voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望21…『カエル』

 
すっかり顔の傷も足も治ったアールは、宿に戻って一息ついていた。
ルイはアールより先に戻っており、備え付けのラウンドテーブルには人数分のあたたかいハーブティが置かれていた。
 
「カイさんは眠ってしまいましたので、カイさんにはまた後日お話しします」
 と、ルイは立ったまま壁に寄り掛かり、ハーブティを飲んだ。
 
アールはラウンドテーブルの椅子に座り、テーブルの上にはハーブティと、伸びきったスーが眠っている。
シドはカイが俯せで寝ているベッドに腰掛け、ヴァイスはもうひとつのベッドに腰掛け、ハーブティを啜る。
 
「まずアールさん、母がすみませんでした……」
 と、ルイは頭を深々と下げた。
「ううん、大丈夫だよ、気にしないで」
 アールは優しくそう言った。
「もう遅い時間ですが、少しだけ僕のことについて、話しをさせてください」
 
ルイを産んだ母の名前は、コーリン。
村一番の美人で、そんな彼女を射止めたのが世間から忌み嫌われて逃げてきたヘルマンという魔導士だった。
 
「父こそ、アマダットだったのです」
 ルイは淡々と説明する。
「そのアマダットって……よくわからないんだけど」
 と、言いづらそうに訊くアール。
「僕自身、知らないことだらけなので間違った情報もあるかもしれませんが、よろしいですか?」
 アールはこくりと頷いた。
「アマダットとは、魔族の血を引いた者のことを示します。その魔族というのは様々な属性や生れつき強い魔力を持ち、人間の言葉を理解出来る種族のことを言います。魔物やモンスターは動物に近く、魔族は人間に近いと言えばわかりやすいでしょうか。姿は様々ですが」
「ルイのお父さんが血を受け継いだっていう魔族って……?」
「ドラゴン、龍です」
「…………」
 
アールはマヌケな顔をした。ぽかんと口を開けたまま、頭に浮かんだのは沈静の泉で見た龍だった。
 
「龍って、あの龍? 沈静の泉で見たような?」
「僕は見ていませんのでわかりませんが、同じドラゴンではないにしろ、おそらく似たようなものかと」
「血を受け継いだって……どうやって?」
「ドラゴンの血を呑んだんです」
「なんで?」
 と、アール。
「よほど喉渇いてたんだろ」
「シドは黙っててよ」
 と、アールはシドを睨んだ。
「──僕の父は、魔導士でありながら、魔法の研究者でもありました。言わば魔術師のようなこともしていたのです」
 
ヘルマンは北の国、ペオーニアに不死身のドラゴンがいると言う噂を聞き、全財産を賭けてドラゴンを捜す旅に出た。旅仲間も出来、同じ夢を抱いていざドラゴンの元へ。
 
しかし噂は噂にすぎず、標高6,000メートル程ある山の頂点で身を潜めていたドラゴンは、突然現れた小さな人間に火を吹くことも、踏み潰すことも、威嚇することさえも出来ない程に衰弱しており、息絶えようとしていた。
 
「で? 不死身なんて嘘だったわけだろ? 血でも呑めば長生きくらいはすると思ったのか?」
「そんなところでしょう。何年もかけて漸く捜し出せたドラゴンを前に、祝杯を上げたかったのもあったのかもしれません。それに、ドラゴンの血は貴重ですからね。なにかしらの力はあると思ったのでしょう」
「不死の力こそ手に入らなかったが、膨大な力を手に入れたってことか。自分でコントロール出来ねぇほどの」
 と、シドはルイのバングルを見遣った。
 
