voice of mind - by ルイランノキ


 倚門之望20…『歪んだ愛』

 
ルイは開いたままになっていたドアをノックしてメイレイの寝室に足を踏み入れた。
メイレイは呆然と力無くベッドに座ったまま、ルイに背を向けている。
床にはまだ叩き割られた写真立てが散乱していた。
 
「母さん」
 
ルイはベッドを挟んでメイレイの後ろに立った。久しぶりに見た母親の背中が随分と小さく、やせ細って見える。
 
「あまり連絡が出来ず、すみませんでした」
 
そう声を掛けても、メイレイは一点を見つめるばかりでなんの反応もしめさない。
 
「ここを掃除したら、僕も宿に戻ります」
 
ルイは一度部屋を出て、ほうきとちり取りと、大きめのビニール袋を持ってきた。ガチャガチャと音を立てながら写真ごとガラスをちり取りに移し、ビニール袋の中へ捨てるように入れた。
 
「あなたも……」
 と、突然メイレイが口を開く。
 
ルイは手を止めて、メイレイを見遣った。
 
「あなたも、パパと……ヘルマンと同じなのね」
「え……?」
「あなたも私を捨てるんでしょう?」
 無表情のメイレイの目から涙が流れた。
「なにを言ってるんですか。捨てるだなんて」
「あなたも私から離れたいんでしょう? あなたも後悔しているんでしょう? 私を母と認めてしまったことを……」
 メイレイは両腕で顔を覆い、泣き崩れた。
 
ルイは掃除道具を置いて、ベッドに座るメイレイの前で腰を下ろした。
 
「母さん……僕は一度もそんなふうに思ったことはありません。母さんのことは大切に思っていますし、感謝を忘れたこともない」
 
顔を覆っていたメイレイはベッドから下りると子供のようにルイの首に手を回して抱き着いた。
 
「本当に?」
「はい……」
「ねぇルイ」
「…………」
「愛してる?」
「…………」
 
何度、電話で訊かれたことだろう。夜中に掛かってきては、愛しているかどうかの確認をされる。
 
「ルイ、私を愛してる?」
「……はい、愛しています」
 
メイレイは満たされたように微笑むと、よりいっそう強く、ルイに抱き着いた。
 
「じゃあ行かないで? もう十分でしょう? ルイじゃなくたっていいんでしょう? ルイが行くことないんでしょう? 国王様に認められたことは誇りだけれど、断ったってよかったのよ」
「僕の代わりは……いないと思います」
「私にだって、ルイの代わりはいないわ」
「…………」
「ママから話をつけてあげるから、ね? もう危険な旅なんてやめましょう?」
 と、メイレイはルイの頬に触れ、目を見つめた。「もう頑張らなくていいの。ね?」
 
ルイは悲壮な表情で、頭を左右に振った。
 
「すみませんが、僕は行きます」
「どうしてよ……やっぱりあなたも私を捨てるんじゃない!」
 ルイの肩を何度も叩き、訴えた。「お願いだからもう心配かけないでちょうだい! お願いだから傍にいてちょうだい!」
「すみません……すみません……」
「どこにも行かないでッ……あなたがいないと私ッ……」
「すみません」
 
ルイは頑なにメイレイの願いを拒否し続けた。そしてぐっと感情を堪え、立ち上がった。
掃除を再開してガラスの破片などの処分を終えると、床にうずくまっているメイレイに言った。
 
「……行ってきます」
「行かないで」
 暗く沈んだ声で呟く。
「すみません」
 ルイはメイレイに背を向け、部屋を出ようとした。
 
「どうしても行くなら、私は死ぬわ」
「…………」
 ルイは背を向けたまま、憔悴した顔で視線を落とした。
 
どうしろと言うのだろう。
昔はこんな母ではなかったと、ルイは過去を思い出す。
よく笑うメイレイ。血の繋がりはなくても本当の親子のように叱るときは叱ってくれた。
 
彼女が変わったのは父が酒に溺れはじめてからだ。父に冷たく当たられるたびに、息子の僕に優しく微笑んだ。行き場のない愛情を、放つように。
 
息子に依存するほど狂わせたのは自分の責任もあったのだろう。母を邪気に扱った覚えはないけれど、父が処刑され、彼女とふたりきりの生活が始まった頃からなにかが壊れはじめていたのかもしれない。
 
いつだって傍にいてくれた彼女よりも、命懸けで自分を守り、産んだ母の面影を探していた。
それを彼女はひしひしと感じていたのかもしれない。
 
父が母、コーリンを追い求めるように、僕も追い求めてしまった。
それが彼女を狂わせてしまったのだろう。
 
「死ぬなんて言わないでください」
「じゃあ行かないで。ルイ、わかるでしょ? 私がどんなにあなたを必要としているのか……」
 メイレイは立ち上がり、ルイの背中に向かってそう言った。 
「母さん、血の繋がりは関係なく、いつかは親離れするものです。どうか、見守っていてくれませんか」
「…………」
 メイレイは仕切に首を振った。
「必ず戻りますから。すみません」
「いやッ! 行かないでッ! ねぇッ! ねぇッ!?」
 
ルイはメイレイの必死な叫びにはもう、振り返らなかった。
拳を握りしめ、歯を食いしばり、家を出た。少しひんやりとした風が頬を撫でてゆく。
足速に宿への道を歩き、息を切らした。
 
「…………」
 
すみません、と、聞こえないほど小さな声で呟いたルイは、暫く立ち尽くしていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -