voice of mind - by ルイランノキ |
「よかったぁ」
と、カイがベッドへ大の字に寝転んだ。
宿へメイレイの容態を知らせにきたシドは、キッチンで水道から水を飲んだ。
「ルイの様子は……?」
と、アールはキッチンを覗く。
「普通だよ」
シドは袖で口を拭いた。「思ったほど心配ない」
「そっか」
とりあえずは一安心だ。
「少し時間をくれってよ」
「うん」
アールはベッドルームに戻ると、カイが寝ているのを目で確認した。
ラウンドテーブルの椅子に座り、ため息をついた。
「そういや、写真撮ってる奴がいたな」
と、キッチンからシドが出てきた。
「写真?」
と、カイが起き上がる。
「あれ、カイ起きてたんだ」
アールはてっきり寝ているのだと思っていた。
「火事のな。ルイが叫んでる最中に何度も何度もシャッター切ってた」
「なにそれ」
と、アールは怪訝そうに言う。「気づかなかった」
「ルイの母親が運び出されたときなんか連写しまくりだ」
「なんかやだ。感じ悪い」
「野次馬ならな。“仕事”じゃねーの」
「あ……」
アールとカイは目を合わせた。互いの脳裏に浮かんだのは同じ人物だ。──ライモンド。
「焼き尽くした家の写真も撮ってるかも」
と、カイ。
「とめなきゃ」
「はぁ?」
シドが呆れ顔を向ける。
「多分あの人だよ。雑誌《外の世界》の」
「あーぁ……」
「ルイのこと調べてた。アマダットの生き残りだって記事にでもされたら敵が増えるかも」
「敵ねぇ……。ルイの血を調べたい奴らは現れそうだけどなぁ」
「なに流暢なこと言ってんの。行くよ」
「行くってどこにだよ」
「ルイん家に決まってるじゃないかぁ!」
と、いつになくやる気に満ちたカイ。
「俺はいーよ面倒くせぇ」
「強い奴だったらどうすんのっ」
「ただの記者だろーが」
「わかんないよっ」
と、アールはシドの手首を掴んだ。「実は戦うと強いかもしれないじゃない!」
「なんで記者と戦うんだよっ」
「アマダットの情報を奪うためだよっ」
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メイレイは静かに窓の外を眺めていた。そんなメイレイを、ルイは見据える。
「みんな待ってるんじゃない?」
「え……?」
「仲間、ルイのこと待ってるんでしょう?」
「…………」
「行ってきなさい」
そう言ったメイレイは“母親”に戻っていた。
「でも……」
「もう呼び止めたりしないから」
「…………」
「死ねなかったのは、なにか意味があると思うのよ。だから、もう死のうだなんて馬鹿なこと考えないから、安心して行きなさい」
「…………」
ルイは下を向いたまま、黙り込んだ。
「そのかわり条件があるのよ」
「条件……?」
「親子の縁を、切りましょう」
ルイは驚いてメイレイを見遣った。メイレイは窓の外に視線を向けたままだ。
「なにを言うんですか」
「もうヘルマンはいないの。私とあなたは血の繋がりもない赤の他人なんだから。あなたが帰る場所は、焼き尽くしてしまったし……私だけが焼け残ってしまった」
「母さん、確かに僕は、父のように産みの母を求めていました。逢えるものなら逢いたいと思っていました。でもだからといって母さんを蔑ろにしたことはありません。僕がここまで成長出来たのは、あなたのおかげだと思っています」
「私は何もしていないわ。子供は勝手に成長するの。私はただ、寂しさを紛らわす為にあなたといただけ……」
──それでもかまわない。
ルイは母の手を両手で包み込んだ。自分も頼れる人がおらず、父をも失った寂しさを、この人だけは自分を残して去っていかない自信がどこかにあって、その安心感が孤独から遠ざけてくれていた。
「母さん、僕は母さんが僕と父を支えてくれていたことを今なら苦しいほどわかります」
「ルイ……その言葉だけで十分よ」
と、メイレイはルイの手から自分の手を引き抜いた。
「私ね、あなたのお父さんのこと本当に心から愛していたの」
「はい……」
「お父さんにプロポーズされてね、それが寂しさから逃げ出すためのプロポーズだとわかっていても嬉しかったの」
「寂しさから……?」
「あなたのお父さん、ヘルマンはいつもコーリンさんのことを愛していたし、失ったことを後悔していた。妻を救い、息子のあなたも救う方法がどこかにあったんじゃないかって」
「…………」
ルイは視線を落とし、膝の上の自分の手を見つめている。
「そんな彼を支えられたらって思ったの。でもね、彼は変わってしまった」
「酒に……溺れてしまった」
「そう、私のせいでね」
「え……?」
ルイは顔を上げると、メイレイはまっすぐにルイの目を見つめていた。
「婚姻届けをね、私がひとりで出しに行った日の夜に、ヘルマンは酒を浴びていたの。随分酔っ払って、コーリンを裏切ってしまったと、叫んだのよ」
ヘルマンは再婚してしまったことを、酷く後悔した。メイレイとの結婚をコーリンへの裏切り行為だと言って酒に溺れるヘルマンを、メイレイはただ言葉なく見ていることしかできなかった。
メイレイは愛されなかった。自分の人生をこの人になら捧げてもいい、ヘルマンを支えてゆく人生を選んだメイレイだったが、その愛は無惨にもボロボロに砕かれてしまった。
「愛しぬけなかった」
「…………」
「本当にヘルマンを愛していたら、お酒に溺れてもがく彼の手を掴み上げる言葉を言えたのに」
と、メイレイは自分の手を眺めた。「“心配しないで、私たちはまだ夫婦じゃないの”って」
「え……?」
「あの日、急用が出来たの。それで、明日にでも出しに行こうと思って婚姻届を持って帰ったのよ。隠し通すの、大変だったんだから……」
だからね、私たちは本当に他人なのよ。
メイレイはそう言って、ルイに優しく微笑んだ。
Thank you... |