アールもシドの視線からルイのバングルを見遣り、訊いた。
 
「カイが話してた内容だと、バングルじゃなくてネックレスじゃなかった?」
「変えたのですよ。ネックレスの魔力が薄れ始めていたので、ゼンダさんが新たに僕の中の魔力を抑えるバングルを用意してくださったのです」
「そのバングル、外しちゃうとどうなるの……?」
「ある程度はコントロール出来ますが、ずっとは難しいです。だから自分の意思では外せないように、契約者はシドさんになっているのです」
「契約者?」
「バングルを付ける際に、バングルの内側にシドさんの名前を刻んだのです。名前が刻まれているシドさんでなければこのバングルは外せません。もしくは、ゼンダさんでなければ」
 
アールは理解したように、小さく何度も頷いた。
 
「じゃあルイは……一番強いの?」
 
不意に、ビデオカメラに映っていたルイを思い出す。十五部隊の連中を焼き殺していたときの──。
 
「わかりません」
 と、悲しげに笑う。
「え……?」
「バングルを外し、いざ力を発揮しようとした瞬間、その力に自分自身が飲み込まれて死ぬかもしれない」
「…………」
 アールは視線を落とした。落とした先にあった冷めたハーブティの水面に、自分の影が映る。
「実際、その力によって父以外のアマダットが命を落としたようです」
「それでルイが、生き残りって言われてるんだね」
「えぇ……」
 
しんと静けさに包まれる。
 
「んで?」
 と、シドは飲み干したハーブティのカップを持って立ち上がる。「ついでだからお前も話したらどうだ」
 
ちらりと横目でヴァイスを見遣り、キッチンに移動した。
 
「ハイマトスさんよぉ」
 と、流しにカップを置いたシド。
 
アールは無言でヴァイスに視線を移した。
 
「ヴァイスさんも、魔族……ですよね?」
 と、ルイが訊いた。
「あぁ、おそらく」
 
曖昧に短くそう答え、暫く何も言わずにハーブティの水面を眺めていた。
シドはシンクに寄り掛かり、腕を組んでいる。
 
「アマダットは」
 と、ヴァイスは静かに話しはじめた。
「アマダットは魔族の血を引いてはいるが、人間と魔物で分けるならば“人間”になる。だが、ハイマトスは人間と魔物で分けるならば魔物になる」
「要は化け物ってことだな」
 と、シド。
「“ライズ”の姿を覚えているか」
「黒い狼みたいな?」
 アールは狼よりも一回り大きかったライズを思い返した。
「あぁ。何故あの姿だったと思う」
「それは……ヴァイスの村にやってきた黒魔導士によってああいう姿にされたんでしょ?」
 と、アールは探り探り訊いた。
「何故、狼のような姿だったと思う」
「それは……わからない」
「ブタでもよかったのにな」
 と、シドが嘲笑う。「あのブタと仲良くなれたろうに」
 
マスキンのことである。
 
「シドさんは少し、黙っていてください」
「けっ」
 と、シドは苛立ちを見せた。
「本来の姿に戻されたのだ」
「え?」
 思わず聞き返したが、もう一度言われなくても聞こえていた。
「本来の? それはどういう……」
 と、ルイが問う。
「ハイマトスは魔物、魔族、人間の3種類の血が流れている。生まれた時には狼のような姿をしており、成長するにつれ、人間の姿を手に入れる。──人間を喰らい、人間の血を多く取り入れた者だけだがな」
「え……」
 
アール達は顔を強張らせ、想像する。
 
「おた……おたまじゃくし的な?」
「…………」
 アールの妙な発言に、一同はきょとんとする。
「あ、ごめん。ほら、おたまじゃくしってまさかあの黒いひょろひょろが緑のカエルになるとは思わないじゃない」
「アールさん、それは……」
「ぶはっ!」
 と、シドは吹き出し、お腹を抱えて笑った。
「ご、ごめん変な例え方して! あっ、ヒヨコでもよかったね!」
 慌てて他のもので例えてみたが、シドの笑いが止まらなくなっただけだった。
「ごめん……」
 バツが悪そうに謝るアールに、ヴァイスは微かに笑った。
「──いや、確かにカエルのようだな」
 

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