voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽2…『恐竜』

 
これまで何度か遭遇し、カイのシキンチャク袋を奪い去ったこともあるイトウという魔物や、モルモート、それから巨大カマキリことビッグマンティスがよく現れては一行の道を塞いだ。
 
アールは微熱があるため、モルモートなど地を走る魔物を相手し、シドはそのほか空を舞う魔物を薙ぎ倒していった。
 
「イトウさんは見た目ニワトリみたいなのにコケコッコとは鳴かないんだね」
 と、戦闘を終えたアールは武器を腰の鞘に納めた。
「なにコケコッコって」
 と、カイ。
「あれ? あぁ、もしかしてこっちの世界だとニワトリの鳴き声をコケコッコとは言わないの? クックドゥードゥルドゥ?」
「あはははは! なにそれーっ!」
 カイはお腹を抱えて笑った。
「じゃあなんて鳴くのよ……」
「ンペッソンソンコック、ンペッソンソンコック」
「うそぉ?!」
「嘘ですよ、コケコッコです」
 と、ルイ。
「騙したなこのやろーっ!」
 アールが拳を上げると、カイは大笑いしながら逃げ回った。
 
「賑やかだな」
 と、ヴァイスは呟く。
「いいことです」
 と、微笑むルイ。
 
「ンペッソンソンコック!」
「ンペッソンってなによそれ!」
 カイを捕らえ、後ろから首に腕を回して絞めた。
「ンペッ……ソ……ぐるじぃ」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなちゃい」
 
同じ言葉、同じ文字が存在する別世界。魔法は存在しないから魔法文字も存在しないけれど、どこか似ている。そして、久美とそっくりな、シオン。
 
アールは空を見やった。
 
何度か思ったことがある。やっぱりこの世界は、いくつも複雑に枝分かれした中のひとつの世界なのかもしれないと。所謂、平行世界。でも、だとしたら、この世界にもうひとりの私がいる。私とは逆の人生の選択をした分身。さらにその人生から別々の選択をした二人の私。そしてさらにその人生から……と、いくつも枝分かれしていった先の世界で生きる私。
 
もしそうだとして、もし出会ったとしたらなにか変わるだろうか。
 
アールは道の先に姿を現した獣に気づき、剣を抜いて走り出した。
振り払った剣の刃がスッと獣の体を裂いて、骨に当たった瞬間少しだけ抵抗を感じてあとはまた肉を裂いて外へ飛び出す。その感覚が気持ちいいとさえ思うようになっていた。
 
息絶えた魔物に目を向けることも少なくなった。
 
一行は森林を抜けてアルバ大草原へ。無限に広がる鮮やかな緑の絨毯に胸を踊らせる。
青々と生い茂る美しい形の木々がぽつりぽつりと立っており、キラキラと陽の光を反射しなが浅く小さな川が柔らかな曲線を描いて伸びている。
まるで絵画の中へ飛び込んだかのようだ。360度どこを切りとっても美麗である。
 
「すんげーっ!」
 と、走り出したのはカイだ。
 
視界が広いため、遠くにいる魔物が見える。地面から飛び出してくるナイフモグラのような魔物さえいなければさほど警戒心はいらない。
 
「綺麗なところだね」
 
アールはそう呟き、空を仰いだ。
平和。まさにその言葉が似合う草原。この緑が、川が、灰のように消えてしまう日が来るのだろうか。自分の選択次第で。
 
「小魚がいるーっ」
 
小川を覗き込むカイ。小さな魚が緩やかな流れの中にいる。
 
「食おうぜ」
 と、シドが近づく。
「極悪非道っ!!」
「すごく綺麗な場所だね」
 アールは目を輝かせながら言った。
 
そよ風が吹けば緑が揺れて、自然の香りが広がる。さらさらと音を立てる草は揺れながら歌っているかのようだった。
 
「こんな場所で……」
 
言いかけて、口を閉じた。幸い、アールがなにかを言おうとしていたことに誰も気付いていない。
 
──こんな場所で、殺生なんかしたくない。
例え恐ろしい魔物でも、生き物の血で汚(けが)したくはないと思ってしまう。
 
「草食系の魔物が多いようですね」
 と、ルイ。
「お、喧嘩してんぞ」
 そう言ったシドの視線の遥か先に、トリケラトプスに似た6メートルくらいある魔物が2匹、闘っている。
「トリケラトプス?」
 と、アールはつい口にする。
「よくご存知ですね」
「えっ?! 恐竜なの?!」
「恐竜ですよ?」
 
アールは目を丸くした。
魔法が存在し、魔物やドラゴンがいる世界で恐竜もいると知ったところで驚くのもおかしいのかもしれないが、世界線が違う気がしてならない。
 
「……恐竜も魔物なの?」
「アールはバカなの?」
 と、カイ。「動物は動物。人間は人間、魔物は魔物、恐竜は恐竜だよ」
「あぁ……えと、魔法攻撃とかしてこない?」
「だから恐竜は恐竜だってぇ」
 わからないかなぁと、カイは呆れた。
 
「恐竜は私がいた世界にも存在したよ」
 
遠めからトリケラトプスを眺め、呟いた。
けれど、自分の世界にいたとされるトリケラトプスと全く同じトリケラトプスとは言えないかもしれない。映画や本などで再現された恐竜の大きさよりも小さいように思える。
 
「存在した?」
 と、シド。
「数千年も前にね。化石が見つかってるの。恐竜博物館に沢山展示されてる」
「骨が?」
 と、カイ。
「うん、巨大な骨が。骨しか見たことない。生きてる恐竜なんて初めて見たよ。だいぶ感動」
 
一行は互いの世界の共通点を不思議に感じながら、物思いに耽っていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -