voice of mind - by ルイランノキ |
アールはシドと別れてから、暫くひとりで子供服店の周囲を歩き回った。しかしウィルはおらず、店の前まで戻ってくると、暫くそこで待つことにした。
ウィルはこの町のことをよく知っているようだった。けれどそれを口に出してはいない。
携帯が鳴り、電話に出た。相手は買い物を終えたルイからだった。宿に戻ったら誰もいないから連絡したらしい。
「捜しまわったんだけどウィルがどこにもいないの」
アールは肩を竦めた。「あ、それとさっきシドのお姉さんに会ったよ」
『そうでしたか。アールさんは今どちらに?』
「子供服の前だよ」
『では少し待っていてください。僕も一緒に捜しますから』
「ごめんね、ありがとう……」
電話を切り、ため息をついた。
ウィルに何かあったらどうしよう。目を離した自分の責任だ。
空の明るさが落ち、暗くなるのも時間の問題だった。
ルイが合流し、一緒に手分けして捜すことにした。
20分ほど経った頃、そんなこともつゆ知らずにとぼとぼとひとりで歩いていたウィルの前に、背の高い男が立ち塞がった。
「あ……」
ウィルは気まずそうに彼を見上げた。
「アールがお前を捜しているようだが」
「……うん」
ウィルの前に現れたのはヴァイスだった。偶然アール達がウィルを捜し回っているのを目撃したのである。
「なにかあったのか?」
「…………」
俯き、何かを堪えるように下唇を噛んだ。
「お節介焼きがふたりもいる。必要ないなら顔に出さないことだ」
「…………」
ウィルはヴァイスを見上げた。「あんたも十分お節介やきだろ?」
「…………」
ウィルは笑い、背伸びをした。
「ちょっと会いたい人がいたんだ。それだけ。もう戻るよ」
と、アールが靴を買ったお店へと走って行った。
ヴァイスはウィルの後ろ姿を見届け、アールに連絡をしようかと思ったがやめにした。面倒だからだ。
肩に乗っているスーが瞬きをする。
「宿に戻るか?」
ヴァイスの問いに、スーは拍手をして答えた。
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「おねぇたま、おねぇたま!」
終始、鼻の下を伸ばしっぱなしのカイはリビングでボーイッシュなお姉さんにひざ枕をしてもらっていた。
「じっとしてなよ」
と、彼女の右手には耳かきが握られている。
シドの姉で三女である彼女の名前はヤーナ、19歳だ。そして色気のある次女はエレーナで25歳。
「俺幸せです!」
「じゃあもっと幸せな気分にしてあげるね」
と、今度はエレーナがカイに近づき、足のマッサージを始めた。
「嗚呼っ……お姉さま!」
「きもちわりぃな」
シドはカイに冷ややかな視線を送り、台所へ移動した。
台所では28歳の長女、ヒラリーが夕食をつくっている。テーブルには大量の食材が山積みにされており、既に切った野菜の量も異常なまでに多い。
「……ヒラリー」
「んー?」
更にじゃがいもの皮をむいているヒラリーは、おしとやかな印象があった。
「切りすぎだろ」
「そう? でもこの後みんな来るんでしょ?」
「…………」
シドは嫌な顔をした。できることなら家に招きたくはないのだ。
「さっきヤーナが言ってたアールちゃんって子、早く会いたいなぁ。はじめましてだもんね」
「会っても大したことねーよ」
と、冷蔵庫を開けて瓶に入ったミルクを取り出した。
「かわいいんでしょ?」
「かわいかねーよ」
コップに注がず、瓶から直接グビグビとミルクを飲んだ。
「そんなこと言っちゃダメよ。女の子には優しくしないとね」
「…………」
よし、と気合いを入れるために腕まくりをしたヒラリーの左腕に、古傷がある。シドは暫くそれを眺めていた。
「手伝わないなら向こうに行ってて? 気が散るじゃないの」
「あぁ……」
台所を出て行こうとして、振り返った。「俺の部屋そのまま?」
「当たり前でしょ? いつ帰ってきてもいいようにそのままにしてる。ただ、掃除機かけたり窓拭いたり、ほこり払ったりはしたけど」
「机ん中は?」
「──? 触ってないわよ?」
シドは何も言わずに台所を出て、自室へ向かった。
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「ごめんなさいっ!」
ウィルを捜し回ったが見つからず、一先ずまた合流したアールとルイの元に、ウィルは戻って来た。そして謝りながら頭を下げた。
「無事でよかった……。なにかあったの?」
アールは腰を屈め、目の高さをウィルに合わせて引くした。
「ううん、ちょっと野良犬を見かけた……から……」
嘘をつくウィルの視界に、アールが買った靴の紙袋が見えた。
「そっか。心配するから、今後は一言言ってね。──あ」
ウィルの視線に気づき、紙袋を胸の前まで持ち上げた。
「ふたつ選んだの。どっちがいいかわかんなくて。帽子はまだ買ってないから、買いに戻ろっか!」
「…………」
ウィルはアールの目を見れなかった。靴と帽子が欲しいと言ったのは嘘だったからだ。あの場所の近くまで一緒に来れたらそれでよかった。あとはアールの目を盗んで目的地へ行くだけ。洋服店に入ったのは単なる口実でしかなかった。
「ウィル?」
浮かない表情のウィルを、アールとルイは心配そうに見遣った。
Thank you... |