布団で寝ることになったのだ。テントはあと1人分は敷ける広さで、予備の布団もあるのだが、シェラを間に寝かせると何が起きるのか目に見えているし、アールを間に寝かせるとカイがその隣で寝たいと騒ぎ立てたからである。
この結果にシェラが一番納得しなかったが、今はスヤスヤと眠っている。
 
アールは体を起こし、静かにテントを出た。思っていた通り、一枚の布団に2人で寝るのは狭すぎて、今はシェラが布団の真ん中を占領している。シェラがアールを追い出したわけではなく、寝相が悪いアールは自ら転がって布団からはみ出したのだ。起きて布団に戻ろうとしたが、シェラが寝返りを打って、彼女の寝るスペースがなくなってしまった。
 
アールはテントに背を向け、ルイが出したままにしているテーブルの椅子に腰掛けた。
夜空を見上げると、無数の星達が輝いている。流れ星でも流れないかなと、暫く見上げたまま待ってみたけれど、そう簡単に流れてはくれなかった。
 
もし流れたら、何を願うだろう。やっぱり、無事に帰れますように、だろうか。そんなことを思いながら、テーブルに顔を伏せると、後ろから誰かが近づいてくる足音がした。
 
「──なにしてんだ」
 低い声にドキリとする。
「あ……シド。眠れなくて」
「だろーな。あの女、布団占領してんじゃねぇか」
「あれは……私が転がって布団から出ちゃって。その間にシェラが寝返り打ったの」
「寝相悪ぃなお前。ルイ起こして場所変えて貰えよ」
 そう言うとシドはテーブルの向かい側に座った。
「……え、なんでルイ?」
「ルイに俺の布団使わせて、お前ルイの布団を女側にずらして使えって」
 ルイはアールとシェラが眠っていた布団の隣に、一人分のスペースを開けて眠っている。
「……シドは?」
「俺はここでいい」
 そう言って、シドは椅子を並べて横になった。
 
アールはテーブルに身を乗り出して、横になったシドを覗き込みながら言った。
 
「そんなの悪いよ。私がここで寝るよ」
 だけど、シドは両手を頭の後ろに回して目を閉じた。
「ねぇ聞いてる? それにルイもさっき寝はじめたばかりだろうし、起こすの悪いよ……」
「あんま気ぃ遣ってると気疲れすんぞ」
 と、目を閉じたまま、シドは答えた。
「それは……ルイにも言えることじゃない?」
「あいつは元からああゆう人間なんだよ。気を遣わない方が疲れんだろうよ」
「ふーん……」
「いいから行け。俺はカイの寝言がうるせーから外のが寝やすいんだよ」
「……ごめんね、ありがとう」
 
アールはテントに戻り、ルイを起こした。ルイは嫌な顔ひとつせず、笑顔で布団を貸してくれた。
 

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