voice of mind - by ルイランノキ


 内証隠蔽3…『殺生』

 
アルバ草原は空のようにだだっ広く、前方に見える山に向かって歩いてもなかなか距離が縮まらないように思えた。
 
次第に辺りは暗くなり、やむなくテントを張って一夜を過ごすことにした。
アルバ草原にも休息所があった。4メートル程の木が円を描くように一定感覚に立っており、中は結界が張られた休息所になっている。聖なる泉も備えられていて、オレンジ色に塗られた可愛いベンチまである。テントを広げるには十分すぎる空間だ。
 
「今日の晩御飯はなぁーにぃ?」
 
カイはベンチに寝転がり、テーブルを広げて野菜を取り出しているルイに訊いた。
 
「えびチャーハンにしようかと」
「うほぉーい」
「たまごスープと……」
 ルイは材料を確かめながら言う。
「デザートと」
 と、カイが付け足した。
「デザート……いえ、デザートは無しです」
「ケチ」
 
夜になると草原にいた魔物も静かに眠りにつく。夜行性の魔物はいなかったらしく、静まり返る草原の空に散らばっている星と、真ん丸な月が幻想的だった。
 
──…午前2時13分。
 
ふいに目が覚めたアールは、寝返りを打ってまた眠りにつこうかと思ったが、いつの間にか聞こえる雨音に目がさえてしまった。
 
暫く目を閉じて再び眠気が来るのを待ったが、起きていると余計なことを考えてしまい眠気が遠ざかっていく。
 
「…………」
 
シオンは、私を殺しに来るだろうか。
 
自分の存在が死を招いている。自分がいなければ失われずに済んだ命だろうか。それとも、自分が世界を救えるのだとしたら、自分の周りで失われてゆく命は最小限必要なことだったりするのだろうか。
 
シオンはボーゼと和解しないまま、永遠の別れになった。それがどれほどの痛みを伴うのか、考えただけでも胸が塞がる思いだ。言いたいこと、思い、うまく伝えられないまま伝える道さえ閉ざされた憤りは、よく知っている。
 
「…………」
 
アールは布団から身体を起こして、仕切りを開けた。シドもカイもルイも眠っていると思われたが、仕切りを開ける小さな音にルイが目を覚ました。
 
「あ、ごめん起こしちゃった」
「いえ……眠れないのですか? まだ体調がすぐれませんか?」
 ルイは体を起こし、枕元の時計を確認した。
「ううん、体調はもう大丈夫。寝てたんだけど、なんか急に目が覚めちゃって」
「なにか出しましょうか、眠りを誘うような……」
「ううん、大丈夫。ここの休息所の結界ってどうなってる? 雨も凌ぐのかな」
「えぇ、これだけ広い草原ですから雨宿りが出来る作りになっています。外の空気を吸われますか?」
「うん。ちょっと吸ってくる」
「ではもし戻られてまだ眠れないようなら、僕を起こしてください。なにか出しますね」
「ありがとう」
 ルイの優しさはアルバ草原より広大だなとアールは思った。
 
テントから出ると、ヴァイスが泉の前に立って夜空を見上げていた。その背の高い後ろ姿に、似ても似つかない雪斗の背中を思い出す。
 
アールの足音に気づき、ヴァイスは静かに振り返った。
 
「ヴァイスはちゃんと寝てるの?」
「…………」
「意外といびきかいて爆睡したりする? 意外と寝言言ったりする?」
「…………」
「もしかして歯ぎしりが凄いとか」
 と、アールはオレンジ色のベンチに座った。ベンチの横にはクラシカルな外灯が立っており、ぼんやりと光を灯している。
「どうだろうな」
「一緒に寝ないのはどうして?」
「一緒に寝たいのか?」
「えっ! ち、ちがうよ。ほら、みんな一緒に寝てるのにヴァイスだけいつもいないからどうしてかなって……」
 慌てて理由を述べたものの、慌てぶりに自分で動揺する。
「一緒に寝る必要性がないからだ」
「……そりゃそうだけど」
 
アールは背もたれに寄り掛かり、頭上を見遣った。雨が結界の屋根の上で弾いて小さな水溜まりをいくつもつくっている。
透明なガラス屋根の下で雨宿りをしているような気分だ。
 
「ヴァイスはひとりでいるとき、いつも何を考えてるの?」
「……同じ質問を返されたらお前はどう答えるのだ?」
「…………」
 
答えるには面倒くさい質問をしてしまったと、気が沈む。
 
「ごめん、なんとなく訊いただけ」
 
ふと、薄暗くなってきた頃に草原で腹をすかせていた魔物とシドが戦闘をはじめたときのことを思い出す。力比べのように戦闘を楽しむシドを見て、久しぶりにズキリと胸が痛んだ。
 
「私シドのようにはなれない……」
 アールは視線を落とした。「魔物との戦闘を楽しむなんて。VRCならまだしも」
 
命を奪うことを楽しんでいることが、理解出来なかった。
魔物は散々シドに弄ばれたあと、横たわって息絶えた。魔物だから許される行為。動物なら……?
 
「時期にそうなる」
「……私も? シドみたいに魔物を殺すことを楽しむようになるって言うの?」
 顔をしかめ、ヴァイスを睨んだ。
 けれどその視線はすぐに地面へ落された。一撃で斬り倒したときの感触に少なからず快感を覚えずにいられなかったことを、思い出す。
「認めたくはないだろうがな」
「そんなのやだよ……生き物を殺して楽しむなんて」
「虫を殺して笑ったことはないのか」
「……ない」
「殺す度に罪悪感に浸っているのか」
「…………」
 
嘘つき。自分の声が聞こえた。
耳の奥の方で、蚊が飛び回る音がする。夏になると鬱陶しい虫。パン!と躊躇なく両手で殺す。迷いなく殺虫剤に手を伸ばす。
 
「虫と魔物は違う……」
「どう違う」
「…………」
 
殺虫剤を片手にバトルした。見つけて倒して「よっしゃ!」なんて言ったりする。
殺すことを楽しんでいるわけじゃない。安堵して、ほっと笑みがこぼれるだけだ。──でも、罪悪感は……ほとんどない。
 
「魔物が人間の言葉を喋れたら、それでも人は魔物を殺すのかな」
「…………」
「痛いよって、怖いよって、やめてよって叫んでいたら、やめるかな」
「人間が魔物の言葉を喋れたら、魔物は人を殺すと思うか?」
「…………」
 
質問を質問で返されるのは嫌いだ。
 

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