voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽10…『共存』

 
朝を迎えた一行は、アイリスに教えてもらった場所から壁の向こう側へと移動した。
地面の下に掘られた通路を抜けて顔を出すと、目の前にあった木に大きな蜂の巣がぶら下がっていた。一番最初に通路から出て来たシドは後ろにいた仲間たちに呼び掛けた。
 
「蜂の巣だ。急いで出て離れろ!」
 
自分達の縄張りに侵入された蜂たちが続々と巣から飛び出してくる。
ルイがアールたちに固まるよう促し、全員を大きな結界で囲んだ。その周りを丸まるとした握りこぶし程の蜂たちが飛び回る。
 
シドは結界には入らず、十数匹の蜂を斬り倒したが、数も多く大きさ的にも的を射るのは厄介だった。
 
「ルイ、引き付ける」
 
シドがそう言って走り出すと、蜂たちは動くものを真っ先に追うように後をついて回りはじめた。そこですかさずルイが蜂だけを結界で囲み、一気に消滅させた。
 
「わりぃな」
 と、シドは刀をしまう。
「いえ、分担していきましょう。朝から蜂に体力を奪われるわけにはいきませんからね」
 
一行は山沿いの道を歩いた。
目指すはシドの故郷、ツィーゲル町である。アールは時折となりを歩くウィルを見遣った。彼はなにか隠している。それが大きな問題なのか小さなことなのかはわからないけれど。
誰も深く聞き出そうとしないのは訊いても答えないだろうとわかっているからだ。
魔物から身を守るお守りを持っているとはいえ、子供を置いていくわけにもいかず、彼が浮き島への道を知っていることもあって自然と同行することになった。
 
「ん?」
 アールの視線に気づいたウィルは、目を合わせて首を傾げた。
「ううん」
 アールは笑顔で首を振り、前方を見た。
 
魔物だ。親子だろうか、一際目立つ大きなモルモートと、一回り小さいモルモートが3匹、森から一行の前に姿を現した。
シドは躊躇わずに斬りかかった。アールは武器を握っていたが、動けずにいた。しかし魔物のほうから全速力で向かってくると、アールは剣を振り払って薙ぎ倒した。
 
アールとシドの違いはそこだ。強さもまだシドのほうが上だろう。
 
「シドは親子だろうと構わず殺すんだね」
「あ?」
「私詐欺に合いやすいかも」
「はぁ?」
 話の主旨が掴めず、シドは眉間にシワを寄せる。
「悪者がいたとしてさ、その人が妻と子供を連れてきて『自分には愛する家族がいます。もう家族を悲しませることはしません。だから許してください。チャンスをください』なんて言われたら許してしまいそう」
「──で、背中を向けた瞬間に刺されんだよな」
 と、シドは笑う。
「でも魔物は違うでしょ」
「魔物は存在するだけで悪影響なんだよ。少しは排除していかねぇとますます人間が住める場所がなくなってく。新たに強い魔物も日々生まれてきてるわけだしな。追いつかねぇ」
「…………」
「魔物に同情すんなよ? 特に今は。全てが終わるまで」
「…………」
「人の命がかかってんだぞ」
「うん……そうだよね」
 だけどどこかふに落ちない。
「お前の判断ミスで全滅も有り得んだぞ」
「……うん」
 
アールは心に焼け穴が広がってゆくような痛痒を感じ、剣を強く握った。
 
──殺さなきゃ。排除していかなきゃ。人を襲う生き物は、消していかなきゃ。
なんで。人間が住みやすい世界にするために?
 
「いつか昔みたいに人間と動物が“外”で自由に走り回れる日が来るといいなぁ」
 と、カイは両手を頭の後ろに組んで言った。
「そうだね」
 自分の世界を思い出す。野性の動物もいる。うまく共存しているとは言い難いけれど。
「人間が檻の中にいるみたいだもん」
「…………」
 
そういわれると、そうなのだけど。
魔物はシュバルツが作り出した邪悪な生き物だ。それでも人間と同じように命があって、生きていることに変わりはない。痛みを伴う命を奪うというのは、心苦しいものがあった。
 
それもいつか無くなるのかもしれない。
 
「ねぇシド、この辺は蜂の魔物が多い?」
「しらねぇよ」
「でもシドの町、近いんでしょ?」
「近くはねぇよ、山ひとつ分越えなきゃなんねんだから」
「蜂とか虫系は嫌だな……。あんな蜂に刺されたら穴が空いちゃう」
「迷宮の森でもっと大きな蜂がいたよ……」
 と、カイは思い出す。「まぁ逃げ切ったけどね」
「俺が助けてやったんだよ忘れんなっ」
「そうだっけ?」
「テメェ刺すぞ……」
「ごめんなさい」
 
暫く歩き進めると、一行は揃えて足を止めた。
森の奥から獣のうめき声が聞こえてきたからだ。姿が見えない割には大きな声だ。小さい魔物ならこんなに大地を響かすようなうめき声は出さないだろう。そう考えると体はそれなりに大きいことがわかる。それなのに姿が見えないのは距離が離れているからだろう。
 
「デカイぞ」
 と、シドは刀を構えた。
「なんでわかるの?」
 と、アールも警戒しながら剣を構えた。
「声の太さと、あれだけハッキリ聞こえたってのに姿が見えないのはここから距離が離れてるってことだ。姿が見えないほど離れてんのにあれだけ近くに聞こえたんだぞ、図体デカイに決まってる」
 
ルイはカイとウィルを遠ざけ、結界で囲んだ。ウィルはお守りを持っている限り魔物は襲って来ないのだが、念のためだ。
 
「アールねぇちゃん戦うの? 大丈夫なの?」
 と、ウィルは不安げに遠目からアールを見遣った。
「アールは強いよ」
 と、カイ。「強くなったんだ」
 

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©Kamikawa
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