voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽20…『シドとカイ、そして鍵のかかった引き出し』

 
「──で、重要なのはその後でさ、私惚れてんだよね、ベンさんに」
「ベンさん?」
「その旅人。一人はワードさんで、一人はベンさん。ベンさんがなかなか渋くてねー、狙ってんだ」
「へぇー、なんかいいですね!」
 恋愛の話になると女は大抵テンションが上がるものだ。
「でも最近あまり連絡が来なくなっちゃって。まぁ忙しいみたいだから仕方ないけどー」
 と、台所を出ていくヤーナと入れ違いにルイが食器を運んできた。
「すみません、聞いてしまいました」
 と、ルイは食器をテーブルに置く。
「いいのいいの」
 ヒラリーは笑顔で言った。
 
アールはシンクに溜まっていた泡がついた食器を慌てて洗い流しはじめた。
 
「カイさんとシドさんがお会いしたのは確かシドさんが旅に出る前、でしたよね」
「うーん、ちょっと違うかな。一度ひとりで旅に出たのよ。でもそれから一ヶ月もしない頃だったかなぁ、その日は雨でね、夜遅くに家のチャイムが鳴ったの。こんな時間に誰かしらと思ってドアを開けたらびしょ濡れのシドが立っていて、『犬拾ってきた』って言うのよ」
「犬?」
 と、アールとルイは口を揃えた。
「そう。帰って来てくれたことは嬉しかったんだけど、でもヤーナが犬苦手だから、うちで飼うのは無理よって外を覗いたら、シドの後ろで俯いて立っている男の子がいたの。傷だらけだったし、びしょ濡れで寒そうだったからとりあえず招き入れたのよ。それがカイ君だったの」
「それは初めて聞きました……」
 と、ルイ。
「そう……。実は私も詳しくは知らないのよ。カイ君もシドも、話そうとはしなかったから」
「…………」
「でもすぐに元気になって、仲良くなって、二人で町を出て行ったの。改めて旅の再開って感じだった」
「そうでしたか。食器、まだありますので運んで来ますね」
 と、ルイは台所を後にした。
 
ヒラリーは運ばれた食器をシンクに移して、洗いはじめた。どこか悲しげで、思い詰めたような表情だった。アールはそんなヒラリーに、質問をした。
 
「どうかしたんですか? 元気ないですね……」
「あ、ううん。ちょっとね。──シドになにかあったら私のせいかなって」
「え?」
「……ほら、あんなことがなかったらシドは町を出て旅に出ようなんて思わなかったかもしれないじゃない」
「でも魔物に襲われたのはヒラリーさんのせいじゃないですよ」
「そうだけど……」
「それに……シドは今、国から重大な指令を受けてるっていうか、頼りにされてるっていうか」
 そう言いながら、どこまで話していいのだろうかと迷う。
「えー、あれって本当なの? 国王様から直々に依頼があったとかなんとか言ってたけど、うそだと思ってたー」
 と、笑う。
「ほんとですよ! シド、凄く強いし!」
「そうなの? でも信じられないなぁ。私の中ではまだ小さいままのシドだから。いつの間にか身長は越されちゃったけど」
 
アールは手伝いを終えてリビングに戻ると、ヴァイスはテレビを見ていた。アールはそんなヴァイスを眺めながら、きっとものすごく暇なんだろうなぁと察した。出来ることなら宿に戻るか外へ出たいと思っているに違いない。長く一緒にいると大体わかってくる。
 
「……なんだ?」
 と、視線を感じたヴァイスが言う。
「ううん」
 アールは席についた。
 
ルイは残っているおかずを、ひとつの大きなお皿に移していた。まだ洗っていない食器があったのか……と思ったが、もう動く気にはなれなかった。
2階から駆け足で下りてきたヤーナは、アールに近づくと腕を掴んだ。
 
「アールおいでよ、面白いもん見せてあげる!」
「へ? 私ですか?」
 
ヤーナはアールの腕をぐいと引っ張って立ち上がらせ、リビングから2階へと連れ出した。
 
「あの……?」
「今あいつ外だからさ!」
 と、ヤーナがアールを連れてきたのはシドの部屋だった。
 
ドアを開け、悪びれた風もなく侵入する。
シドの部屋はルイの部屋ほど綺麗ではないが、時折姉が掃除してあるだけ綺麗だった。
部屋の右手にベッドがあり、左の壁には大きな本棚が置かれている。右奥には勉強机があり、右の壁には窓だ。
主に幼い頃に使っていて、今は殆ど使っていないだけあって本棚には古びた漫画が多く、ベッドの掛け布団の柄はサッカーボールだった。カーテンは青で、机周りは殆ど物がない。
 
「前に一度帰ってきたとき……あ、カイと帰って来たのを入れると二度目だけど、その時いらないもの捨ててったんだよね。前はもっと飛行機の模型とかミニカーとか私達がプレゼントしたりご近所さんから貰ったおもちゃとか飾ってたのにさー」
 と、ヤーナは机の一番下の引き出しの前でしゃがみ込んだ。「男ってそういうの平気で捨てんだねー」
「あの、勝手に入ったら怒られるかも……」
「大丈夫大丈夫。買い物頼んだから暫く帰って来ないよ。てかさ」
 ヤーナはポケットから太さの違う針金やヘアピンを取り出した。「手伝って」
「え?」
「ここ、鍵付きなんだよ」
 と、一番下の引き出しを指差した。
 
確かに鍵穴がある。ヤーナはピッキングで開けようとしているらしい。
 
「やめたほうが……」
「みんなここに入ってるものが何か知らないんだよ。私はエロ本だと思ってんだけどさー、気になるじゃん?」
「でも見られたくないから鍵をつけてるんじゃ……?」
「なら尚更見たいじゃん。破壊しようかと思ったんだけど後々バレるし、鍵屋に頼もうとしたことあったんだけど意外と金取るんだよね。たかがエロ本を確かめる為に金は払いたくないじゃん?」
「わかりますけどでも……」
 
──バンッ!! と、部屋のドアを叩く音にアールとヤーナはビクリと肩を震わせた。恐る恐る振り向くと、息を切らしたシドが鬼の形相でヤーナを見ていた。
 
「テメェ……」
「早かったなぁ」
 と、ヤーナは観念したように笑いながら立ち上がる。
「なんかおかしいとは思ったんだよ……いきなり柔軟剤買ってこいとか……。急いで帰ってきてみりゃこの様かよ! ──テメェも人の部屋でなにしてんだッ」
 と、アールも怒鳴られた。
「アールは関係ないよ、私が無理矢理連れて入ったの。ひとりでやるより共犯者いたほうがいいじゃん。てかさ、引き出しん中なに入ってんの?」
「関係ねぇだろ。さっさと出てけ!」
 
ヤーナは仕方なくアールを連れて部屋を出ると、ドアを強く閉められた。
 
「怒らせちゃった……」
「気にしなくていーよ。ごめんね、私の悪ふざけに付き合わせて」
 
階段を下りていくと、買い物袋に入った柔軟剤が一番下の端に置いてあった。
 

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