voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望25…『崩壊』

 
「やっと静かになってきたな」
 
シドは壁に寄り掛かり、火事が起きた方角を眺めた。もう炎も黒い煙りも見えない。
 
アールたちはメイレイが運ばれた病院の前にいた。出入り口の横にベンチが置かれ、そこにカイとアールが座っている。その両隣にヴァイスとシドが腕を組んで立っていた。
 
「こんなことになるなんて……」
 アールは呟き、俯いた。
「お前ら宿に戻ってろ。またチェックインして休んどけ」
 と、シドが言った。
「でも……」
「手術いつ終わるのかもわかんねんだから。なにかあったら連絡してやる」
「…………」
「何時間もここで待つつもりか?」
「……シドは?」
「俺はお前らよりは冷静だからな」
「…………」
「早く戻ってろ。お前らがここにいても結果はかわんねんだから」
「……はい」
 
アールはゆっくりと立ち上がり、カイの腕を引いて宿へ歩き出した。
その二人の後ろ姿を、シドはため息をつきながら眺めた。
 
「気が利くな」
 と、ヴァイス。彼の肩にいたスーがパチパチと拍手した。
「ふん、辛気くせぇから余所にやっただけだ」
「…………」
「お前もどっか行ってろよ。いつもみてぇにふらっと」
「そうだな」
 と、ヴァイスも病院から離れて行った。
 
ひとりになったシドは、ベンチの中央にどっかりと腰を下ろした。
 
「精神崩壊……したりしてなぁ」
 と、苦笑する。
 
━━━━━━━━━━━
 
「あとはお母さまの意識が戻られるのを待つだけです」
 と、医師に言われ、ルイは安堵しながら頭を下げた。
「ありがとうございました……」
 
メイレイが通された一人部屋の病室に行き、ベッド横のパイプ椅子に座った。
包帯で巻かれた痛々しい母親の顔を眺める。
 
「…………」
 
どうしても行くなら、私は死ぬわ
 
そう言われたことを思い出す。正直、そうは言っても本気で行動に出すとは思っていなかった。
深いため息をつき、ふとアール達のことを気にかけた。一先ず連絡を入れようと、病室を出た。
 
「お電話なら外でお願いします」
 
通り掛かった看護師に言われ、ポケットに入れていた携帯電話を手に持って病院の外へ出た。
 
「よう」
 と声がして横を見ると、シドがベンチに座っていた。
「シドさん……」
「チビとカイなら宿に戻したぞ。心配してたけどな」
「そうですか……すみません。母は無事です」
「そうか、そりゃ良かったな」
「はい……」
 疲れきった笑顔で頷いた。
「それでこれからどうすんだ」
「……すみませんが、少し時間をいただけませんか」
「何日だ」
「いえ、今日だけ。母の容態次第では明日まで」
「わかった。伝えとくわ」
 と、シドはルイに背を向け、宿へ戻って行った。
 
シドの姿が見えなくなってから、ルイは病室へもどった。
母親の手を握り、後悔に苛まれる。
 
 こいつはルイってんだ
 
まだルイが幼かった頃、父へルマンに連れられて一人の女性と出会った。
 
 はじめまして
 
父の手をギュッと握ったまま、ぎこちなく挨拶をしたルイ。女性は地面に膝をついて、目線の高さを合わせ、「はじめまして」と挨拶をしてくれた。
 
父は魔法や魔術の研究にのめり込んだ。
遊びたくても相手をしてくれないときはいつだってこの女性が相手をしてくれた。それがメイレイだった。
 
「お片付けはね、楽しいのよ? このおもちゃはこっちの箱に、なるべく隙間が空かないように入れていくの。パズルのようにね」
 
「トランプで遊んだあとは、どうするんだっけ」
「かさねて、四角のケースにおやすみ!」
「そうね、トランプさんも遊び疲れたから、四角いお家に戻してあげましょうね」
 
「最近お野菜高いわね……」
「メイレイさん、一番安い白菜見つけたよ!」
「わぁ凄い! よく見つけてきたわね、いい子、いい子」
 
「むかーしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」
「どんなおばあさん?」
「え? えーっと……」
 
「そんな難しい本が欲しいの?」
「ダメ……かなぁ」
「ううん、ルイくんは頭がいいのね。プレゼントしてあげるわ」
「わぁーい!」
 
「今日はホワイトシチューにしようかな、ルイくん大好きだもんね」
「僕も手伝うよ!」
「あら本当? ママ助かるわ」
 
「ママ、散歩しよう?」
「ごめんね、ちょっと今日はだめなのよ」
 
「ママ、お使い行ってきました」
「ルイ、ありがとう。いい子ね、ルイは優しい子」
 
「ママ、あのね」
「なあに、ルイ」
 
「ママ、僕ね」
「…………」
「ママ、」
「…………」
 
「お母さん、今日は学校で」
「ルイ、おかえり。おいで、ギュッてしてあげる」
 
「お母さん、お父さんは」
「…………」
「お父さんはどこへ行きましたか」
「…………」
 
「母さん」
 
「連れて行かれたわ」
 
「え」
 
「やってはいけないことをしたの」
 
「…………」
 
ガタンガタンと地下室から音がする。
 
「なんの音? 母さん」
「…………」
「父さんが地下に?」
「違うわ」
「じゃあ誰が」
 
 
 おかあさんよ
 
 
「──ッ?!」
 ルイはハッと顔を上げた。手はベッドに横たわるメイレイの手を握ったままだ。
 
記憶の中で思い出が鮮明に色付いて、ルイの胸を締め付けた。
地下室にいたあれは母、コーリンではなかった。悪魔に身を捧げ、人間ではなくなった化け物。
 
「ルイ……」
 メイレイの口が開き、ルイは椅子から立ち上がった。
「母さん……僕がわかりますか?」
 ゆっくりと目を開けたメイレイは、ルイの心痛な表情を捉えた。
「ルイ……傍にいてくれたのね」
 

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