voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽17…『理由』

 
「やはり家出……ですか」
 
ルイ達は一先ず宿に戻り、ウィルから詳しい話を聞くことにした。
宿に戻ると、ローテーブルの前でヴァイスがお茶を飲んでいた。オーナーが持ってきてくれたようだ。スーは浅めの丸い皿に注がれた水に浸っている。
ヴァイスの隣にアール、真向かいにルイ、斜め前にウィルが座った。
 
「…………」
 ヴァイスは仕方なく話を聞いている。
 
「家出じゃないよ。自立だよ自立!」
「なぜ自立しようと?」
「父ちゃんがいなくなったんだ。ただでさえオレん家お金ないのに、借金残していなくなった。それから母ちゃんひとりでオレの面倒見なきゃいけなくなって、母ちゃんそんなに体強くないのに朝から夜遅くまで働くようになって……」
「自分がいなくなることで少しでもお母さんの負担を減らせたらと思ったの?」
 と、アール。
「……うん」
 
ウィルが覗き込んでいたのは、自分の家だった。母親の姿がなく、ガッカリしたのだ。元気な姿をこっそり見れたらそれでよかった。
 
「お母さんにはちゃんと話して家を出たの?」
 険しい表情でそう訊くアールに、ウィルは黙ったまま首を振った。
「だめじゃないの、ちゃんと言わなきゃ。ウィルはお母さんのためを思って行動したのかもしれないけど、お母さんからしたら旦那さんも失って子供までいなくなったら……寂しいよ。何を支えにしたらいいの」
「支えなんかいくらでも見つけられるじゃないか。好きなことやればいいんだよ。苦労してきた分」
「家族の支えは、他のものじゃ補えないんだよ」
「…………」
「ウィルの代わりはどこにもいないんだし」
 
アールがウィルと話している会話を聞きながら、ルイは紅茶の準備を始めた。
 
「でもオレ……」
「お母さんのためになにかしたいなら、お母さんの気持ちをちゃんと聞かないと。その上でお母さんの傍で、なにか出来ることをしてあげたらいいんじゃないかな」
「オレ、邪魔じゃないかな……オレすぐお腹空くし……いくら食べてもまたお腹空くし……そしたらお金かかるし……我慢するけど」
 段々と声が小さくなるウィル。アールは席を立って、ウィルのとなりに歩み寄った。
「成長期だもん。仕方ないよ。それにきっとお母さんからしたら嬉しいことだと思うよ」
 
ルイが注いだ紅茶をそれぞれの前に出した。
 
「そうですよ、子供の成長は親の楽しみでもあり、喜びですから」
「そっか……。でもこわいよ。今さら帰るの」
 と、助けを求めるようにアールを見上げた。
「だいじょうぶ」
 アールはウィルを優しく抱きしめた。「一緒に行くから」
「うん」
 ウィルはアールの温もりに包まれながら、目を閉じた。母のぬくもりを思い出す。
「思い出したくないかもしれませんが、お父さんと連絡は?」
 と、ルイ。
「とってたんだ。オレとだけ手紙で。父ちゃんは別に借金を残して逃げたわけじゃなくて、稼ぎのいいところを見つけて働いてた。証拠はないから母ちゃんには言えなかった……。でもあるときから手紙が来なくなって、おかしいなと思ってたら父ちゃんがいつも通ってた居酒屋のおじさんから、父ちゃんは死んだって手紙が来たんだ」
「死んだ?」
 アールはウィルを抱きしめたまま、呟くように訊いた。
「詳しく訊こうとしたけど教えてくれなかった。父ちゃん、手紙で海が見えるカスミ街で働いてるって言ってたから、直接行こうと思ったのも自立するきっかけになったんだ」
 
──カスミ街……
アールはウィルを包み込んでいた腕を離した。
 
「その店員さんからの手紙にはなんて……?」
「外から来た冒険者に街を荒らされたときに巻き込まれて死んだって」
 

人は必ずどこかで繋がっている。
それを身に染みてよくわかった。

 
━━━━━━━━━━━
 
台所のテーブルには汁もの、揚げ物、炒め物、サラダなどが並んでいる。
ヒラリーはそれを眺め、満足げに頷いた。
 
「よし。上出来! あとはデザートね!」
 
リビングではカイが床に寝転がって眠っている。ヤーナが2階への階段を上がり、シドの部屋をノックした。
 
「なんだよ」
 と、不機嫌な顔でドアを開けたシド。
「仲間、遅いね。連絡してみてよ」
「めんどくせーよ」
「そう言わずにさ。ヒラリー姉さん、あれからずっと台所にこもりっぱなしなんだよ」
「ゲッ?! まだ作ってんのかよ!」
「あたし太るのごめんだからね。早めに呼んでよ」
「わかったよ……」
 
シドはため息をつき、ポケットから携帯電話を取り出した。
 
━━━━━━━━━━━
 
ウィルはトイレに立ち、居間にはアール、ルイ、ヴァイスの3人だけがテーブルを囲んでいる。スーを含めれば3人と1匹だ。
 
アールはルイが入れた紅茶に手もつけず、ウィルが座っていた場所で視線を落としていた。
 
「アールさん……まだ、僕らのせいだと決まったわけでは」
「そうだけど……例え違っても、私達の戦いで誰かが亡くなれば、知らない場所で誰かが泣いて傷ついていることに変わりはない」
「…………」
 ヴァイスは何も言わず、お茶を飲み干した。
「考えたって無駄なのはわかってるよ。なるべる死者は出さないように気をつけるしかないってことくらいわかってるし、いちいち気にしてふさぎ込んでたらキリがないことくらいもわかってるし、そんな考え方に冷たさを感じるけど仕方がないことも……」
 
ルイは何も言えなかった。
そこにウィルが戻ってきた。空気の重さに気づき、咄嗟に笑顔を作ってアールの隣に座った。
 
「オレのせいで暗くなっちゃったね! そんなに気にしないでよ、もう何年も前のことだし」
「え……?」
 ウィルは紅茶を一口飲んだ。
「父ちゃんが死んだのは3年も前のことなんだ。その頃からずっと母ちゃんひとりで働いてて、過労で倒れたりした。オレその頃から母ちゃんの役に立ちたいと思ってたんだけど、まだ小さかったしなにも出来なかった。でもやっとひとりで出て行く勇気も手にいれたし、オレそこそこ強いしさ!」
 と、立ち上がる。「父ちゃんの代わりに働こうと思ってカスミ街にいくつもりだった。父ちゃんのこと詳しく知りたかったしな!」
 
腕を組んで、男らしく強気に笑ってみせたウィルだったが、「でも……」とその場に力なく座り込んだ。
 
「すぐダメになったんだ。町の裏から外に出て、最初の森で道に迷って魔物に追いかけられて──」
 
そしたら助けてくれたんだと、ウィルは話した。
背はウィルの半分しかなく、顔は鷲鼻で口は白い髭で覆われているお爺さん、腰のベルトには靴を修理する道具がぶら下げられていたという。
 
それを聞いたルイはおそらく、レプラコーンという妖精の一種だろうと推測した。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -