voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽8…『妖精の鱗粉』

 
カイとウィルは食い入るように、アールの隣で飛んでいる妖精を見遣った。
よく見ると可愛い容姿で短いワンピースから伸びた白くて細い足が女性らしい。
 
「か、かわいい……名前はなんてゆーの?」
 と、カイ。
「アイリスよ」
「アイリス! 名前もかわいい……」
 
「──で? その虫の世話で遅れたってことかよ」
 と、シドはとっくにお守りをウィルに渡し、二人が戻ってくるのを待っていた。
「虫じゃない! 失礼ねっ」
 アイリスはそう言ってシドの周りを飛び回った。
「鬱陶しい。」
「亡くなったアイリスのお友達を、木の根元に埋めてきたの。だから遅くなっちゃった。ごめん」
 と、アール。
「今日はもう遅いのでテントを張って、翌朝ここをどう越えるか考えましょう」
 ルイはレンガの壁を見上げながらそう言った。
「あなたたち、この先へ行きたいの? だったら行く方法を訊いてあげる」
 と、アイリス。
「訊くって誰に?」
「モクモクさんよ」
「モクモクさん?」
 と、アールとカイは首を傾げた。
 
アイリスは羽を羽ばたかせながら1本の木の周りを2回周り、その木に向かって話しかけた。
 
「モクモクさん、モクモクさん」
 
すると、木に目と鼻と口が現れ、人のような顔が出来上がった。
 
「眠い……」
 と、木は答えた。
「すげぇーっ!」
 カイとウィルが声を揃えて叫んだ。
 
まさにファンタジーそのものである。
アールも見開いた目を輝かせながら妖精のアイリスと話す樹木のモクモクさんを見やった。
 
「ごめんねモクモクさん。ここから先へ進む方法を教えてほしいの」
 と、アイリス。
「壁づたいに左へ進むと大きな岩がある。簡単にずらすことが出来る岩だ。その下に階段がある。下から通って壁の向こうへ行ける」
「ありがとうモクモクさん」
「向こうにはなにがあるんだ?」
 と、シド。「この壁はなんなんだ?」
「この先にある村の住人が建てた。何年も前にアルバ草原で繁殖した魔物を村まで寄こさない為の防壁だった」
「じゃあ別にこの向こう側に大きな魔物が潜んでるとかなにか罠があるわけじゃないの?」
 と、アールも質問する。
「さぁなぁ、わしは向こう側のことは知らない」
 
会話を終えると、モクモクさんは目を閉じた。スゥッと“顔”が消えて元の喋らない樹木に戻った。
 
「一応警戒したほうがいいな」
 と、シド。
「明日の朝、階段を探しましょう」
 そう言ってルイはテントを出した。
「アイリスは木と話が出来るんだね」
 アールが尋ねると、アイリスはかわいらしく飛び回った。
「妖精は植物とお話ができるの。虫ともね」
「同類だからか」
 と、シドはテーブルの椅子に座った。
「失礼ねっ!」
「失礼ねって言うと虫に失礼だろ」
「あ……もう! 私あなたキライいよ!」
 アイリスはシドの目の前まで飛んで行き、ベーッと舌を出した。
「アイリスちゃんどこまでもかわいいなぁ」
 カイは相手が小さな妖精でも構わず恋に落ちるようだ。
「じゃあ私はそろそろ行くわね」
 と、アイリスはアールに近づいた。
「行くって?」
「妖精の森があるの。そこに帰るの」
「そっか、そこに仲間がいるんだね」
「うん。きっと帰りを待っていてくれてる。──命を救ってもらったのにまともなお礼ができなくてごめんなさい。あ、そうだ。これをあげるわ」
 
アイリスはアールの手の平に5ミリほどの小さな小さな瓶を置いた。アイリスが瓶の上を一周回ると、瓶は7センチほどの大きさに膨らんだ。
 
「これは?」
「妖精の鱗粉が入っているの。これを植物に振り掛ければ人間でもさっきの私のように植物と会話が出来るわ。ただしひとつまみにつき1分だけ」
「素敵! ありがとう!」
「すみませんが……」
 と、テーブルに食材を広げながらルイが言った。「アイリスさんはなぜあの場所に?」
「魔術師に捕まったの。あいつは私たちの……妖精の涙を集めていた」
「妖精の涙……高く売られているのを見たことがあります。用途は様々あるようですね」
「それに、妖精の羽根も……。羽をもぎ取られた妖精は死んでしまうの」
「それでその魔術師は?」
 と、話に割って入ったのはウィルだった。
 
アイリスはヒラヒラとウィルの目の前まで移動した。
 
「わからないわ。急に帰ってこなくなったのよ。もしかしたら魔物にやられてしまったのかもしれない」
「魔術師って色んな魔道具つくるんだろ? 自分の身を守る道具くらいいくらでもありそうじゃないか」
「そう……そうなの。でも姿を消したわ。時々魔術に使う材料を集めに外へ出ていたのだけど、あの日も特になにも変わらない様子で外へ出て、そのまま」
「ふーん。散々だったね」
「えぇ。でも私だけでも森へ帰って報告しなくちゃ。私たちの森は人間や魔物によって荒らされてしまって、住む場所が限られてきてしまったの。それで私たちは新たに住める森を探しに出て来たのだけど……やっぱり危険だったと伝えなくちゃ」
「ひとりで大丈夫?」
 と、アール。
「えぇ、妖精は姿を消せるから。ただ、私たちを捕まえたあの魔術師は、姿を消した妖精を探せる道具を持っていたの。ゴーグルのようなものよ。それをつけていればいくら私たちが姿を消しても、見えてしまうみたい」
「そっか……」
「魔術師なんか嫌いよ。でも、いい人もいるのね」
 アイリスはルイを見遣った。
 
ルイは食材を切る手を止めて、優しく微笑み返した。
 
「魔導士だけどね」
 と、カイ。
「どう違うのかしら」
「基本的になにか作り出すのが魔術師みたい」
 と、アール。
「魔術や魔法の研究者ね。──じゃあ私、行くわね。本当にありがとう。いつかまた会えたときにはお礼をさせてね」
「壁の向こう側へ行く方法を知れただけで十分だよ。気をつけてね、無事に帰り着いてね」
「えぇ、ありがとう。みなさんもお気をつけて」
 
アイリスは半透明で綺麗な羽を羽ばたかせながら森の奥へと消えて行った。
 
「で、お前もひとりで帰れよ」
 と、シドはウィルに言った。
 
ウィルはキッとシドを睨むと、アールに走り寄って抱き着いた。
 
「あの人こわいよ!」
 と、ウィルはうるうるした瞳でアールを見上げた。
「シド、謝って!」
「はぁ?!」
 

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©Kamikawa
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