voice of mind - by ルイランノキ |
「カイさん、大丈夫ですか?」
ルイは自室に戻るとベッドの上でゲームをしているカイにそう訊いた。
「へ? なにが?」
ゲームを中断し、ルイを見遣る。ヴァイスとシドもルイを見上げた。
「アールさんから具合が悪いと……」
「え、アール具合悪いの?」
「いえ、カイさんが……」
「へ? 俺? ピンピンしてるよー」
「…………」
漸く、アールが気遣ってくれたのだと知る。
けれど、気遣ったということはメイレイと自分の関係性に疑問を持ったということだろう。
「僕の聞き間違いだったようです」
と、ルイは椅子に座った。
「いいのか? お袋のとこ戻らねーで」
「いいんです。それより、アールさんが戻ってきたらそろそろ宿へ戻りましょう」
「えー、泊まんないのぉ?」
カイはつまんなそうにうなだれる。
「朝早いですし、すみません」
「それより」
と、シドは腕を組んだ。「お前からちゃんと話せ。チビが気にしてるぞ」
「なにをです?」
「 アマダット 」
「…………」
ルイはシドから目を逸らすと、ヴァイスと目が合った。
「アマダットはべっぴんなお姉ちゃんだと思ってたのにぃ」
カイはそう呟いて、ゲームを再開した。
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そこはメイレイの寝室だった。寝室の箪笥やあらゆる棚の上に隙間なく写真立てが置かれている。どの写真も数年前の幼い頃のルイばかりで、同じ写真もいくつかあった。
「可愛いでしょう? 最近はすっかり大人びてしまって、パパに似てきたのよねー」
アールはベッドの前に立ち尽くしたまま、身動きが取れなくなっていた。どの写真もカメラ目線だからか、どこに置いた写真も目玉がこっちを見ているような錯覚に陥る。
「ほんとパパに似てきたわ……。一瞬ね、パパかと思ったの。でもパパじゃないの。だってパパ、こんな……」
と、メイレイは写真立てをひとつ手に取った。「パパはこんな気持ち悪い髪の色なんてしてないもの」
「え……」
ルイの髪は決して気持ち悪い色ではない。綺麗なライトブラウンである。
「ねぇ見て。どう思う? ルイは黒髪が似合うと思うのよ」
メイレイはアールに歩み寄り、写真を目の前に突き付けた。
「黒髪……」
「パパは綺麗な黒髪だったのよ」
「…………」
──あぁ、そうか。そういうことか。
アールは写真立てを受け取り、写真のルイを眺めた。
「ねぇ、どこが似てるかしら」
「…………」
アールは黙ったままメイレイを見た。
「私と。ルイ、私のどこに似たかしら」
「…………」
メイレイの目は、灰色だった。髪は白髪まじりの茶色で、ルイよりも暗い。目は細く、頬骨が少し出ていて、似ているところなどどこにもない。
当たり前だ。血が繋がっていないのだから。
ルイの綺麗な髪の色は、亡くなった生みの母、コーリンに似たのだろう。
「ねぇ、言ってみなさいよ。あるでしょ? 親子なんだから。ねぇ? 言いなさいよ!」
ビクリと体を震わせ、アールは口を開いた。
「綺麗好きなところ……」
「…………」
「ルイが綺麗好きなのは、お母さんに似たんでしょうね」
必死にそう言った。「あ、もしかしてお料理も得意なんじゃないですか? ルイは料理が得意だから」
メイレイの表情に笑顔は戻らなかった。
そして、気が狂ったように奇声を上げると、棚の写真立てを次々に掴んでアールに向かって投げつけていった。
「顔よッ! 顔ッ! 顔顔顔顔顔顔ッ! 見た目を訊いてんのよ! かおかおかおかおかおかおかおッ! あ"ーーーーッ!」
写真立てのガラスが割れ、破片がアールの頬に刺さった。両腕で顔を覆いながら疼くまる。
