voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続2…『妖美に隠された涙-01』◆


──良い飼い主になれる。
ルイはそう言ってくれたけれど、自分の面倒もろくに見れないくせに、飼い主になんてなれるわけがないよ。
 
私はいつだって自分のことしか考えていなかった。
 
私はこんなにも辛く苦しい思いをしているのに、それでも耐えなければならないのに、カイは筋肉疲労で弱音を吐くから自分のことは棚に上げて偉そうにお説教してしまったんだ。
 
本当は少し羨ましかったんだよ。
カイのように感情のまま動けたらどんなにいいかって。
 
ごめんね。
 
 
星が夜空に顔を出し始めた頃、聖なる泉のある休息所を見つけた。
 
「やったぁ! やっと休めるぅ!」
 と、大声を出したのはカイだった。「アール! 俺歩いたよ! 褒めて!!」
 
まるでご主人様の言うことを聞いたあとに、尻尾を振りながらご褒美の餌を待っている犬のよう。
アールはため息をついた。自分もだいぶ疲労が溜まっていた。瞼も重く、目が虚ろだ。目の前にフカフカなベッドがあったらダイブして爆睡出来そうだった。
 
「褒めてよぉ。褒めてくれなきゃ今後歩けなーい……」
 と、カイがだだをこねる。
「よしよし、頑張ったねー…」
 と、自分より背の高いカイの頭をポンポンと撫でた。
「わっほぉーい! アールに褒められたぁー!!」
 
カイは、ピースサインをした両手を上げて猿のような馬鹿げた横走りで、聖なる泉がある森の奥へと消えて行った。
 
「アールさん、カイさんは折れやすいので、アメとムチが良いですよ」
 と、ルイが“カイのしつけ方”をアールに教えた。
「あいつ馬鹿で単純だからな。まぁ適当に相手してやりゃいい」
 と、シドにまでそう言われ、アールは一気に荷が重くなった。
 
新たに訪れた休息所は、今までの場所よりも遥かに広く、開けた空き地がそこにあった。庭付きの一軒家が建てられるほどの広さだ。
 
「広いね、あっちは何?」
 と、アールは更に奥へと続く一本の細い道を指差して言った。
「なんでしょうね、結界も向こうまで続いてるようですし、行ってみましょうか」
 ルイも気になってそう答えた。
「行くなら先にテント出してくれ。俺は寝る」
 シドはそう言って欠伸をした。
 
ルイは泉から5メートル程離れた場所にテントを張り、アールとカイを連れて奥へと続く道の探索へ向かった。
 
「なにがあるんだろぉー!」
 カイはワクワクしながら、先を急ぐ。
 
奥まで歩き進めると、そこには遊具が置かれた広場があった。錆び付いたブランコや、シーソー、ジャングルジムなどがある。カイは一目散にブランコへと駆け寄って行った。
 
「公園? こんなところに?」
 と、アールは不思議そうに訊いた。
「塀で囲まれた街が出来る前までは、いたるところに民家がありましたから」
「アールもおいでよぉー!!」
 と、ブランコを漕ぎながらカイが叫んでいる。
 
錆び付いているせいで、カイが漕ぐ度にギーギーと耳を塞ぎたくなる音がする。
 
「あ、ヨモギがありますね。今日の夕飯に使いましょう」
 と、ルイは周辺に咲いてあるヨモギを摘み始めた。
「私は戻ろうかな」
 
そう言って、来た道を振り返ると、道の端に《マグワート公園》と掘られている膝下くらいしかない木彫りの看板が、草むらに覆われて隠れるように立っていた。
 
「アールー! 遊ぼうよー!」
 と、繰り返し叫ぶカイに、アールは軽く手を振って、泉の場所へと戻っていった。
 
シドの姿はなく、もうテントの中で眠っているようだ。起こさないようにと静かにテントのファスナーを開けて身を屈めて入ると、目に映った光景に一瞬時間が止まった。
 
「え……あ……ご、ごめんなさい!」
 と、アールは慌ててテントを出た。
 
驚いたことに、仰向けに寝ているシドの上に、一人の女性が覆いかぶさっていたのだ。見知らぬ女性がいることの疑問よりも、“お邪魔”してしまったことの申し訳なさと気まずさでいっぱいになる。
 
