voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続4…『妖美に隠された涙-03』

 
食事が終わってシドは席を立つと、シェラを指差しながら言った。
 
「こいつテントにぶち込んどけ。俺は泉に入る」
 するとシェラはすかさず言い返した。
「何故ぶち込まれなきゃならないのかしら。理解不能だわ」
「テメェがまたいきなり襲ってこねぇようにだよッ!」
「襲われたのー?!」「襲われたのですか?!」
 と、ルイとカイは同じセリフを吐いたというのに、表情は違っていた。カイは目を輝かせ、ルイは心配するように訊いたのだ。
「やぁね。良かれと思ってよ」
「良いわけねぇーだろッ!」
「俺はウエルカムだよぉ!」
 と、カイがシェラを輝きの眼差しで見つめながら言う。
「あら。じゃあ今晩どうかしら? お猿ちゃん」
「オイッ! カイに手ぇ出すな!」
 そう叫んだシドの言葉に、思わずアールとシェラは口を揃えて、
「あなたこっち系……?」
 と、右手の甲を左頬に近づけてオカマのポーズをしてみせた。
「んなわけねぇーだろがッ!!」
「あらそう」
「男好き……?」
 と、アールは空気を読まずに尚も言った。
「んなわけねぇーだろ喧嘩なら買うぞ」
 と、シドは般若のような形相でアールに言った。
「ごめんなさい。冗談です」
「でも勘違いしちゃうわよね」
 と、シェラが言う。
「そうですよね!」
「私のような美貌を目の前にして平気でいられるなんて」
「そ……れは分かんないけど」
 と、アールは言葉を濁した。
 
確かに彼女は男受けする美貌の持ち主だ。リアは綺麗で清楚だが、シェラは綺麗で色気がある。女である自分を最大限に生かした服装に、仕草や喋り方にも色気が含まれている。けれども決して仕切りの高さは感じさせない、誰でも歓迎するわ、という近寄りやすさも兼ね備えている。
 
──結局男3人が泉で体を流している間、アールとシェラはテントの中にいた。
 
「テントの中、男くさいわね。まぁ慣れているけれど」
 と、匂いを払うようなしぐさをしてシェラが言った。
「そうですか……?」
 
シェラの香水のほうがキツイ匂いだと思ったアールだったが、口には出さなかった。
 
「念のためにもう一度訊いておくけど、あなた本当にいいのね? 私が彼等を奪っても。後々恨んだりしないわよね?」
「彼等が自ら望むなら……別にかまわないですけど……っていうか……私が決めることじゃないし……」
 
そう言えたのは、心が広いからではなかった。彼等が望むとは思えなかったのだ。1人を除いては。
 
「そう。で、あなたの願いは?」
「私の願い?」
「彼等にはお礼としてカラダを貸すわ。でもあなたにカラダを貸すわけにはいかないでしょう? 仲間に入れて貰うからには、礼はしたいのよ」
 
シェラは意外と礼儀正しい人だった。御礼の仕方には問題はあるが。
 
「あなたは私に何して欲しい?」
 
そう言ったシェラの誘うような悩ましげな話し方は、どうやら彼女の癖のようで、アールと話していても色気が全開だった。色気が全く無いアールは少し羨ましく思える反面、シェラと話していると自分が惨めにも思えて来た。
 
「じゃあ……友達になってほしいかな」
 不意に出た“友達”という言葉。 
「友達? それは何をすればいいのかしら……」
 
友達になってほしい。そう願ったのは、この世界に友達と呼べる人がいなかったからだ。友達がいるのといないのとでは、全然違うだろう。特に感じる孤独さが。
 
「別に何も……。ただこうやって他愛のない会話をしたり……とか」
「それだけでいいの? 本当に変わった子ね」
 
シェラは見るからにアールに対して上から目線だった。アールは彼女の年齢が気になってはいたが、怖くて訊けずにいた。こんなに色気のある女性が自分より年下だったら立ち直れないと思った。
 
「質問いいかしら。あなた、仲間とカラダの関係は?」
 と、シェラは突拍子もない質問を投げ掛けた。
「だからあるわけないじゃないですか!」
 シェラの大人びた質問にアールはタジタジだ。
「本当にないの? 性格は問題有りだけど、顔だけ見ればそこそこ良い男だらけじゃない」
「ありませんってば……」
「もしかしてあなた、他に男がいるのかしら?」
「え……うん、まぁ……」
「あら、そうなの。でも一緒に旅をしていないのはどうして? もしかして旅の途中で釣った男?」
 
逃げ出したくなる話の流れだった。極力、思い出すような会話はしたくない。
 
「その“釣った”とか“体の関係”とか、そういう話、やめてもらえませんか?」
「いいじゃない。女同士なんだから」
 
女同士。少し嬉しくなる言葉だった。
 
「彼は……旅する前から出会ってて……私、彼に何も言わずに……旅に出たんです」
 
アールは、ひとつひとつ言葉を選びながら答えた。それはルイに身分を話すなと言われたからだ。別世界から来たことも、旅の目的も。
 
「彼に黙って旅へ? どんな理由かは知らないけど、まるで彼を捨てたみたいじゃない。見掛けによらず、酷いことするのね」
 
アールの事情を何も知らないシェラの言葉は、的を外してはいたけれど、アールの心をチクチクと刺した。
大切な人を捨てたわけではない。離れ離れにさせられたのだ。唯一の救いは、家族や恋人が悲しんでいないことだった。アールが消えたとを、誰も知らないことだった。
それは自分だけが辛さを感じて孤独でいるんだということを改めて思い知らされることでもある。
 
「彼と連絡は取っているの?」
「いえ……」
「きっと心配してるわね。それかもう新しい女が出来ているのかも」
 と、シェラは少し意地悪そうに笑いながら言った。
「……シェラさんこそ、恋人は?」
 と、自分の話から逸らそうと思い、訊いた。
「呼び捨てでいいわよ。いるわけないじゃない。本気で人を好きになったことなんてないわ」
 
そう言ったシェラに、恋人がいたら旅人に体を貸したりしないか、と、アールは思った。
 
「“カラダを男に差し出すなんてどうかしてる”」
 と、シェラが言った。
「え……?」
「そう思ってるんでしょう? あなた真面目そうだもの」
「いえ……。そこまでして行きたい場所があるんだろうし……」
「……そうね」
 
シェラは、時々寂しそうな顔をする。アールはシェラが無理に気取っては、本心を隠しているような気がした。でも、その理由は訊けなかった。訊いても言わないだろう。自分が何者かを話したのも、一時的に仲間に入る為だ。仲間になったのだからこれ以上話す必要もない。
 
「ねぇ、興味ないけど、退屈凌ぎに訊くわ。旅の目的はなんなの?」
「……人を捜してて」
 と、ルイがセルという老人についた嘘を、アールも使った。でも、嘘をつくのは気が引ける。
「ふーん。それにしても退屈よね。男のくせにいつまで浴びてるつもりかしら」
 呆れたようにそう言うと、シェラは腰に掛けていたシキンチャク袋から化粧品を取り出した。
「凄い量だね……」
「あなたスッピン? よくスッピンでいられるわね。ソバカスあるのに」
 人が気にしていることをよくもハッキリと……と、アールは苦笑する。
「一応手入れはしてるけど……。あと日焼け止めも塗ってるし」
「化粧してあげるわ」
「いや、いいよ! する意味もないし……」
「化粧しないなんて女を捨てたようなものよ」
 と、シェラは言いたい放題だ。「その服もなあに? 全然可愛くないわ」
「……分かってる」
「やだ……手なんて傷だらけじゃないの! 信じられないわ!」
 と、シェラは黒い薔薇に赤い蝶がとまっているデザインの手鏡を片手に、化粧を直しながら言った。
 
好きでこんな姿をしているわけではないアールは、不服な表情を浮かべる。
 
「そうだわ、いいものあげる」
 そう言うとシェラはポーチから何かを取り出した。
「なに……?」
「ハンドクリームよ。使いかけだけど、あげるわ。いい香りがするの」
「いいよ……どうせすぐ荒れるし……」
「あなたまだ若いくせに、今から気をつけなきゃ後々知らないわよ?」
 そう言ったシェラは一体、アールを何歳だと思っているのだろう。自分よりは明らかに年下だと思っているようだ。
「……じゃあ貰おうかな」
「大事に使ってよね、ブランド物なんだから」
「えぇ?! いいの?」
「もう一つあるから構わないわ。あなたも女なら身嗜み気にしなきゃダメよ」
「うん、そだね……」
 
アールは、懐かしい気持ちになっていた。この世界に来る前、休みの日は友達と会って、雑誌を見ながらお洒落の話をしていたことを思い出していた。ファッションの話、恋愛話、仕事の話、将来の話……。
懐かしい。つい最近のことなのに。そういえば友達に貰った可愛いバッグ、“来週”の休みに使おうと思ってたっけ。
 
アールは思い出していた。友達と過ごした何気ない日の思い出──
 
「これプレゼント!」
 そう言って突然バッグを渡してきた親友の久美。
「なに? 誕生日でもないのに」
「この前街に行ったらさぁ、超可愛いバッグ見つけて、良子に似合うと思って買っちゃった! 感謝しろよー?」
「ほんと?! いいの? ありがとう! 可愛い!!」
 それは小さめの白いバッグだった。汚れたら嫌だから大事に使おうと思った。
「気に入ると思ったー!」
「気に入ったよぉ!! あ、ねぇ来週の休み、遊ばない? その時このバッグ持ってくよ!」
「いいねー! 遊ぼう!! 絶対使ってよー? せっかく買ってあ・げ・たんだからー」
「なにその恩着せがましい言い方!」
 と、笑い合う。
 
 
──来週の休み。とっくに過ぎたのに、まだ迎えていない来週の休み。
帰らなきゃ。久美と約束してたんだ……。
 
 

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