voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望34…『再スタート』

 
「朝早くに出てったようですよ」
 と、ライモンドは窓を全開にして街の正門を眺めた。
「そうですか」
 落ち着いた様子でそう答えたのは、ベッドの上で上半身を起こしているメイレイだった。
 
ライモンドはポケットからタバコを取り出し、一本口にくわえた。
 
「病院内は禁煙ですよ」
「わかってるよ。火をつけなきゃいいだろう? 口が寂しいんだ」
「タバコに依存してもいいことないわ」
「息子に依存してもな」
「……そうね」
 メイレイは微笑し、窓の外を眺めた。
「これからどうするんだ? 息子は旅立った。家もない。お先真っ暗だな」
「そうでしょうか。私も、自分の道を歩き出さなければなりません。ゼロになった今、一からやり直すんです」
「一度死にかけた人間は強いんだな」
「人によると思います」
「まぁな。けどよかったじゃないか、息子に完全に嫌われる前に立ち直れて。立ち直りかたが厄介だったが、最後には相応しい」
 
メイレイはライモンドを見遣った。
 
「それで、私たちのことはもう?」
「興味がなくなったわけじゃない。やっと手に入れた面白いネタだ。なんせドラゴンの血を受け継いだ最後のアマダットだ。──でもまぁ、興味が他に移ったもんでね」
 と、ライモンドはアールが剣先を向けながらルイをひたすらに守ろうとしていた鋭い目を思い出していた。
「他に?」
「もう少し、先の未来に興味がわいただけだ」
 
ライモンドは再び窓の外を見遣ると、この街を去った若者達を思った。
 
「あんたもこれから大変だろうが、息子らに負けないよう頑張れよ」
「えぇ……ありがとう」
 
空は青く清んでいる。
ライモンド宅のディスクの上には彼がこれまで集めてきた資料がドッサリと山積みにされており、その中のひとつのファイルが一番上に開いて置いてある。
そこにはこう書かれていた。
 
 《シュバルツの目覚め》
 
シュバルツについて調べたことが事細かに書かれている。そしてその隣にはルイ・カイ・シド・ヴァイス、それからアールの顔写真が並んでいる。
 
「グロリア……」
 と、ライモンドは呟いた。
「え?」
「あ、いや。なんでも。──じゃあそろそろ俺は行きますよ。タバコ吸いたくなってきたんでね」
「えぇ、わざわざありがとう。息子の旅立ちを知らせてくれて」
 
ライモンドは病室を出ようとして、振り返った。
 
「あ、そういえば可能なのか?」
「なにがかしら」
「長年息子と暮らしていたわけだよな、それなのに戸籍上でも赤の他人だったなんて」
「…………」
 メイレイは悲しげに笑った。
 
「可能よ。私と彼は、ずっと赤の他人だった。いえ、赤の他人だったのは私だけね。ヘルマンとルイは紛れも無く親子だった。他人だったのは私だけよ」
 
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帰る場所がない。
作ろうとも思わなかった。
 
ここは私の世界ではないから
私の帰る場所は他にあるから
 
この世界に心を許すことも
この世界のために動くことも
この世界の人々に感情移入することも
この世界の人々を愛することも
 
なにもかもが私のいるべき、帰るべき世界への裏切りのような気がしてならなかった。
 
この世界に救いの手を差し延べる義理なんてないはずだから。
 
だけどやっぱり人は与えられた環境で生きていこうとする。その為の自分をつくりだしてしまう。変わってしまう。馴染もうとしてしまう。
 
孤立しないために。壊れてしまわないように。生きていくために。
 
もちろん、それだけではないけれど。
 
私の未来はどこにあるのだろう。
私の欲しい未来は、取り返したい未来はここにはないけれど、この世界への光が降り注いだ後にきっと手に入るはず。
帰るための鍵か、片道切符が。
 
私は知ってるんだ。
未来や過去ばかり見て、私は“今”を生きていないこと。
知ってる。わかってる。どうすべきなのかも、本当は……
 

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