「馬鹿ッ! 手ぇ貸せッ!!」
 と、テントの中からシドが叫んだ。
「え……」
 
一瞬戸惑ったが、直ぐに女性への不信感を抱いた。脅しのつもりで剣を抜いて再びテントへ。
 
「あら……残念。先客がいたの?」
 と、シドに覆いかぶさっていた女は、衣服が乱れて露出していた肩を隠しながら言った。
「テメェ誰だよッ!!」
 と、シドは体を起こし、鬼のような形相で女に怒鳴った。
「さっきからそればかりね」
 
そう言って女はテントの外へ出ると、アールも追うようにしてテントから出た。
 
「あのっ、あなたは?」
 アールは警戒しながら尋ねる。
 
フルメイクで、少しキツめの香りを漂わせている女は、くびれた腰に、ハリのある大きな胸に、金色の長い髪はふわりと巻いて、随分と色っぽい。女であるアールも思わず胸元が大きく開いた衣装を纏っている女の豊満な胸に目を奪われた。
下は黒いロングスカートを着ていて控えめかと思い気や、よく見れば透けている。随分と短いショートパンツから女性らしくほどよい肉付きのスラリとした脚が伸びて、8cmはあるヒールを履いていた。
 
「あなたこそ。よりによって先客がいたなんて、予想外だわ」
「先客……? なんのことですか?」
「あなた、彼等に取り入ったんじゃないの?」
 と、女は言う。
「取り入った?」
 
アールが女と話をしていると、シドが刀を持ってテントから出てきて言った。
 
「何の用だ!! 誰だッ!!」
「しつこいわねぇ。私はお願いがあって来たのよ」
 と、女は腕を組み、初対面とは思えない大きな態度を見せる。「次の街まで私を連れてって欲しいの」
「ふざけんなッ!!」
 シドは寝込みを襲われたのがよほど頭に来たのか、血が昇ったように女を罵倒した。
「そう叫ばないでくれる? 野蛮な人ね。それから、お嬢さんもそんな物騒な物、私に向けないでくれるかしら」
 と、女はアールの武器を見て、指をさしながら言った。
「あ……ごめんなさい」
 と、アールは武器を下ろす。
「待て。お前が何者かわかんねぇのに武器しまえるか!」
「私は武器なんて持ってないわ。持ってるのは防御魔法くらいよ」
「そんなんでこんな場所にいれるわけねぇだろ!!」
 
シドは女を警戒していた。“普通の女”が1人で魔物が徘徊している“外”にいるわけがないからだ。それに寝込みを襲うとは、余程怖いもの知らずか、返り討ちに合わない自信があると言える。
 
「私はルヴィエールまでハンターと共に来たわ。ハンターや旅人を渡りながら旅をしているの」
「……へぇ、ここが海なら旅人はお前の船みたいなもんかよ」
「そんなところね」
「残念だが俺らはお前の面倒見る余裕はねんだよ! 消えろッ!」
「言い過ぎだよシド……」
 と、二人の間に割り込んだアールだったが、シドは、
「じゃあテメェがこの女どうにかしろ!」
 と怒鳴り、森の奥へと去って行ってしまった。
 
「──なんなの? あれ」
 女は呆れたように言った。「ところであなた、彼等とどうゆう関係?」
「旅仲間……ですけど」
「じゃあ本当に剣士なの? その武器は本物なのね。女剣士なんて初めて見たわ」
 と、女はアールをじろじろと眺めながら言った。
 
