voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽19…『乾杯』

 
リビングのローテーブルに豪勢な料理が並んだ。
オーブンで丸焼きにしたチキンが中央にドン!と置いてある。チキンの回りにはレタスやプチトマトで飾り付けされており、色鮮やかだ。
 
「さ、食べましょう? まずは乾杯ね!」
 ヒラリーがそう言うと、水が入ったグラスを持った。全員従い、グラスを持ち上げる。
「乾杯すんなら酒のほうがよくない?」
 と、乾杯前にヤーナが提案した。
「お酒はすみませんが頂くことは出来ません。明日も早いですから」
 と、ルイ。
「二日酔いの薬あるから、気にせず飲もうよ」
 ヤーナは立ち上がり、台所へ向かった。
「そうね、やっぱり乾杯と言ったらお酒よね」
 と、ヒラリーがグラスを置いたため、ルイ達もグラスを置いた。
「困りましたね」
 と、ルイが呟く。
「控える? 少しだけ頂こっか」
 隣に座っているアールがそう言った。
「そうですね。飲み過ぎないように気をつけましょう」
 
ヤーナが瓶ビールを運んで来て、新しいグラスに人数分注いだ。
 
「その丸い奴もビール飲むわけ?」
 と、ヤーナはヴァイスの前に置かれたグラスの隣にいたスーを指した。
「スーちんは飲まないからその分俺のに注いでよ」
 と、カイが代わりに答える。
「えーっと、あ、君はまだ飲めないよね」
 ウィルにはりんごジュースを注いだ。
「では改めて」
 と、お酒、ジュースが入ったグラスをそれぞれが持ち上げた。
「シドとその仲間たちが無事でいてくれたことに、乾杯!」
 ヒラリーの掛け声に、みんな笑顔で乾杯をした。
 
──2時間後。
テーブルの下で顔を真っ赤に染めたカイがスーと眠っている。すっかり酒に酔い潰れてしまったようだ。
 
アールのグラスにはビールが半分残っており、ルイのグラスは空だが一口しか飲んでおらず、シドが代わりに飲み干していた。
ヤーナはイメージ通り酒好きで強い。それはエレーナも同じだった。意外だったのはヒラリーもお酒に強かったことだ。どうやらシドの家系は全員酒豪らしい。
 
アールはソファで寝ているウィルに、毛布を掛けた。毛布はエレーナが用意してくれた。
 
台所からカチャカチャと食器の音がする。
テーブルを見遣ると、ルイがお皿を重ねている。
 
──手伝わなきゃ。
 
アールは駆け足で台所へ。
 
「手伝わせてくださいっ」
 積極的に台所へ顔を出すと、ヒラリーが食器を洗っていた。
「あら、いいのに」
「手伝いたいんです!」
「じゃあ……洗剤を洗い流してそっちの水切りに移してくれる?」
「はい!」
 
アールはヒラリーの隣に並んで、ヒラリーが食器洗剤で洗った食器を水で流しはじめた。
ルイはリビングから食器を運んでくる。ふたりの後ろ姿を眺めて微笑ましく思った。再びリビングに戻り、綺麗に食べ切ってある食器を重ねる。
 
「あの……訊いてもいいのかわからないんですけど」
 と、アール。
「なあに?」
「ご両親は……?」
「あ、うちね、二人共いないのよ」
 ヒラリーは言い慣れているように、平然と答えた。「私が14の時にね、他国の戦場に行って」
「え……戦場ですか?」
「うん。父は付き添いでね。人手が足りなかったのよ、負傷した兵士達の治療をする人手が。母は看護師だったし、その国に昔お世話になった人がいるとかで、手を貸しに行ったの。私たちは祖母に預けられて。でも結局、父共々、巻き込まれてしまった。兵士たちを匿っていた小さな医療所があったんだけど、襲撃されてしまったの」
「そうなんですか……」
「だから私が母親がわりだった。祖母は1年後に亡くなっちゃったし。近所の人達に助けられながら、生きてきたのよ」
「それは大変でしたね……」
 想像もつかなかった。自分ならと考えると。
「うん、でもほら、みんなを見てわかるように、元気に育った!」
 ニッと可愛くヒラリーは笑った。
「そうですね」
 と、アールも笑顔で返した。
 
「やばかったときもあったけどねー」
 と、台所の入口で腕を組んで寄り掛かっていたのはヤーナだった。
「やばかったとき?」
 と、ヒラリー。
「うそ、まさか忘れたわけないでしょ? シドがまだガキんちょだったとき、姉さん魔物に襲われたじゃない」
「えっ……そうなんですか?」
 アールは驚いてヒラリーを見遣った。ヒラリーは困ったように笑った。
「そんなことも……あったかな」
 自分の腕の傷を一瞥し、皿洗いを再開した。
「姉さんがちょうどひとりで留守番してたときよ。私とエレーナは親戚に連れられて買い物に出てたの。姉さんの誕生日が近かったからプレゼントを買いにね。シドは遊びに出掛けてた」
「いいじゃないその話は」
 ヒラリーは止めようとしたが、ヤーナは続けた。
「町を覆う結界に穴が空いてたみたいでさ、魔物が入り込んで、よりによって窓ガラスを突き破って家の中に入ってきたのよ。すぐに気づいた姉さんは外へ逃げようとするんだけど魔物の足は速くてさ。何度も振り払いながらなんとか外に出て、それでもしつこくついて来て、住宅の狭い道に入り込んだの。そうだよね?」
「えぇ……隠れるところを探したんだけど、行き止まりだったの」
「魔物が姉さんを追い詰めた。逃げ場を無くして、もうだめだって思ったとき、道を塞いでいた煉瓦の壁の向こうから救世主が現れたんだよ」
「救世主?」
 アールはつい食器を洗う手を止めて、聞き入っていた。
「ちょうど町に泊まりに来ていた二人組の旅人にね。私は事件の後に会ったんだけど、若くてかっこよかったんだ。まぁ今ではもうおっさんだけど、それでも私たちは彼等に今でも感謝してるし、時折連絡も取り合ってる。シドなんて彼等に憧れて旅に出たようなもんなんだから」
「そうなんですか?」
「まぁ、一番の理由は自分だけが男だからじゃないかな。この一件で、男である自分がヒラリー姉さんを守らないとって思ったんだ。守れるくらい強くなりたいって言い出して、二人に弟子入りしたってわけ」
 と、ヤーナは楽しそうに笑い、続けた。
「シドの勢いに負けた二人は暫く町に滞在してたんだよ、シドに刀捌きを教えてくれたんだ。町の外に出て……と言っても出入り口の真ん前なんだけど、いろいろ面倒見てくれた」
 

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©Kamikawa
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