voice of mind - by ルイランノキ |
ヘーメルという街を出て1週間が経ったある日の朝。
ルイは休息所に広げたテントの横にテーブルを出し、朝食の準備を終えて背伸びをしていた。
「さて、と」
まだ寝ているはずのアールとカイを起こそうとテントに歩み寄ると、中からシドとアールの会話が聞こえてきた。
「ほら……口開けろよ」
「ちょっ! なにすんのっ」
「いいから口開けろって! さっさとくわえろ」
「無理! 口でしたことないもん! 挟むんじゃダメ?」
「口でしろ口で。ほらッ」
「やっ……まって! 汚い!」
「汚くねぇよ! ちゃんと洗ったっつったろーが!」
「でも……」
「さっさとくわえろよホラ」
「あっ……ちょっとそこ触んないでよ!」
「お前が早くくわえねぇからだろーが!」
ルイの脳裏に浮かんだのはとても未成年には見せられない光景だった。
「なにやってるんですかっ!!」
と、ルイは勢いよくテントを覗き込んだ。
ルイの目に飛び込んできたのは、布団の上でシドの腕を掴んでいるアールだった。シドの手には体温計が握られている。
「あ……あの、お二人は一体なにを……」
「あ? なにってこいつ頭いてぇっつーから体温計出してやったのに計る気がねぇんだよ」
「別に計る気がないわけじゃないよ! 体温計くわえたことないし……脇じゃダメなの?」
「脇じゃちゃんと計れねぇからくわえろって言ってんだよ!」
「わ、わかったけどくわえるとこ手で触んないでよっ! 汚いじゃん!」
「テメェはどんだけ潔癖なんだよ!」
「だってシド外から帰って手ぇ洗ってないじゃん! 魔物ぶった斬った手で触んないでって言ってんの!」
「死にやしねーよ!」
「…………」
ルイは二人の言い争いを見ながら、少し恥ずかしげに苦笑した。彼がなにを想像してテント内へ飛び込んできたのか、シド達は知るわけもない。
「……消毒しなおしましょうか」
と、ルイはシドの手から体温計を受け取った。「えっと……消毒液は……」
「ありがと」
と、アール。
「ルイだったらいいのかよ」
「僕は手を洗いましたから」
「ルイなら別に洗ってなくてもシドよりは平気」
そう言いながらアールは布団の上であぐらをかいた。
「んだよそれっ! 俺が不潔だって言いてぇのか?! わざわざ体温計洗ってやったのによ! この俺が!」
「洗った体温計をまた汚い手で触ったじゃん」
「汚ねぇ汚ねぇって、そういうお前は清潔なのかよっ」
「言い争いはその辺にしておきましょう」
と、消毒をし終えたルイが仲裁に入る。「消毒しましたので綺麗ですよ」
「ありがとう」
アールは少し躊躇いながら口にくわえた。
「あ、舌の下でくわえてくださいね」
「しかのしか……」
と、くわえたまま言われた通りにする。
「おいルイ、お前も熱あんじゃねーのか」
「え? 僕は全然元気ですよ」
「にしちゃあ顔が赤いぞ」
「えっ、あ、その、シドさんがまだ戻ってきていないと思って少し捜しに行っていたのですよ。走りすぎました」
「ふぅーん……」
シドは腑に落ちない様子でテントを出た。
カイはまだ布団の中で眠っている。
「アールさん、頭痛以外に悪いところはありませんか?」
ルイは床に膝を付き、心配そうにアールを見遣った。
「特ににゃいかにゃ、頭痛もひょっとだけらし」
体温計をくわえたまま喋るのは困難だ。
「熱がないといいのですが……。音が鳴ったら教えてくださいね、熱があるようでしたら薬を出しましょう」
ルイはそう言って、カイを起こしにかかった。
カイは腕を引っ張られて体を起こされた。起こされても半分夢の中。体がふらふらする。ルイは二度寝を防ぐためカイを外へ促した。寝ぼけ眼で床を這いながらテントの外へ出ていく彼を横目に布団を畳んだ。
アールの体温計が鳴った。
「37.1度だぁ」
「アールさん平熱は?」
と、ルイは体温計を受け取った。
「36度くらいかな」
「薬を出しましょうか」
「ううん、大丈夫。ちょっと頭が重いかなってくらいだし」
と、アールは立ち上がって布団を畳んだ。
「悪化してはいけないので、今日はあまり無理をなさらないでくださいね」
「うん、ありがとう」
旅を続けていると調子が悪い日もある。体を使い過ぎて体力にガタがくる日もあれば、トラブルに巻き込まれたり思うようにいかないことが続いたりすると精神的ストレスが蓄積して体調不良に繋がることもあるのだ。
アールが外に出たときにはもう、カイが一足先に朝食を食べはじめていた。
「俺ね、朝ごはん食べると目が覚めるんだよ」
「寝ながら食べて食べ終わったあと寝てたことあるよね?」
と、アールは隣の席に座る。
シドは近くで素振りをしており、休息所の出入り口からは出掛けていたヴァイスが戻ってきた。
「アールってさ、最近髪の毛結んでばっかだね」
と、水を飲む。
「すっかり伸びたしね。結ばないと戦闘中は鬱陶しいし。いただきます」
アールはコッペパンを一口大にちぎり、バターを塗って口に入れた。
「坊主にしろよ。チビ坊主。キャラが立つな」
と、シドが笑いながら席につく。
「うっせーハゲろ」
「まぁ! なんて口のききかたなの?!」
と、カイがアールから体を反らした。
「ごめんなちゃい」
無表情でそう言って、野菜スープをスプーンで飲んだ。
「アールさぁ、決めゼリフつくったら?」
「決めゼリフ?」
「例えば『この私、選ばれし勇者! 私を怒らせたからには許さんぜよ! 成敗!』とか」
「ん、なんか長いし色々はずかしい」
ヴァイスが空いている席に座り、水が入ったコップに手を伸ばしたが、肩に乗っていたスーが水の中へポチャンとダイブした。
「…………」
「ヴァイスさん、別のグラスを用意しますね」
と、気が利くルイ。
「じゃあさぁ、こんなんは?『超むかつく! 成敗!』」
「それ決めゼリフなの? 成敗好きだね」
「あのねぇ、俺たちはいずれ本に載るんだよ」
「本?」
と、パンを口に入れようとしていた手を止める。
「伝説になるんだから。俺たちをモデルにした話が世に出回るんだ。大人向けの本から子供向けの絵本まで。俺はね、子供向けの絵本には決めゼリフがあったほうがいいと思うんだ。そしたら人気が出るし子供たちがみんな真似をするよ!」
「…………」
セーラー〇ーンを思い出した。月に代わって──と、決めゼリフがあって、小さい頃はよくポーズまで真似をしていたなぁと。
「漫画とかアニメだから成り立ってるんであって、普通は決めゼリフ言ってる間に殺されるよ」
「だな」
と、シド。
「なんだよつまんないなぁ。勝手に決めゼリフ作られちゃうよ? 子供向けの本の主人公には魅力と真似したくなる要素が必要なのに!」
「チビで坊主の女ってだけである意味魅力はあるぞ」
と、パンにかぶりつくシド。
「絵本の中でのシドのあだ名はキンニクンでよろし」
「殺すぞ」
「ルイ、シドが私を殺すって」
「シドさん、言い過ぎですよ」
と、ルイはヴァイスに水を出した。
Thank you... |