どこか人を見下しているような女の態度。アールは少し不愉快だった。
 
「で、あなたは一体……てゆうかさっきシドに何を……」
「シド? あの野蛮な男のこと? 頼み事していたのよ」
「そうは見えませんでした……」
「馬鹿ね。手っ取り早い方法よ。私はさっきも言った通り、旅人を見つけては共に旅をして歩いているの。だけどそう簡単に仲間にはなれないわ。だから武器を使うの」
「やっぱり武器持ってるんですか?!」
 と、アールは腰に仕舞っておいた剣に手を添えた。
「その武器じゃないわよ。このカラダが、武器よ」
 そう言うと女は自分の胸を寄せてみせた。「私を次に立ち寄る街まで連れて行く代わりに、このカラダを貸すのよ。分かる? 言ってる意味」
「身体売ってるんですか……」
「お金は貰ってないわ。ただ食べる物と私を街まで連れて行く代わりに、よ。そして漸く次のターゲットを見つけたと思ったら、先客がいたと思ったの。困ったわ……このままじゃ野垂れ死にね」
「行きたい場所でもあるんですか? だったら街のゲートを使えば……」
「使えないからこうしてるのよ」
「使えない? お金がないとか?」
「違うわ……。とにかく、私は外から行くしかないの」
 
アールは暫く考えた。事情があるようだが、訊いたところで話してくれるだろうか。このまま放っておけば次の旅人がここに訪れるまで彼女は1人……。
 
「わかりました。私からみんなに頼んでみます。ルイなら助けてくれるかもしれないし……」
 そう言って女に背を向け、2人がいる公園へ行こうとすると、女はアールの腕を掴んで引き止めた。
「待ちなさいよ。あなたバカ? 私に仲間を取られても平気なの?」
「どうゆう意味ですか?」
「あなた女のくせに、女の怖さを知らないのね。あの野蛮な男、私を拒否したけど、そんなの今だけよ。次第に私が欲しくなるはずよ。男なんてみんなそうゆうものなんだから。特に旅をしている男は欲に飢えてるんだから、あなただけじゃ満足してないはずよ」
「……最後のセリフが聞きずってなりませんけど」
「彼らのお相手してるんでしょう?」
「してないったら!!」
 と、アールはむきになった。
「あら……。なら尚更飢えてるはずよ。街に着く頃には私を手放すのが惜しくなるわ。そうして旅を止めた者もいたの。旅をするのが馬鹿らしくなるのよ。旅なんて止めて女と遊んだ方が楽しいもの」
「先のことなんて分かりませんからどうでもいいです……。ただ、今あなたを助けなきゃ、あなたは野垂れ死にするかもしれないんですよね」
「そうね、旅人に貰った食糧はもう尽きたわ……」
「死ぬかもしれない人を放っておくことは出来ませんから」
「あらそう。ところで仲間は何人? あなた以外男?」
「はい。シドと私を入れて4人です」
「さっきの野蛮な男は面倒だわ。簡単に私を受け入れる男はいないのかしら」
 アールは少し考えて、
「……1人いますよ、犬のような、猿のような男が」
 と答えた。
 
アールは女を連れて2人がいる公園へ向かうと、カイはシーソーの真ん中に立ち、バランスをとっていた。ルイの手にはモッサリと、大量のヨモギが握られている。
 
「ルイ、そんなに食べるの?」
「あ、アールさん。沢山採れました……と、そちらの方は……?」
 ルイは女を警戒しながら言った。
「私はシェラよ。呼び捨てでいいわ。私を次の街まで連れてってくれないかしら」
 と、シェラと名乗った女は言った。
 
アール達に気付いたカイが、全速力で走って来ると、シェラの目の前でピタリと止まった。

「俺はカイ! お姉さん綺麗だなぁ」
 と、カイはさっそくシェラに見惚れている。
「あら、嬉しいわ。あなたが“お猿さん”ね?」
「お猿さんー?」
 と、カイは首を傾げた。
「し、シェラさん!?」
 と、アールは“それは言っちゃダメ”と言う顔でシェラを見た。
「あら、ごめんなさいね」
「次の街までとはどういうことですか?」
 と、ルイが訊いた。
 
だが、シェラはカイに質問攻めにあっていた為、仕方なくシェラに代わってアールが彼女から聞いたことを簡単に説明した。
 


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