そこに騒ぎを聞き付けたルイたちが部屋に飛び込んできた。
「何事ですか?!」
うずくまるアールに物を投げ続けている母。状況を把握し、メイレイの背後から羽交い締めにするように止めに入った。
「母さんッ! 落ち着いてくださいッ!」
「あ"ーーーーッ!!」
シドとカイは寝室の異様な雰囲気に呑まれていた。叩き割られた写真立て全てにルイの写真が飾られている。
「うひゃぁ……」
と、カイは言葉を漏らす。
「大丈夫か?」
シドは床に飛び散ったガラスの破片を気にしながらアールに近づいた。
「私は大丈夫……」
メイレイはルイを押しのけて再び写真立てに手を伸ばすと、壁に向かって投げつけた。喉が擦り切れるほど叫び、またアールを視野に捉えると割れたガラスを拾って襲い掛かった。
カチャリと冷たい音がメイレイの耳元で聞こえた。ヴァイスが銃口をメイレイのこめかみに当てていた。
「ヴァイスさんッ!」
メイレイは動きを止め、手に持っていたガラスを床に落とした。手の平から血が滴り落ちて、ガラスを赤く染めた。
「ヴァイス、下ろして」
アールは立ち上がりながらそう言うと、ヴァイスはアールを一瞥してから、銃を下ろした。
メイレイは力無く床に座り込み、うなだれた。
「母さん……」
「どうして……どうしてなの? 私はあなたのママでしょう?」
「はい……」
「でもどっこも似てないのよね」
「…………」
「写真をね、お友達に見せたの。自慢の息子なのって。そしたらみーんな口を揃えて言うのよ。綺麗な顔をしているわね、女の子みたいね、お父さん似かしら」
「母さん……」
「あなたとはあまり似てらっしゃらないのねって言うのよ」
ルイはメイレイの後ろで腰を下ろし、肩にそっと手を置いている。
アールたちは静かにメイレイの話に耳を傾けていた。
「血は繋がっていなくても、似ていなくても、僕はあなたのことを母だと思っています」
「うそ言わないでッ!」
メイレイはそう叫ぶと、泣き崩れるように床に顔を伏せた。
「嘘ではありません!」
「あなたもパパと一緒なのよっ。あの女しか見てない。私がどんなに愛情を注いでも、死んだ女しか見てないッ! あんたたち親子はいつだって私を見ていてくれたことなんかないじゃないッ!!」
──愛してた。 でも愛されなかった。
どんなに愛しても、一方通行でしかなかった寂しさ。孤独。
メイレイさんは、ルイのお父さんを心から愛してた。愛する男性の子供であるルイのことも、心から愛してた。自分となんの繋がりがなくても。
だけどルイのお父さんは、ルイを産んだ母、コーリンさんのことが忘れられなかった。それを承知で愛していたはずだった。
でも寂しさは募ってゆくばかりで、愛してると呟いても返ってはこなくて、メイレイさんの愛情は次第にルイに移っていった。
ルイにとって生みの母親の記憶は殆どない。だから血の繋がらないメイレイさんをすぐに母親として受け入れた。
だからはじめはメイレイさんからの愛情を、愛で返していた。
メイレイさんはヘルマンさんから貰えない愛を、ルイから貰っていた。唯一、ヘルマンさんと繋がれるものがルイだった。
そこに依存してしまったんだ。
ヘルマンさんはコーリンさんを生き返らせようとして失敗した。そして捕まり、処刑された。
ヘルマンさんを失い、余計にメイレイさんはルイに依存した。
だけど、ルイは大きくなるにつれて自分で父親のことを調べるようになった。その流れで自分の出生の秘密を知る。そして自分の為に命を落とした母親の存在を知る。
次第にメイレイさんから心が離れ、生みの母親であるコーリンさんの面影を追い求めるようになった。
メイレイさんの立場を考えたとき、絶望に似た孤独を感じずにはいられなかった。
Thank you... |