voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続3…『妖美に隠された涙-02』

 
「何点か気になるところがあります。短い間でも僕達と旅を共にするのなら、隠し事は無しにしてください」
 と、ルイは収穫したヨモギを食料用のシキンチャク袋に仕舞いながら言った。
「話せば仲間に入れてくれるのかしら?」
 シェラは様子を窺うようにそう訊き返す。
「隠し事次第ですが……」
 
ルイはそう言って、シェラにゲートが使えない理由を尋ねた。シェラは暫く黙っていたが、意を決したように答えた。
 
「指名手配中だからよ」
「指名手配?!」
 アールとルイは声を揃えて驚いた。
 
その間もカイは鼻の下を伸ばし、シェラに釘づけだった。
 
「犯罪人か」
 と、森の中へ入って行ったはずのシドが戻って来て、会話に入り込んだ。
「どこ行ってたの?」
 と、アールが訊く。
「魔物ぶった斬って来た」
「あら、野蛮人」
 と、シェラが挑発するように言う。
「うるせぇなクソ女ッ」
 
シェラとシドは、どうも馬が合わないようで、二人の間には険悪なムードが漂っている。
 
「シェラさん、一体なにをしたのですか?」
 と、ルイが改めて問い掛けると、シェラはうっすらと不適な笑いを浮かべて答えた。
「ひーとーごーろーし、かな」
 
その言葉を聞いて、シドもルイも一層警戒心を強めたが、カイだけは違っていた。
 
「俺も死んじゃいそぉー…」
 と、完全に骨抜きにされている。ヘラヘラしっぱなしで、情けない姿だ。
「あら。もう私に悩殺されたの? まだなぁーんにもしてないのに。ふふっ」
「オイッ! 人殺しがこんな場所で何してやがんだ! 逃亡に手を貸す気はねぇぞ!」
 と、シドが声を荒げた。
「そう。残念」
 シェラは寂しげにそう言うと、アール達に背を向けてあっさりと去って行った。
 
「なんだったのでしょう」
 と、ルイ。
「このまま終わる気がしねぇな」
 シドが険しい顔で言う。
「このまま進展無しなんて嫌だぁ……」
 と、カイだけは的が外れている。
「ごめん、私ちょっと行ってくる!」
 シェラの後ろ姿を見えなくなるまで見ていたアールは突然そう言って、シェラを追い掛けて行った。
「はぁ?! 何考えてやがんだアイツ!!」
 と、シドがイラつきながら、走って行くアールの背中に向かって言った。
  
「──シェラさん!」
「あら?」
 
休息所の出入り口で、アールはシェラに追い付くことが出来た。
 
「男じゃなくて女が釣れるなんて初めてだわ……」
 と、シェラは息切れしているアールを見下ろしながら言った。
「男じゃなくてすみません……」
「何の御用? 女を相手にしたことは無いけど……食糧分けてくれるならカラダ貸すわよ」
「何の話をしてるんですか……。シェラさん、人を殺した理由を教えてください」
 と、アールは単刀直入に訊いた。そして、シェラが旅人を捕まえては街を渡り、最終的には何処へたどり着きたいのかも気になっていた。
「言ってどうなるのよ」
「理由次第では一緒に……」
「彼等が許すとは思えないわ」
「説得してみます。それでも無理なら……どうにか他の方法を一緒に考えます。とにかく理由を教えてくれませんか?」
 そうアールが訊くと、シェラはため息をついて答えた。
「いいわ。私が殺したのは、父親よ」
「え……」
「実の父親」
「……何かされたんですか? 理由なく殺すとは思えません」
「そうね。あいつは、私を女として見てたからよ。分かる?」
 と、シェラは鼻で笑いながら言った。「耐えられなくなって、布団の下に隠してあったナイフで刺したのよ。……ま、これだけの美貌を持って生まれ育った私の罪かしらね」
 
微かに吹いた風が、シェラの柔らかな髪を靡かせ、甘い香りが辺りを漂った。
アールはシェラの表情を見ながら話を聞いていたが、シェラの些細な表情の変化に気付き、問い掛けた。
  
「それで、本当は誰を殺したんですか?」
「……なぁに? その質問」
 と、シェラは不快な表情を浮かべる。
「本当の話を聞かせてください」
「本当の話よ。実の父親が子供に手を出すはずがないとでも思ってるの?」
「いえ……。世の中にはそういう異常な親も存在すると思います。でも、シェラさんは嘘をついてる気がして……」
「何故そう思うのかしら」
「……なんとなく」
「…………」
 
暫く目を合わせたまま、無言の時間が流れた。言いたくないことを無理矢理訊き出すのは気が引けたが、仲間を説得する為にも事情を知っておくべきだと、アールは思っていた。
 
「ふふっ、しょうがないわね。負けたわ。でも、父親を殺したのは本当よ。……あいつは母を見殺しにしたから」
 そう言ったシェラの表情は、アールの胸を締め付け、訊き出したことを後悔させた。
「分かりました……。無理に言わせてごめんなさい。みんなにシェラさんも連れて行くよう説得してみます」
「ちょっと待って」
 と、シェラはアールを引き止めた。「今度は信じたの? なぜ?」
「なんとなく……」
「あなた人の心を読めるわけ?」
「いえ……でも、人より表情は読める方かもしれません。私昔からの悪い癖で、よく人の顔色ばかり窺っちゃうから」
 と、アールは苦笑した。
「そうなの……。でももういいわ。同情なんてされたくないの」
「なら何故話したんですか?」
「あなたがしつこいからよ」
「あ、そっか……。嫌なら聞いたこと、みんなには言いませんから」
 そうシェラに言い残すと、アールは急いで皆の元へと戻った。
 
仲間を説得する為にも、はじめは聞いた話を伝えるつもりだったが、もう話す気にはなれなくなっていた。同情されるくらいなら、警戒されたままの方がいいと、シェラは思っているだろう。
シェラはアールの背中を見送りながら、なんだか調子が狂う子だわ、と首を傾げたのだった。
 
アールが仲間の元へ戻ると、シド達はテントの前で何やら話し込んでいた。
 
「なに話してるの?」
 と、そこにアール。
「アールさん!」
 ルイが心配そうな顔を向けた。
「シェラさんを連れて行きたいんだけど、だめかな……?」
 
アールはさっそく仲間を説得しようと試みたが、事情は話さないと決めたため、説得させる言葉が出てこない。
 
「正気かよ」
 と、シドは呆れていた。
「大丈夫だよ!」
「何が大丈夫なんです? あの方と何を話されたのですか?」
 ルイはそう言って、アールが答えるのを待ったが、
「事情を聞いたんだけど……言いたくない……」
 とアール。
「オメェ何考えてんだよ! どこの誰かも知らねぇ奴の面倒を見るだ? バカじゃねぇのか!」
「信用してよ! 彼女は悪い人じゃない!」
 と、アールはもどかしい気持ちでいっぱいだった。
「あんな女信用出来るわけねぇだろ! おまえ頭おかしいぞ!」
「じゃあシェラさんじゃなくて私を信用してよッ! シェラさんは……私達に危害加えたりしないよ! 私人を見る目には自信あるっ!!」
 と、真っすぐな目で彼等に訴える。
「……アールさんは、彼女は危険ではないと言い切るのですね? 根拠はあるのですか?」
 ルイはアールの目を見つめながら訊いた。
「根拠はないけど……私は話を聞いた。詳しくは聞けてないけど、シェラさんは危険な人じゃないと思う。武器だって持ってないみたいだし」
「……そうですか。分かりました」
「おいルイ! なに納得してんだよ! 人殺しだぞ!」
「あ、シェラさんが『食糧分けて貰う代わりに、カラダを貸すわ』って」
 と、アールはこれは説得に使えると自信満々な笑顔で言ったが、
「いらねぇーよ!」
「いりませんよ」
「わぁーい!!」
 と、一人だけに有効だった。
 

──旅をしていると
色々な人と出会っては、別れを繰り返す。
 
たった1度きりの、限られた人生の中で出会う人達
出会ったことには必ず意味がある。
その意味に気づけるかどうかは別として。
 
シェラ
 
私にとってあたなとの出会いは
なくてはならないものだった。

 
星が顔を出しはじめた頃、テーブルを囲むアール達の中に、シェラが加わっていた。
  
「いい香りね」
 テーブルに肘をついて、シェラが言った。
「ルイの料理は天下一品なんですよ」
 と、料理が出来上がるのを待ちながら、シェラの隣に座っているアールが言う。
「あらそうなの? じゃあ、うーんとサービスしてさしあげなくちゃね」
 と、シェラはルイに色目を使った。
「……結構ですよ」
 珍しくルイは作り笑いをしていた。
 
シドはシェラと目を合わせないように、肘をついてそっぽ向き、カイはじーっとシェラを見つめていた。よくドライアイにならないものだ。
アールはというと、男ばかりの中に女性が加わったことが嬉しかった。女性がひとり増えたというだけでなんだかウキウキする。
ルイは料理をお皿に分け、皆の前へと並べた。
 
「頂きましょうか」
 ルイが言うと、一斉に手を合わせ、食事がはじまった。
 
さっきまでは楽しい気分でいたアールだったが、次第に空気の変化に気付いた。
シェラが加わってから、何とも言えない空気が仲間達の間を流れている。楽しんでいたのは自分だけ……いや、自分とカイだけだったことに気付いた。
そのうち、この違和感も無くなるだろうとは思ったが、漸く仲間達と過ごすことに慣れてきた矢先に生まれた歪みを、アールは少しずつ感じていたのだった。
 

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